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8.不穏な影、そして野外実習

 レヴァリオン王国の首都アルカネル。


 そこは中心に(そび)え立つ王城から都市をぐるりと円周に囲う外壁まで、南北に真っすぐ伸びた大公道を境目に、西側を『貴族街』、東側を『庶民街』として二分されていた。


 特段、壁などで別れているわけではないため、二つの区画を行き来しようと思えば誰でもできるのだが、昔からの暗黙の了解として、何か特別な理由がない限り貴族街に住居を構えている者が庶民街に向かうことは無く、逆もまた然りであった。


 しかしそんな庶民街の一角、月明かりだけが唯一の光源となっている路地裏にて、その場には到底似つかわない豪奢な出で立ちの少年──レクス・オルグレンは憎悪に満ちた表情で一人佇んでいた。


 彼の周囲には無残にも破壊された木箱の破片が散乱しており、そのどれもがレクスの八つ当たりによって出来上がった惨状である。


 いくら木材とはいえ頑丈な箱を素手で殴りつけたことで、当然レクスの拳にも打撲痕やら切り傷やらが痛々しいまでに刻まれているはずなのだが、当の本人は全く意に返していない様子だ。


 それほどまでに今のレクスは尋常ではなかった。


忌み子(フォールン)風情がぁぁああああ‥‥‥!!)


 怨嗟の念を心の中で繰り返しながら、レクスは未だ収まることのない怒りに身を焦がす。


 今日の決闘、レイコルトに大敗を喫して以降、レクスのプライドは大きく傷つけられていた。 


 それもこれも、全てはあの忌み子(フォールン)のせいだ。


 あろうことか貴族である自分に刃を突き付け見下(みくだ)してきた漆黒の瞳が、脳裏にこびりついて離れない。


 今すぐにでもあの悠然とした顔を苦痛で歪め、泣いて許しを懇願させ、地べたに這いつくばらせたい衝動に駆られる。


 だが、今のままではそれは叶わないだろう。


 それほどまでに二人の間には大きな差があったのだ。


 そんなどうしようもない怒りを叩きつけようと、木箱めがけてもう一度拳を振り上げた途端──


「‥‥‥!? 誰だ、貴様は?」


 突如人の気配を感じたレクスは、拳を振り下ろすのを止めると、その人物がいるであろう方向に視線を這わせる。


 レクスの視線の先、まるで路地裏の暗闇に紛れるように立っていたのは漆黒の外套に身を包んだ怪しげな一人の人物だった。フードを目元深くまで被っているため顔は伺えないが背丈からして男だろうか。

 

「‥‥‥‥‥‥」


 レクスの問いにフードの人物は反応を示さない。


 だが、僅かにのぞく口元には、静かな笑みが浮かんでいた。


「貴様ァ‥‥‥!! 私を馬鹿にしているのかッ!!!」


 気の立っていたレクスは、そんな些細なことでも癇に触れたのか、声を荒げるとフードの人物めがけて拳を振り下ろそうとした刹那──


「ッ!?」

 

 突如フードの人物から異様な気配が溢れだし、レクスの身体を縛り付けた。

 

 息を呑むレクスは額に大粒の汗を浮かべ、必死に抵抗を試みるが、まるで金縛りにあったかのように身体が動かない。


(なんだ‥‥‥この威圧感は‥‥‥!? )


 今まで感じたことのない恐怖に声すらも出せなくなる。


(こ、殺される‥‥‥!!)


 全身の細胞一つ一つが警鐘を鳴らし、どうにか迫りくる死を回避しようと最後の力を振り絞って固有能力(スキル)を行使しようとした瞬間──


「‥‥‥力を、欲するか‥‥‥?」


 突如として、ローブの人物が口を開いた。


 不思議な声だ。男なのか女なのか、大人なのか子供なのかも分からない。ただただ甘く、官能的なまでに頭蓋に直接染み込んでくるその声音は、最後の抗う気力すらも虚しく霧散させると、レクスはまるで現実と夢の狭間にいるような感覚に襲われる。


「‥‥‥あぁ、あの忌み子(フォールン)を踏みにじれるほどの力が欲しい‥‥‥」


 レクスは半ば無意識にそう答えていた。


「ならば、与えよう。汝の、望みを、叶えるだけの、絶対的な力を‥‥‥」


 その言葉と同時に、フードの人物は赤い粒上の何かをレクスの口の中に放り込むと無理やり咀嚼させた。


「がああぁあッぁあああっぁぁああああああ!?!?」


 途端、喉の奥から焼けるような痛みが広がり、レクスは叫び声を上げながら地面の上で悶え苦しむ。


 そして──


  ドクンッドクンドクンッドクンッ‥‥‥!!


