6.固有能力《スキル》、そして傀儡
「これで、一対一です」
レイコルトとレクスの決闘。開始早々に取り巻き二人を戦闘不能に追い込んだレイコルトは、レクスと相対すると静かにそう告げる。
対するレクスはというと、怒りと驚愕に肩をワナワナと震わせ、額にはびっしりと青筋を浮かべていた。
当初のレクスの予定では取り巻き二人がレイコルトを十分に痛めつけたのちに、レクスが直々にこの衆人環視の場で、尊厳も、存在も、何もかもを踏みにじるようにじっくりと叩きのめすはずだった。
それが蓋を開けてみればこの有様だ。取り巻き二人はあっけなく打ち倒され、眼前にはレイコルトが汗一つかかずに悠然と佇んでいる。
さらには、自分から決闘を吹っ掛けた上に、三対一という特殊ルールを身勝手に設け、あまつさえ無能と罵った忌み子に開始数分で追いつめられている。これでは────
(これではまるで、私は道化ではないかぁぁぁぁ!!!!!!)
レクスは内心でそう叫ぶと、屈辱に染まっていた顔を憤怒の色に染め上げ、目の前の敵を射殺さんばかりに睨みつける。
「貴様‥‥‥ッ!! 貴様貴様キサマァァァアア!!」
怒りのあまり雄叫びを上げると、腰に差していた杖を抜き放ちレイコルトに向かって魔法を行使する。
「【アース・ロック】ッ!!!」
瞬間、地面が隆起したかと思うと、レイコルトの足元から巨大な槍を彷彿とさせる幾つもの岩石が、体を貫かんと襲い掛かる。
だが──
「ハァッ!!」
レイコルトは焦る様子もなく、一撃目をバックステップで回避すると、次々に襲い掛かる岩石を冷静に薙ぎ払いながら後退していく。いくら強固な岩であったとしても、それが魔法である限り、レイコルトの刀はいとも容易く切り裂くことができる。
やがて魔法の射程範囲外に出たのか、二人の間に十メートルほど距離が開いたところで、岩石による猛攻はピタリと止んだ。
しかし、それこそがレクスの狙いだった。
ここまでの戦闘でレイコルトが超人的なまでの身体能力と反射神経を有していることは容易に想像がついている。故に今の魔法も躱されることは想定内であり、いわば牽制のための攻撃。目的はレイコルトを遠ざけることにある。
狙い通りレイコルトから距離が取れたことで少し余裕を取り戻したのか、レクスは口元に弧を浮かべると、力ある言葉を発した。
「ハハハハハハァッー、感謝しろよ忌み子。本来は貴様如きに使うことすら腹立たしいのだがな。特別だ、その貧相な瞳に焼き付けるがいい!! 固有能力──《土の傀儡》ッ!!!!」
「──っ!?」
レクスがそう口にした瞬間、ズズズ‥‥‥と地鳴りのような音と共に突如として、地面から土塊が姿を現した。
次々と這い出てくる土砂物はやがてレイコルトの視界を壁のように覆いつくしてしまう。
その数──およそ三十。王国騎士団の一小隊にも匹敵する数の土塊は徐々に姿を変えると、高さ三メートルほどもある人の形をした土人形に変化した。手足が異様に長く、特に腕は直立した状態でも地面に指先が付きそうなほどだ。人でいう目や口に該当する部分は空洞となっており、どこか薄気味悪さを感じさせる。
「どうだ!? これが我が固有能力──《土の傀儡》だ!! 」
レクスは土人形が完成するや否や、レイコルトに向かって勝ち誇ったように叫ぶ。
「この傀儡どもは、私の魔力を動力として動く土人形でな。奴らは常に私の支配下にあり自在に操ることが出来る。つまり、手足も同然というわけだ」
レクスは口を歪ませながら、愉しそうに嗤う。
「貴様がいくら剣技に秀でていようとも、この数の傀儡全てを相手にすることはできないだろう? それに、私の魔力もまだまだ尽きる様子はない。このまま貴様を嬲り殺しにしてくれるわ!!」
そう高らかに宣言すると、レクスは傀儡達に命令を下した。
「さぁいけ、わが下僕どもよ!! 汚らわしき存在に粛清を下すのだ!!」
途端、先ほどまで意思なく彷徨っていた人形たちが一斉に襲い掛かってきた。
レイコルトは鞭のようにしなりながら繰り出された振り下ろしは、横っ飛びで回避したものの、そこへ狙いすましたかのように薙ぎ払いが迫ってくる。素早く身を捻ることで躱すが、今度は背後から殴打が迫ってきた。
「ふっ!」
だがレイコルトは身をかがめてそれをかいくぐると、大きくサイドステップして距離を取る。
息もつかせぬ怒涛の攻撃。だがレイコルトはその全てを最適かつ最小限の動作で回避していく。
「ふん、よくかわすものだな。だが、逃げてばかりでいいのか?」
