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10.立ち合い、そして約束

「ハァッ!」


 熱の入った気迫が訓練場内に響き渡ると同時に、エレナの振るった刃がレイコルトの胸元めがけて差し迫る。


 鋭い軌道で斬り上げるように放たれた一撃は、レイコルトによって半歩後ろに下がっただけで容易く回避されてしまい黒の前髪を揺らすだけにとどまる。だが、そこでエレナは攻撃の手を緩めることなく、振り上げた刀は空中で弧を描くと、水平の薙ぎ払いへと変化した。


 しかし、次は低く沈み込む形で回避したレイコルトは頭上を剣閃が通り過ぎていく気配を肌で感じながら、そのままの態勢で足を薙ぐように黒刀を振るう。


 それよりも一足早く身を翻したエレナは跳ねるように下がると、すぐさまもう一度距離を詰め、レイコルトが起き上がる前に上段から刃を振り下ろす。


 転がるようにしてそれを躱したレイコルトは、片手だけで強引に跳ね起きた。


「ふぅ‥‥‥」


 レイコルトは呼吸を整えるように大きく息を吐くと、黒刀を握りなおす。


「まったく、何しれっとした顔で躱してくれてるのよ。今の結構自信あったんだけど?」


 一方のエレナはどこか呆れた様子でレイコルトをにらんでくる。


「いや、でも流石に肝が冷えたよ。少しでも遅かったら負けてたのは僕だった」


 事実一秒、いや刹那でも対応が遅ければ、とっくにエレナの刃はレイコルトの体を捉えていたことだろう。


「あらそう? なら──こういうのはどうかしら!?」


 言うが早いか、エレナは猛然と駆け抜けてきた。


 大地と平行になる程上半身を倒し、肩口と同じ高さで水平に構えられた刀はまるで、エレナ自身が一つの矢になったか如く突貫してくる。


 狙いは剣術の中で最大の間合いを誇り、あらゆる斬撃の先を取れる最速の剣技──『突き』


 技の性質上、回避された際には相手に大きく隙を見せることになるが、今においてその心配はない。


 彼我の距離はおよそ五メートル。刀身の長さも加味すれば、エレナであれば一歩で届く間合いだ。加えて、先ほどまでは意図的に速さを逓減しており、今こそがエレナの最速。


 いくらレイコルトが超人的なまでの身体能力と反射神経を有していたとしても、この変化に対応するためにはコンマ何秒かの時を要する。剣士同士の立会において、勝負を決するには十分な時間だ。


「ハアァァァッ!!」

 

 大地を抉る様な踏み込みと共に、エレナは渾身の片手突きを放つ。それは、まさに雷光の一撃。


 常人には視認すらも許さない速度で切っ先がレイコルトに差し迫る。


(捉えたッ!!)


 エレナが勝利を確信した瞬間── 


 


 キィィィイインン!!



 

 甲高い金属音が響き渡ると同時に、エレナの刀は何かに弾かれるようにして軌道が逸らされてしまい、レイコルトの耳元を薄紙一枚の差で横切った。


「なっ!?」


 一拍遅れてレイコルトが黒刀を振り抜いたのだと理解すると、エレナの表情が驚愕に染まる。


 慌てて体勢を立て直そうとするが、もう遅い。


 大きく体を開き無防備な状態の隙をレイコルトが逃すはずもなく、即座に一歩踏み出すと、黒刀の刃をエレナの首筋にピタリと当てる。


 そこでようやく事態を把握したのだろう。エレナは降参するように両手を挙げると、苦笑を浮かべながら口を開いた。

 

「‥‥‥参りました」



 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆


「う~~っ、今日こそは勝てると思ったのに~」

 

 胸の前で腕組をしたエレナが、ぷくーっと頬を膨らませたまま不機嫌そうに言った。


 土の敷き詰められた地面に座り込んだレイコルトは、小さく苦笑を浮かべながらそんなエレナを見上げている。


 今二人がいるのは、放課後の訓練場だ。普段からここは生徒が自主的に鍛錬に励めるようにという学校側からの配慮の元、常時解放されており、士官学校に籍を置く者であれば誰でも利用することが出来る。


