7.黒幕、そして意外な一面
「ふぅ‥‥‥」
レイコルトは刀を鞘に納めると、小さく肺に溜まっていた空気を吐きだした。
立会人を代行させられていた観客達からの声はない。だが、誰がどう見ても勝敗の結果は火を見るよりも明らかだ。レイコルトの勝利。おそらくこの結果に異を唱える者はこの場にはいないだろう。
レクスとレイコルトの決闘。終わってみれば終始レイコルトが三人を圧倒する形で戦いは進んでいた。
魔法が斬れるという魔導士にとってレイコルトは、相性最悪の相手だったとはいえ、レクスがもう少し己の固有能力を過信せず、自己鍛錬に励んでいればここまで一方的な展開にはならなかっただろう。
それでもやはり負ける気がしないのは、レイコルトが対魔導士に特化した修行を積み重ねてきた故の自信からだろうか。
(いや、それも傲慢か‥‥‥)
レイコルトは自分をそう戒めると、気絶しているレクス達に目を向ける。
視線の先ではちょうど担架に乗せられたレクス達が医療室に運び込まれている最中だった。
いくら人は斬れないとはいえ、鋼鉄の塊を急所に受けたのだ。おそらくあの様子だと二時間は目を覚まさないだろう。
「さて、と‥‥‥」
レイコルトは自分に向けられている視線に居心地の悪さを感じつつ、そのまま闘技場を後にしようとすると──
パチパチパチ‥‥‥。
ふいに、一人分の拍手がレイコルトの耳に届いた。
(‥‥‥なんだ?)
レイコルトは音の主を探して視線をさまよわせると、観衆の最前列に一人の男子生徒が佇んでいるのが見えた。
背丈はレイコルトよりも高く、細身の体軀。金の長髪と整った目鼻立ちがいかにも優男という印象を与えるその男子生徒だがレイコルトには見覚えがあった。
「‥‥‥フェリクス・マクシミリオン」
レイコルトは警戒を孕んだ声音で、フェリクスの名前を呟く。
フェリクス・マクシミリオン。入学試験では、エレナに次いで二位という好成績を残していた生徒であり、レヴァリオン王国でも有名な上級貴族であるマクシミリオン家の長男。
入学試験では、リヴィアにわざとらしく武術試験の意味を問うなど傲岸不遜な態度が目立ち、故にレイコルトとしては非常に苦手とする部類の相手なのだが‥‥‥。
フェリクスは優雅に観客席から石畳のリングに降り立つと、こちらに歩みを進めてくる。
観客たちの視線を一身に浴びながらレイコルトの前に立つと、微笑みを浮かべ無造作に右手を差し出してきた。
「初めまして、ではないな。久しぶりと言っておこうか、レイコルト君」
「‥‥‥そうですね、フェリクス様。それで何か用でしょうか?」
底知れない不気味さを感じる笑みに眉を顰めながらも、レイコルトは握手に応じる。
「特段深い意味はないさ。ただ純粋に、君とオルグレン殿の決闘があまりにも素晴らしくてな。思わず飛び出してしまっただけだ」
そう言ってクルリと背を向けると、両手を仰々しく広げ観客席に向かって投げかける。
「ここに集まった皆もそうであろう!! 魔法の使えない少年が、魔法使いを打ち倒す!! まるで夢物語の様だ!!! あんなに胸躍る決闘を繰り広げた彼らには拍手を送るべきではないか?!!!!」
フェリクスがそう叫ぶと、困惑気味にパラパラと手を鳴らす音がレイコルトの耳に届き始める。やがてそれは一つの大きなうねりとなると闘技場全体を拍手と歓声が包み込んだ。
「さすがマクシミリオン家のフェリクス様。なんてお優しい方なのかしら!!」
「あぁー、忌み子に対しても変わらずあの対応、流石だなぁ~」
「まさに貴族の中の貴族ですな!!」
