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9.遅れた少女、そして悩み相談

「あのー、すみません、ちょっといいですか♪?」


 レイコルトが顔を上げると、そこには士官学校の制服に身を包んだ見慣れない女子生徒が立っていた。


 どこまでも深く続く深海を彷彿とさせる藍色の瞳が特徴的な子だった。サラサラと艶のあるパステルピンクの髪をセミロング程の長さで整えており、パッチリとした大きな目と小さな鼻、瑞々しいピンク色の唇など、その整った容姿はまさに美少女と言って差し支えなかった。


 その女子生徒はレイコルトと目が合うと、嬉しそうに顔を綻ばせる。


「‥‥‥」


「あのー? 大丈夫ですかー?」


「‥‥‥あ、あぁ、ごめんなさい。ちょっと考え事してて」


 反応が返ってこなかったことを不思議に思ったのか、目の前の女子生徒は首を傾げながら顔を覗き込むように腰を折ろうとしてきたため、レイコルトも慌てて立ち上がると目線の高さを合わせる。


「えっと‥‥‥、それで、僕に何か用ですか?」


「はい♪ わたし今『1-1』クラスの皆さんを探してるんですけど、教室に行っても誰もいなくて困ってるんですよね~。皆さんがどこにいるか知りませんか?」


「それなら向こうで授業中ですけど‥‥‥、なんで『1-1』の人たちを?」


 レイコルトは校庭のエレナたちがいる一角を指さしながら、純粋な疑問を投げかける。


「実は私も今年から『1-1』クラス所属だったんですけど、不運なことに入学初日から風邪で寝込んでしまって体調が戻った今日、少し遅めの登校だったというわけです♪」


「あぁ~そういえば」と誰も座っていない隣席があったとことを思い出すレイコルト。どうやらあの空席は彼女の席だったようだ。


「それは、なんとも災難でしたね」


「あはは、敬語なんていらないですよ! 多分、わたし達同級生ですよね? えーっと‥‥‥そういえば自己紹介がまだでしたね♪ わたし、リリア・マレットっていいます。気軽に『リリア』って呼んでくださいね?」


 器用に首を傾げながらウィンクも同時に決めてみせるリリア。


「あ、うん。僕はレイコルト。家名はないんだ、よろしくね、リリア」


「レイコルトさんですかー。じゃあ『レイさん』って呼ばせてもらいますね!」


「ついでにその敬語もやめてくれてもいいんだけど?」


「いえ、これはただの習慣みたいなものなので気にしなくていいですよ」


 そう言うとリリアは嬉しそうに手を差し出してきたため、レイコルトもそれに応じて握手を交わす。その手は小さくて柔らかく、力を入れてしまえば容易く折れてしまいそうなほど華奢であったが、同時に女の子特有の温かさも感じる手だった。


(なんか最近も似たような会話をした気がするな‥‥‥)


 具体的には白髪の専属従者(メイド)と。


 記憶に新しいやりとりに既視感(デジャブ)を感じつつもレイコルトは、先ほどリリアが言っていたことを思い出した。 


「そういえば、リリアは『1-1』の人たちを探してるんだよね? それなら今、向こうに行って来たらどうかな?ちょうど担任のミレアス先生もいるし」


「あっ、そうだったんですね!?じゃあちょっと行ってきますね、レイさん♪」

 

 そう伝えるとリリアはスキップでもするかのような軽い足取りでミレアスらがいる場所へ向かって行く。


 そんな姿に苦笑しつつ、レイコルトは木陰の下に腰を下ろすとボーっと虚空を仰ぐ。


 不思議な子。それがリリアに対するレイコルトの第一印象だった。


 一見して明るく陽気な子。彼女がクラスに加われば間違いなく男女問わず人気者になるだろうし、ムードメーカ的な存在になるはずだ。初対面であるレイコルトに対してもぐいぐい迫ってくるあのコミュニケーション能力の高さは、もはや天性の才能とさえ言える。


 一方で、内心を悟らせない話し方や飄々として掴みどころのない立ち振る舞いは、師匠であるセリーナに通ずるものがあり、どこか油断できない雰囲気を醸し出している。


 それに────


(──いや、僕の考え過ぎかな)