 いつもであれば何人かは放課後に自己鍛錬に励む人が見受けられるのだが、今日は明日が入学式後初めての休日ということもあってか、早々に帰っていく生徒が多く、レイコルトとエレナの貸し切り状態になっていた。


「こうまで勝てないと、流石に自信無くしちゃうわね‥‥‥」


「いや、エレナは十分強いと思うけど?」


「‥‥‥ねぇ、レイ、それ本当に思ってる?  実は私のこと馬鹿にしてたりしない?」


「えぇっ!? そ、そんなわけないって!!」


「どうかしらね~? ここ数日の間に何回かレイと立ち合いはしたけど、私一回も勝ててないもの」


 そう、二人はここ最近、毎日のように放課後になると訓練場に訪れては立ち合いを行っていた。


 というのも、これはエレナからの頼みであり本人曰く「一人で訓練するよりも、より実戦に近い練習ができるから」とのことらしい。


 確かに、それは剣術に限られたことではないが、実際に刃を交えることでしか得られない経験というものはある。

 

 国中を放浪していた頃は一人での訓練しか出来なかったレイコルトにとっても、それは非常に有意義なものであり、二人の利害が一致した結果、こうして連日訓練に勤しんでいるわけである。


 それにエレナ自身はああ言っているが、彼女の成長には目を見張るものがある。


 こうして二人で組太刀を始めた初日こそ、ほとんどレイコルトの動きについてこれていなかったのに、今ではヒヤリとさせられる場面も多くなってきていた。


 もちろん、まだまだレイコルトの方が優勢ではあるがその成長速度は異常とも言えるレベルだ。


「‥‥‥‥‥‥」


 レイコルトがしばらく押し黙っていると、エレナは今の発言が癇に障ったと勘違いしたのか、不安げな表情でのぞき込んできた。


「そ、その‥‥‥冗談よ? 私だってレイがどれだけ剣術に心血を注いできたかは知ってるつもりだもの。だから、今のは愚痴っていうか、いつまでも勝てない自分への自己嫌悪っていうか‥‥‥とにかく本心じゃないから!!」 


 珍しくあたふたと弁解するエレナの姿に、レイコルトは自然と小さな笑いがこみ上げてきた。


「・・・ふふっ」


「ちょっと! なんで笑うのよ!!」


「ごめん、なんだか可笑しくってさ」


「もう、人が本当に心配してるのに失礼ね」


「あはは、そうだよね、ごめん。でも別に僕は怒ってないしエレナが本気で言ってないことも分かってるからさ」


 ほんの数日の間ではあるが、レイコルトは自分なりにエレナの人柄は理解しているつもりだ。


 少なくともエレナは、本気で人を貶すようなことを言わないのは分かっているし、自分の実力不足を棚に上げて他人を責めるような人間でもない。

 

 だからこそ、先ほどの言葉も決して彼女がレイコルトを軽んじていたわけではないことは十分に伝わってきていた。


 レイコルトの言葉を聞いて安心したのか、エレナはホッと胸を撫で下すと、ズボンが汚れることも厭わず隣にストンッと腰を下ろした。


「それにしても、レイは本当に凄いわね。最後の私の攻撃。あれ完全に読み切ってたでしょ?」


「まぁ、なんとなく突きが来るんじゃないかとは思ってたよ」


「‥‥‥どうして分かったの?」


 不思議そうに首をかしげるエレナに対し、レイコルトは苦笑しながら答えた。


「エレナはさ、刀の握り方や、振り方。他にも技の型や筋肉の動かし方みたいな基礎的なことって誰かから教わって身に着けた?」


「‥‥‥? いいえ、アルカネルに剣術を指南してくれる人なんていなかったから、そういうのは全部文献や書物を見て独学だけど‥‥‥それがどうかしたの?」


「それじゃあ、剣技の型とかは?」


「それも同じね」


「やっぱりそうか。エレナの戦い方は教科書通りっていうか、すごく型に忠実な剣なんだよ。それも徹底的なまでにね。だからこそ次の動きが読みやすいんだ」


「どういうこと?」


「型に忠実ってことは言い換えれば、型に(のっと)った動きしかできないってこと。世界にはあらゆる剣術の流派や剣技が存在しているけど、それらの枝葉を辿っていけば、大抵の場合は全て似たような型に行きつくんだ」


