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もう一つの決着


 王都のタウンハウスに戻って来た。

 娘を信頼出来る乳母に預け、伯爵の執務室に向かう。


 でも、その前に少し気持ちの整理が必要だ。

 深呼吸をしていると、

「大丈夫。僕も一緒だよ」

 ジェレミーが、手を握ってくれた。

 頷きあって、執務室に入る。

 部屋には、お誂え向きに現ゴールド伯爵()しかいない。


「ゴールド伯爵。

 これまでの務め、ご苦労。

 でも、もう出て行ってくれないか」


「これはこれは、ジェレミー殿下。

 ご機嫌麗しゅう。

 藪から棒にどうされましたかな?」


「もう、お父様のお役目が終わった、という話ですわ

 元々、ご存知だったでしょう」


「マリアナ。

 確かに、そういう話ではあったが、随分と急ではないか。

 これまで娘のお前のために骨折ってきた父に言う言葉かね?」


「マリアナが自身の娘だという自覚があったとは驚きだ。

 僕が見聞きした範囲では、マリアナの事もリリアナの事も、有用性を認識した時点で駒と数えるだけで、そうでない時は亡くなっても構わないものと認識しているとしか思えなかったけれどね」


「有用でなければ我が子ではない。

 この認識で、何か問題がありますか?」


「お父様にとっては、それで宜しいのでしょう。

 ですから、そのやり方で、そのままお返ししますわね。


 このゴールド伯爵家は、今を以て、予定通りジェレミー殿下が継承します。

 領地の経営などは、王家から人手が来ます。


 役目を終えたお父様に、特段の価値はありません。

 そんなあなたに配慮を施す意味は?

 何の必要があっての配慮ですか?」


 意識が切り替わって、初めて自身の窮状を訴えた時に、伯爵()に言われた言葉をなぞる。


 あれから、この男が、私達を少しでも家族として扱ってきたならば、こんな事を言うつもりは無かった。

 でも、そんな事は無かった。全く無かったのだ。


 ならば、決断せねばならない。

 生まれてきてくれた娘を、同じ様な目に遭わせたくなかったから。


「何、心配する事は無い。

 父の元に向かってもらう予定だ。

 本当はずっとそうしていたかったのだろう?

 望み通りなのではないかな」


「国王陛下にお仕えしていたのは、確かにそうです。

 しかし、ジェレミー殿下の父上と言う事は、既に退位されているではないですか」


 ジェレミーの父は、戯れに手を出した使用人の子に爵位を用意する位の配慮はあった。

 しかし、実際の差配は、全て他人任せ。

 産後の肥立ちが悪かったジェレミーの母は、見殺しに近い形で亡くなっていたらしい。

 ジェレミーは、クリプトン子爵家で、家臣が仕える様な一歩引いた接し方をされていたそうだ。


 元王太子殿下、今の国王陛下は、異母弟のジェレミーの件の詳細を知った結果、呆れて、自身の祖母と母、当時の王太后様と正妃様を味方に付けて、早目に王位を継承されたのだ。

 前国王が、今はほぼ何の実権も持っていない事を、この男も知っているらしい。


 母と入れ替わるようにやって来た執事のセバスチャンは、当時の王太后様が手配してくれていた人材だった。


 私が受けた医者の診断も、教育の手配も、食事の改善も、赴任前から我が家に関する実権を持っていたセバスチャンのおかげだった。

 私の家庭教師だったジャクリーンと結婚し、今は家令として、領地経営を担ってくれている。

 母の元を訪れる際には、ジャクリーンに世話になった。つい、敬称を付けて呼んだり、敬語で話しかけたりしては「立場を考える様に」とよく窘められている。


 タウンハウスの今の執事は、ジェレミーの侍従だったヨハンが務めてくれている。

 私の侍女だったハンナはヨハンと結婚し、二人の子供を産み育てながら、タウンハウスの侍女長をしてくれていた。今は、三人目の子供を産んで、私の娘の乳母になってくれたから、流石に他に人を雇わなくてはと思っている。


 接し方こそ、距離感はあるものの、彼らの方こそ、この男よりも私の家族と言っていい存在だ。


 母が生きていたら、母の元に居てもらおうかと思ったが、もう亡くなってしまった。

 私にとって、父と言うものに拘る理由がもう無くなったのだ。


「残念ながら、兄上、今の国王陛下は、あなたの事は要らないそうだ。

 父の所は人手が足りないらしい。

 あなたは、これまで通り、父の為だけに働くのが良いのではないかな?」


「移動の手配は、全てヨハンが済ませてくれてますわ。

 お父様、さぁ、どうぞ、いってらっしゃいませ」


「そ、そうか」

 伯爵改め元伯爵は諦めた様だ。

 のろのろと移動を始めた。

 僅かな時の間に、一気に老けた印象がある。


 私の横を抜けようとした時に、足を止めた。


「お前、子供は? 生まれたのか?」

「はい、無事、生まれました」

「そうか、息災でな」

「はい、お父様も」


 元伯爵を見送る私の肩に、ジェレミーがそっと手を置いた。

 ドアが閉じられ、姿が見えなくなってから、ジェレミーの胸に顔をうずめる。

 涙は出ない。


「疲れた、疲れたわ」

「うん、でも、もう終わったから。

 さぁ、僕らも行こう。

 皆、待ってる」

「そうね、でも先ず娘の顔が見たいわ」


 こうして、ゴールド伯爵家の当主夫妻となった私達だが、しばらくは、当主夫妻らしい仕事は、王家から手配された人材に任せる予定だ。

 ジェレミーは国王陛下の元で、私は王妃となったデナリス様の元で働く。

 学園を卒業してから、ずっと続けている。


 両陛下もまた、私達の家族の様なものだ。

 公式に認められなくとも、ジェレミーの兄夫婦だから。

 非公式な場では、そのように振る舞う様にも言われている。

 家族の縁の薄かったジェレミーに、国王陛下が居て下さって良かったと思う。

 

「ねぇ、マリアナ。

 生まれてきてくれて、ありがとう」

「え?」

「僕にとって、マリアナが最初の家族なんだよね。

 マリアナが居てくれたから、兄上の事も兄だと思えたし、娘が生まれて嬉しいと思える。

 これからも、ずっと僕の家族でいてね」

「……ええ、勿論だわ、ジェレミー」

 喉にこみ上げるものがあって、声が出るのが一拍遅れてしまった。


 当然、私達はこれからも一緒です。

 




最後まで読んで下さってありがとうございました。


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