 一瞬、とあることが脳裏をよぎったレイコルトだったが、(かぶり)を振ってその考えを振り払うと、改めて校庭の方に視線を投げかける。


 相変わらずの様子で多くのクラスメイトに囲まれているエレナと、二人組で魔法の自習に励むシラリア。そしてミレアスと何か話している様子のリリアが視界に入ってきたが、やがて一通り話が終わったのかリリアはペコリと大きく頭を下げると、再びこちらに駆け寄ってきた。


「あれ? どうしたのリリア?」


「うーん、なんでももう少しで終わっちゃうらしいので、この授業は見学を言い渡されちゃいました」


「あぁ、なるほどね」


 時刻を確認してみると、あと十分ほどで終業のチャイムが鳴る時間だ。確かに残りこれだけの時間では、リリアが授業に参加しても出来ることは限られてくるだろう。


「はい♪ ですからもう少しだけお話ししてもらってもいいですか?」


「うん、いいよ」


 断る理由もなかったため、レイコルトは素直に首を縦に振った。


 リリアは「わーい!!」とやたら嬉しそうに体育座りでレイコルトの隣に腰かけると、微笑みながらこう問いかけてきた。


「じゃあ早速なんですけど、レイさんって今何か悩み事とかってあります?」


「‥‥‥えッ!? なんで分かったのッ!?」


 まさかバレているとは思わなかったため、思わず大きな声が出てしまう。


 そんなレイコルトの反応にリリアが可笑しそうにクスクスと笑う。


「分かりますよー、だってレイさん 私が声を掛ける前からずっと「うーっ、うーっ」って脚に顔をうずめてたじゃないですかー。あれじゃどこからどう見ても「悩んでます!」って全身で主張してるようなものですよ?」


「‥‥‥たしかに」


 言われてみれば、あれは誰がどう見ても悩みを抱えてる人のポーズだ。逆にあれで何も悩んでないと言い張る方が難しいかもしれない。


 改めて自分の行動を思い返してみると、なんだか気恥ずかしくなってしまい、レイコルトは思わず視線を逸らしてしまう。


 リリアはそんなレイコルトの態度など特に気に留める様子もなく話を続ける。


「それで、何か悩み事があるんですよね?」


「まぁ、悩みっていうか‥‥‥ちょっとね」


 まさか入学後数日でクラス内での孤立に悩んでいるとは流石に言えず言葉を濁すレイコルト。

 

 するとリリアが心配そうに顔を覗き込んできた。


「大丈夫ですか? もしよければ私が相談に乗りますよ?」


「いや、でも‥‥‥」


「遠慮しないでいいですよ!  私これでも昔から誰かの相談に乗るのは得意だったので♪」


「‥‥‥うーん」


 正直レイコルト一人では行き詰まっていたところなので、相談に乗ってくれるというなら素直に甘えたいところが、やはり内容が内容なだけに躊躇してしまう。


 そもそもリリアとは出会ってからほんの数分しか経っておらず、そんな相手に「実はクラスで孤立してて」なんて相談を持ち掛けるのはいかがなものか。


 そんな考えが頭の中を駆け巡っているレイコルトの心情を読み取ったのかまでは分からないが、リリアは深い碧色の瞳を向けるとやがてゆっくりと語りかけてきた。


「別にどんな悩みでも解決できる!なんて無責任なことは言いませんよ。そもそもわたしとレイさんはまだ知り合って間もないですから話しづらい気持ちも分かります。ただ、誰かに話すだけでも気が軽くなることもあると思いませんか?」