 レイコルトが扱う《魔撃剣伐(スペルアーツ)》は独自に編み出した剣技ではあるが、その根幹を司る部分は昔から受け継がれている剣術の理に基いたものだ。それは型や基礎と言い換えてもいいかもしれない。

 

 そこから、幹や枝葉のように派生していきオリジナルとして確立したものが流派や剣術と呼ばれるものである。


「つまり根本(ねもと)となる型に忠実すぎると、どうしてもその先は相手に読まれやすくなってしまう。特に相手も剣士なら尚更ね。なにせ枝葉となる流派や剣技が違うだけで、基本的な動作はほとんど同じなんだからね」



 レイコルトはそこまで言うと、ふぅと息を吐いた。


「うーん、僕がエレナに教えられることはこんなところかな。あんまり上手く説明できてなくて申し訳ないんだけど‥‥‥」


「‥‥‥ううん、そんなことないわ。型に拘りすぎてる、か。今後の課題が見えたわね。ありがとレイ」


「そっか、それならよかったよ」


 レイコルトは無造作に立ち上がると、ズボンについた砂埃をパンパンと払い落とす。


「どうする? もう少し続ける?」


「う~ん、今日はこのくらいにしておきましょうか。結構いい時間だし、あまり遅くまでレイを拘束してるとシラリアに嫉妬されちゃいそうだわ」


 エレナは冗談交じりにクスッと微笑むと、ゆっくりと立ち上がった。


「嫉妬って‥‥‥シラリアに限ってそんなこと無いと思うけど‥‥‥」


 確かに出会った当初と比べればよく話すようになったし、家でも一緒にいる時間は増えたと思う。


 だが、それは単にこの生活に慣れたというだけであり、シラリアとの関係性を表す言葉は依然として変わっていない。


 まぁ、嫉妬まではいかずとも、心配ぐらいはしてくれるかもしれないが──


「‥‥‥‥‥‥」


 そんなレイコルトの一言にエレナは呆れたようなジト目を向け、


「‥‥‥無自覚って恐ろしいわね」


 ボソリと呟く。


「えっ、何か言った?」


「ううん、なんでもないわ。それじゃあ帰りましょうか」


「あ、待ってよ!」


 スタスタと出口に向かって歩き出したエレナを追いかけるように、レイコルトも訓練場を後にした。




◆ ◆ ◆ ◆ ◆


「ねぇ、レイ、明日って暇かしら?」


 訓練を終え、士官学校の正門へと続く帰路の途中。隣を歩くエレナが不意にそんなことを尋ねてきた。


「特に用事はないけど‥‥‥どうかしたの?」


「ちょっと付き合って欲しいことがあるんだけど‥‥‥ダメ、かしら?」


「‥‥‥いや、別に構わないよ」


 一瞬「なんだろう」と疑問が頭をよぎるも、レイコルトが快く了承の意を伝えると、エレナは花のような笑みを浮かべる。


「ふふっ、ありがとう。それじゃあ集合時間は十時、待ち合わせ場所は、そうね‥‥‥ここ(士官学校)の正門前にしましょう!」


「了解」


 レイコルトがコクリと首肯すると、エレナは満足げに微笑んだ。


「それで、どこに行くの?」


「それは秘密。明日になってからのお楽しみよ」


「そっかぁ。まぁ、エレナに任せるよ」


「えぇ、任せてちょうだい」


 二人は他愛もない会話を交わしながら、夜の帳に包まれつつある道を並んで歩いていく。

 

 こうして二人の一日は終わりを迎えた。


 ちなみに帰宅後、このことをシラリアに伝えたところあからさまに不機嫌になり、その日は夕食時までずっと口をきいてはくれなかった。

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