先ほどの荒々しい態度とは一転。自分が攻勢に出たことで心にゆとりが持てたのか、レクスが挑発するように笑う。
「そうですね、今の攻防で大体把握できました」
「ほぉ、ようやく自らに勝機がないと理解したか」
「いえ‥‥‥、あなたは先ほど、現れた全ての土人形を自在に操れると言っていましたが、それは嘘のようですね」
「なんだと‥‥‥?」
レクスは怪訝そうに眉を顰める
「ふんっ、何を言い出すのかと思えば的外れなことを。見て分かるだろう? 現に私はこうして三十もの傀儡を自在に‥‥‥」
「──三体」
「‥‥‥‥‥‥!?」
「おそらくこれが、あなたが自在に攻防に回せる土人形の最大数だ。他は全て単純な動きを繰り返すだけのただの木偶。それに、あなたを守るように立っているその六体に関しては、腕を振り上げることすらできないのでは?」
レクスは顔を青ざめると、肩を震わせている。
その態度が、レイコルトの指摘が真実だということを如実に表していた。
「それから、魔力にも余裕があると言っていましたが、どうやらそれもハッタリの様ですね。既に、土人形を維持するだけでも精一杯な程、魔力は減少しているはずだ」
そう、《土の傀儡》の様な人形を召喚し、操る固有能力は確かに一人で小隊級の戦力を得られる強力な能力だ。
だがその反面、人形を自由自在に扱うには、地道な特訓が必要であり、なおかつ人形の動力源が自分の魔力である以上、それを維持するために体内の魔力量を底上げする必要がある。それをレクスは自分の能力に胡坐をかき、怠った。その結果がこれだ。
「くそがああああああああああああああああああああああああ!!!!」
一転して顔を真っ赤にしたレクスが吠える。
「消えろぉッ!! 消えてしまえッ!!!!」
全てを見破られ半狂乱になりながらもレクスは再び土人形に指示をだす。『目の前の敵をぶっ殺せ』と。
再び目の前にいた人形たちが襲い掛かってくるが──
「無駄ですよ」
一閃。ただそれだけで同時に飛び込んできた三体の土人形は、胴を薙ぎ払われると地に伏し、土塊へと還っていった。
「いくら数が多くても、一体一体は決して強いとは言えません。加えて動きも一定の動作を繰り返すだけなら、攻撃を見切るのは決して難しくない」
レイコルトはさらに一体を沈めると、人形たちの群れの中に自ら飛び込んだ。
一体、また一体と剣閃が踊り狂うたびに、人形たちは土に還っていく。
圧殺しようと拳を振り上げた者は胴を、薙ぎ払おうと腕を振り回した者は付け根を。攻撃しようと動いたその刹那、全てを読み切ったレイコルトの斬撃が斬り飛ばす。
レクスも次々と操る人形を変えているようだが、全く追いついてはいない。
──時間にしておよそ一分。たったそれだけで先ほどまで闘技場のリングを埋め尽くすほどいた土人形たちは一体残らず、切り伏せられていた。
「‥‥‥馬鹿な‥‥‥、ありえない‥‥‥、こんなことあっていいはずがない‥‥‥‥‥‥」
その光景を見ていたレクスはまさしく呆然自失といった有様だったが、レイコルトが黒刀の切っ先を突き付けると、悲鳴をあげて尻もちをついた。
(嫌だ‥‥‥私が‥‥‥負ける? ‥‥‥魔法も使えない無能如きに? ‥‥‥誇り高きオルグレン家の長男たる私が‥‥‥‥‥‥?)
迫りくる敗北を前に、レクスの思考は混乱に陥る。
(‥‥‥‥‥‥負けたらどうなる? ‥‥‥蔑まれる? 憐れまれる? それとも──)
──侮蔑の眼で見られる。
レクスの脳内によぎった言葉。それは奇しくも全て自分がレイコルトに向けていたことだった。
「嫌だ‥‥‥ッ! 嫌だ!! 負けるわけにはいかないッ!! 【アース・ロック】ッ!!」
髪を振り乱し、発狂しながら最後の悪あがきとばかりに、魔法を行使しようとするが──
「‥‥‥っなぁ‥‥‥‥‥‥、何故‥‥‥‥‥‥魔法が起動しない‥‥‥‥‥‥?」
「魔力切れですよ」
魔法が使えず困惑している様子のレクスに、レイコルトは静かに、しかし残酷に告げる。
入学試験の際、リヴィアが言っていた魔導士最大の弱点。
既にレクスの体内には魔法を行使するだけの魔力は残されていなかったのだ。
「そんな‥‥‥、この私が‥‥‥、忌み子如きに‥‥‥‥‥‥」
レクスの目から光が失われていく。
「嘘だ‥‥‥‥‥‥、嘘だあぁぁぁぁぁぁぁぁあッ!!」
「終わりです」
レイコルトは、無様に喚き散らすレクスにそう告げ、刃を首筋に叩きつけると意識を刈り取った。
こうして、二人の決闘は、レイコルトの圧勝という形で幕を閉じるのだった。