拍手の波紋はやがて次々とフェリクスへの礼賛や称賛へと移り変わっていく。中には黄色い歓声を上げる女子生徒達の姿も見受けられ、この僅かな時間でフェリクスが多くの生徒の心を掴んだことは疑いようのない事実だった。
フェリクスはやがて満足げに頷くと、レイコルトに向き直る。
「なにやら少し大きな騒ぎになってしまった様だな。私はそろそろ失礼するよ。またいつかゆっくり話でもしようじゃないかレイコルト君」
「えぇ、機会があれば」
真顔でレイコルトが頷くと、フェリクスはくるりと身を翻す。
そのまま立ち去っていくかに思われたが、ふと何かを思い出したように立ち止まると再び戻ってきた。
「あぁー、そういえば一つ言い忘れていた」
そう言ってレイコルトの耳元に口元を寄せると、そっと囁く。
『あまり調子に乗るなよ、忌み子が』
「‥‥‥‥‥‥」
その声音はまさしく他者を蹴落とし、弱者を踏みにじることに何の抵抗もない人物にふさわしい、ドスの効いた声だった。
先ほどまで褒めたたえられていた人物とは思えないほどの変わり様に、レイコルトは警戒心を浮き彫りにすると顔を顰め、静かにフェリクスを睨みつける。
当のフェリクスはというと再び甘い笑みを顔に浮かべると、今度こそ立ち去っていった。
(なるほどね。レクスを唆して僕に決闘を挑むように情報を流したのはフェリクスか‥‥‥)
だが、一つだけ疑問が残る。なぜわざわざフェリクスはレイコルトを挑発するような事を言ったのか。
去り際のあの一言が無ければフェリクスが黒幕だと気づくことは無かったはずなのに‥‥‥。
(要注意人物かな‥‥‥)
歓声を受けながら闘技場を後にするフェリクスの背中を見つめていると、ちょうど入れ替わるようにしてこちらに駆け寄ってくるエレナとシラリアの姿が見えた。
「レイ!! お疲れー!!」
「お疲れさまでした、ご主人様」
二人は目の前で立ち止まると、口々に労いの言葉をかけてくる。
「あはは、ありがと二人とも」
エレナからは満開に咲く花のような笑顔を、シラリアからはクスリと上品な笑みを向けられ、頬が熱くなるのを感じながらも、笑顔を返す。
「最後に何やらマクシミリオン様から耳打ちされていましたが、何かあったのですか?」
シラリアが、不思議そうに首をかしげる。
「あ、ううん、大したことじゃないよ。単にこれからもよろしくって言われただけ」
レイコルトがそう告げると、シラリアは「なるほど」と納得したように頷く。
実際は全く違うのだが、下手に話すと二人に余計な心配をかけてしまうと思い、レイコルトは誤魔化すことにした。
「そ・れ・に・し・て・もー、まさかレイにあんなことが出来たなんて!! ねぇどうやって練習したの!!?」
エレナは興奮した様子で、体ごとグイッと顔を寄せると赤い瞳をキラキラとさせながら尋ねてきた。
エレナの言う『あんなこと』とは十中八九《魔撃剣伐》のことだと思うのだが──
(ち、近い‥‥‥)
正直そんなことが考えられないほど、レイコルトの心臓は早鐘を打っていた。
互いの服が擦れ合うこの距離からでもシミ一つ見えないきめ細やかな肌、女性すら見とれるほど端正な顔立ちに宝石のルビーを彷彿とさせる赤い瞳。
さらに追い打ちをかける様に、女性特有の甘い香りがレイコルトの鼻孔をくすぐる。
これまで異性とまともに交友関係を持ったことがないレイコルトにとってそれは、一瞬で脳を思考停止に追い込むほど、暴力的なまでの攻撃力を秘めていた。
おまけに身長差の都合上視線を下に向けると、どうしても彼女の胸部が目に入ってしまうのだ。
正面からだとよく分からなかったが、彼女もなかなか立派なものをお持ちの様で‥‥‥
(‥‥‥って、何考えてるんだよ僕は!!)