「‥‥‥確かに」


 リリアの言葉に一理あると感じてしまったためか、レイコルトは思わず頷いてしまう。


 そして数秒ほど考え込んだ後に、


「それじゃあ、ちょっと聞いてくれるかな?実は──」


 レイコルトは思いの丈を話すことにした。


 野外実習のこと。グループ作りのこと。レクスとの決闘のこと。そして──自分が忌み子(フォールン)であること。


 正直、自分が忌み子(フォールン)だということまで伝えるのは少なからず抵抗感があったが、いずれは必ずリリアの耳にも入ることになる。


 ならば、レクスの時の二の舞だけは踏まないためにも、自分の口から伝えたかったのだ。


「──でこうして魔法実技の授業も見学ってわけ」


「‥‥‥‥‥‥」


 全て話し終えると、レイコルトはなんともいたたまれない気持ちに襲われた。


 自分が忌み子(フォールン)だと知ってリリアはどう思っただろうか。嫌われただろうか、拒絶されただろうか。そんな不安ばかりが頭の中をよぎる。


 そんなレイコルトに対してリリアが放った第一声は────





「だったら、わたしといっしょにグループを作っちゃいましょうか♪」


「‥‥‥え?」


 あまりにも予想とは斜め上の反応に、思わず素っ頓狂な声が上がってしまう。


「えっと、リリア? 今なんて?」


「だからー、いっしょにグループを作ろうって言ったんですよ♪  わたしも今日来たばかりでお友達は誰もいませんし良いじゃないですか♪」


 まるで名案だと言わんばかりに得意げな笑みを見せるリリア。そんな彼女に対してレイコルトは鳩が豆鉄砲を食らったような表情で固まってしまう。


「いや、でも‥‥‥リリアは僕とグループを組むことは嫌じゃないの?」


「えッ?  どうしてですか?」


「どうしてって‥‥‥だって僕は忌み子(フォールン)なんだよ? 忌み子とグループを組むなんて、僕はともかく、リリアがなんて言われるか‥‥‥」


 レイコルトが気まずげに視線を逸らしながらそう答えると、リリアは何かを察したように大きく頷く。


「なるほど~、そういうことでしたか!だったら 大丈夫ですよ♪ レイさん」


「‥‥‥へ?」


「わたし忌み子(フォールン)だって言って差別する人、大嫌いなんですよねー。本質を見てないっていうか、表面でしか人を判断してないというか。とにかく、そういう人達から避けられるのは、私としては超ラッキー、って感じです♪」


「あっ、そうなんだ‥‥‥」


「はい! だからレイさんは気にしなくて大丈夫ですよ♪ それに、私は忌み子(フォールン)だからって差別する気なんてさらさらありませんから♪」


「そっか、ありがとう」


 まさかここまで好意的な言葉が返ってくるとは。レイコルトは思わず安堵の息を漏らした。


「それでは、改めて‥‥‥」


 リリアは勢いよく立ち上がって手を差し伸べると満面の笑みでこう言った。


「私といっしょにグループを組みましょう♪」


「うん、こちらこそよろしくね、リリア」


 そのあまりにも眩しい笑顔に思わずドキリとしつつもレイコルトは差し出された手を握り返す。


 すると、ちょうどそのタイミングで終業を告げるチャイムが校内に響き渡った。


「あっ、ちょうど授業も終わったみたいですね」


 リリアが校庭の方に視線を向けながらそう告げる。レイコルトもそれに倣うように同じ方向に目をやると、丁度エレナとシラリアの二人がこちらに向かって歩いて来る様子が見えた。


「おーい!! レーイ!!」


 向こうもこちらが見ていることに気づいたのかエレナは手をブンブンと振りながら一気に駆け寄ってきた。


(やっぱり、エレナっていい意味でお嬢様らしくないよね‥‥‥)


 レイコルトはそんなことを思いながらも、軽く手を振り返す。


「お疲れエレナ。どうだった授業の方は?」


「うーん‥‥‥、授業自体はそこまで難しいものじゃなかったんだけど‥‥‥」


 なんとも歯切れの悪い返事をするエレナ。


「けど?」


「自主練習になった途端、いろんな人から質問攻めに遭っちゃってね。『魔法のコツは?』とか『普段はどんな訓練をしてるの?』とかね。それだけだったら別に良いんだけど、あきらかに授業とは関係ないプライベートについて聞いてくる人もいて、そっちの方が大変だったわね‥‥‥」