 心臓が激しく脈動し始め、次第に熱を帯び始める身体。


 まるで体の内側から何もかもが作り変えられているかのような、筆舌に尽くしがたい苦痛にレクスは身をよじり、絶叫を上げる。


 いや、もはや自分が声を出しているのかさえ定かではない。


 それほどまでに凄まじく、形容しがたい激痛が全身を駆け巡っていく。


 時間にして数十秒ほどだろうか。永遠にも感じられる苦しみの末、レクスは糸の切れた人形のようにバタリと地面に倒れ伏した

 

 フードの人物は、そんなレクスの様子を満足げに眺めると踵を返して夜の闇へと消えていく。

 

 再びレクスが意識を取り戻した時、そこにはまるで初めから誰もいなかったかのように静まり返っており、月明かりだけが不穏な影を落としているのだった。





◆ ◆ ◆ ◆ ◆


「はぁー‥‥‥」


 レクスとの決闘から三日ほど経過したアルカネル魔道士士官学校では、本格的に授業が始まっており、今は二限目の授業の真っ最中。


 レイコルトの所属する『1-1』クラスでは現在、魔法実技に関する授業が校庭で行われており、当然ではあるが、魔法が使えないレイコルトは見学を言い渡されていた。


 幸い担当教員が事情を知っているミレアスであったため、毎授業ごとにレポートを提出すれば一定の評価は与えられるらしく、成績などは問題ない。


 ではなぜ、レイコルトは憂鬱そうに大きなため息をついたのか。その原因は今朝のホームルームでミレアスから告げられた()()()()()にあった。


 ────


『えぇー、ではここで皆さんに一つ重要な連絡があります。来週の週明けから三日間、アルカネルから少し離れた樹林帯──通称ネウレアの樹海(もり)にて『野外実習』が行われます。詳細は当日に現地で伝えられますが、皆さんにはあらかじめ四人のグループを組んでもらい、実習中はそのメンバーで共同生活を送ってもらいます。なお、グループの組方に指定はありませんので、各自自由に組んでくださいね』



 ────



「はぁー‥‥‥、どうしようかな」


 ミレアスの言葉を思い出してしまい、レイコルトはまた一つ大きなため息をつく。

 

 ちなみに本日13回目の「はぁー」である。

 

 おそらく野外実習の目的としては、将来魔導士になった際の野営やサバイバル技術の予行演習という目的と共に、樹林帯という非日常的な空間での共同生活により、生徒同士の親睦を深めるという側面もあるのだろう。


「でも、それが問題なんだよなぁー」


 グラウンドの片隅、おそらく見栄えを良くするためだけに植えられたであろう人工木の根元でレイコルトは、レポート用紙とペンを片手に独りそう呟く。


 なにせ、レイコルトは先の決闘によって完全にクラスから孤立してしまっていた。


 いや、正確に表現するのであれば孤立ではなく、腫れ物に触るような扱いを受けているといった方が正しいだろう。


 意図的に関わらないようにしている。そんな雰囲気をひしひしと感じるのだ。


 そうなると、唯一グループを組んでくれそうなのはエレナとシラリアの二人なのだが、視線の先、学校指定の体操着に身を包みながら多くのクラスメイトに囲まれているエレナと、少数ではあるものの友人らしき女生徒達と授業を受けているシラリアの様子から察するに、それらも既に泡沫の希望となりつつあった。


 だが、二人の周りに人が集まるのはある種必然と言えるだろう。


 エレナは言わずもがな、容姿端麗、文武両道、品行方正を地で行くような完璧超人であり、なにより有史上二人目の全属性持ち(ゼータ)だ。その人当たりの良さと分け隔てなく接する人柄も相まって、入学僅かにしてクラスの中心的ポジションを確立しつつあった。


 一方のシラリアもエレナと肩を並べるほどの容姿に加え、従者としての物腰の柔らかさと、どこかあどけなさの残る顔立ち。それらとは裏腹な大人びた雰囲気は、多くの男子生徒を虜にしていた。今のところレイコルト以外に男子生徒との交流は無いようだが、きっとこれから多くのアプローチを掛けられることになるだろう。


 こうして改めて二人の人間的魅力性を並べてみると、我ながらよく仲良くなれたなぁ~と思わず感心してしまうレイコルト。


 自虐ではないが、レイコルトは自分が忌み子(フォールン)であることを除けば、ごくごく普通の人間だと思っている。容姿もレヴァリオン王国では珍しい黒髪に黒目だが、特段整っているわけではない。強いていうなら少し童顔気味なくらいか。頭脳も平凡と言う他なく、人に胸を張って得意と言えるものと言えば精々、身体能力と剣術くらいだろう。


 そんなレイコルトをわざわざ誘ってくれるような人はいない。 


「僕が無理やりグループに入って輪を乱すのは‥‥‥いやだな‥‥‥」


 独りポツリとつぶやく。

 

 おそらくこのまま何もしなければ、レイコルトは適当なグループに強制的に入れさせられるだろう。そうなれば、グループ内の雰囲気をぶち壊すことは間違いなく、レイコルトとしてもそれは決して本意ではない。


「でもなぁ~、どうしたらいいんだよぉー‥‥‥」


 木陰の下、体育座りで足の間に顔をうずめた姿勢のまま、うーっ、うーっと項垂(うなだ)れていると──


「あのー、すみません、ちょっといいですか?♪」


 明るく可愛らしい呼び声が頭上から降り注がれるのだった。

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