煩悩で満たされそうだった思考を寸でのところで律するレイコルトは、妙に距離感の近いエレナに対して、どうしたものかと思案していると──
「‥‥‥ご主人様?」
途端、極寒の吹雪を彷彿とさせるような冷たい声が横から響いた。まるで血管に直接氷を当てられたような寒気にゾクリとしながらも、レイコルトがギギギと錆び付いた機械人形のように顔を向けると、そこには絶対零度の無表情を貼り付けたシラリアの姿が。
普段からあまり感情を覗かせない彼女ではあるが、今のシラリアはなんというか‥‥‥そう‥‥‥怖かった。
シラリアは無機質な瞳のままジト目でこちらを見据えると、平坦な声音で告げる。
「エレナ様、ご主人様がお困りのようですので、どうか離れて頂けると幸いです」
「え? あ、あぁーごめんごめん。つい興奮しちゃって」
「い、いや大丈夫だよ‥‥‥」
シラリアに言われ、ようやく我に返った様子のエレナはパッと顔を離すと、今更になって己の大胆さに気づいたのか彼女の頬には僅かに朱が差していた。
エレナの剣術に対する純真無垢なまでの探究心は同じ剣士として非常に好感が持てるが、どうやら話す場所だけは気を付けた方が良さそうだと密かに胸の内に誓うレイコルト。
「エレナ様、確かにご主人様は非常に紳士的な方ではございますが、あまり不用意に異性に肌を触れさせるのはどうかと思います」
シラリアは少しムッとした表情で先ほどのエレナの行動を窘める。
「あはは、シラリアもごめんね。でも安心して、あなたのご主人様は取らないから」
「──っ!? い、いえ、別にそいういう意味ではないのですが‥‥‥」
普段からあまり感情を覗かせないシラリアにしては珍しく、薄氷のような表情に動揺を浮かばせ、バイオレット色の瞳は僅かに揺れているように見える。
一方のエレナはというと、そんなシラリアをニコニコとした表情で眺めており、実に楽しそうだ。
「?」
二人が何を言っているのか全く分からないといった様子で頭に疑問符を三つほど浮かべてそうなレイコルトは、二人の仲の良さにホッコりしつつとある提案を投げかけた。
「あのさ、良かったらこれから一緒に昼食でもどうかな? 時間帯的にもちょうどいいし」
闘技場に設置されている大時計によると時刻は十二時前を指しており、今から食堂に向かえば、丁度昼食の時間になるはずだと思っての提案だったのだが──
「「‥‥‥‥‥‥」」
エレナとシラリアの二人は気まずそうに顔を見合わせる。
──何かまずかっただろうか?
レイコルトがそんな不安に駆られていると、エレナが意を決したように口を開いた。
「‥‥‥あっと、そのー‥‥‥実はリヴィア教官から言伝を預かっててね‥‥‥」
「リヴィア教官から?」
懐かしい名前の人物にレイコルトは首をかしげる。
「そのー‥‥‥決闘が終わったら話したいことが山ほどがあるから教務室に来いって‥‥‥」
「「「‥‥‥‥‥‥」」」
再び、三人の間に流れる沈黙。
(絶対怒ってるんだろうなぁ‥‥‥)
「えっと‥‥‥その‥‥‥頑張ってね?」
「‥‥‥うん」
レイコルトは観念した様に頷くと、さながら死地に向かう兵士のごとく項垂れた様子で教務室へと足を運ぶのだった。
ちなみに教務室に行くと、そこには予想通り鬼の形相のリヴィアと、困ったように眉を顰める担任のミレアス先生がおり、それはもうこっぴどく叱られた。
最終的にはレクスが全面的に悪いという形で話は落ち着いたのだが、レイコルトが解放されたのは既に日が沈んだ夜だった。
理不尽だ。
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