「あー‥‥‥、なるほど」


 そのエレナの言葉で、大体の状況を理解するレイコルト。


 先ほどクラスメイトに囲まれていたのは見えていたが、どうやらそういった事情も絡んでいたらしい。


 あまり色恋沙汰に関心を示さないエレナからしたら、そういう人たちからの質問攻めには、さぞ辟易したことだろう。


「ですが、流石エレナ様でしたよ。質問の受け答えもそつなくこなされていましたし、アプローチを掛けてこられる方々にも真摯に対応されていましたから」


 ふいにその隣から、シラリアが声を掛けてきた。


「あ、シラリアもお疲れ。そっちも大変だったみたいだね」


「いえ、わたしの場合エレナ様のように大勢の方に囲まれていたわけではありませんので。──それよりもご主人様、そちらの方は?」


 シラリアは前髪をサラリと揺らしながら、目線をレイコルトの隣に立っているリリアに移し替える。


「あぁ、彼女はリリア・マレットさん。二人が来るまでちょっと相談に乗ってもらってたんだ」


「そうでしたか」


 そう短く返すと、シラリアは一歩前に出てリリアに自己紹介をする。


「お初にお目にかかります。わたしはレイコルト様の専属従者(メイド)をさせて頂いております、シラリア・セルネストと申します。以後お見知りおきを」


「あっ、私はエレナ・ソングレイブっていうの。たしかさっき、ミレアス先生と話していた子よね? これからよろしくね!!」


「エレナさんにシラリアさんですね。はい♪ばっちり覚えました!! これからよろしくお願いしますね♪」

  

 それから、名前の呼び方など一通り挨拶が終わったところでシラリアが静かに口を開く。


「僭越ながらご主人様。先ほどリリア様に相談に乗ってもらっていた、とおっしゃっていましたが、何か悩み事でもあったのですか?」


 そういうシラリアの表情は一見していつも通りの薄氷の様だが、唇を可愛らしく尖らせているように見える。


 もしかしたら、専属従者である自分に相談してくれなかったことが少々不満だったのかもしれない。


「あぁ、ううん。悩み事っていうか‥‥‥」


 レイコルトはリリアに話した時と同じ内容のことを二人にも説明した。そして、結果としてリリアとグループを組むことになり、今に至るというところまで。


 説明を聞き終えたシラリアは、爪先まで丁寧にケアされた指を顎に当てがい、しばらく考えるそぶりを見せるとレイコルトに向かって一つの提案をする。


「それでしたらご主人様。わたしとエレナ様もグループに入れて頂きたいと思うのですが、エレナ様はいかがでしょうか?」


「もちろん良いわよ。なんならシラリアが言い出さなかったら、私から提案しようと思っていたところだしね!!」


 シラリアの提案に、エレナは二つ返事で了承する。


「わぁ♪ お二人ともありがとうございます。よかったですねレイさん、これでグループ成立ですよ!!」


「いやいやいや、ちょっ、ちょっと待って!!」


 勝手に話が進んでいく中、レイコルトが慌てて口を挟む。


「どうしたのレイ? 何か問題でもあった?」


「いや、問題っていうか‥‥‥僕としても二人に入ってもらえるなら嬉しいけどさ。二人はいいの? ほら、他の人から誘われたりしてるんじゃ‥‥‥」


 レイコルトが恐る恐るそう尋ねると、エレナとシラリアは互いに顔を見合わせた後に再びレイコルトに向きなおる。


「まぁ、レイの言う通りいろんな人から誘われはしたんだけど、全部断ってるわよ? そもそもグループ作りの話が出た時点で、レイとシラリアと組むつもりだったし」


「わたしもエレナ様と概ね同じです。それに‥‥‥わたしはご主人様の専属従者ですから」


「そ、そうだったんだ‥‥‥」


 あまりにもあっけらかんとそう言う二人に、レイコルトは思わず拍子抜けしてしまう。


(結局、悩んでたのって僕だけだったってわけか‥‥‥)


 なんだか、一人であれこれ考えていたのが馬鹿らしく思えてくる。二人とも最初からグループを作るつもりでいたのに、自分は無駄に悩んでいただけという事実。


 自分だけが空回りしていたみたいで、レイコルトは思わず恥ずかしさを感じてしまうと同時に胸の奥がジンワリと温かくなるのを感じた。


「ありがとう二人とも。それじゃあ、これからよろしくね」

 

 レイコルトはコホンと軽く咳払いをすると、改めて三人に向かって感謝を告げる。


 こうして悩みの種だったグループ作りは、レイコルト、エレナ、シラリア、リリアの四人で組むことになったのだった。

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