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マリアナを迎えに


 領地から、伯爵夫人()が倒れたという連絡があった。

 ジェレミー様に用事があり同行してもらえない事もあって、かなり迷ったが、一人で行く事にした。



「奥様はこちらでお休みでございます」

 メイドに案内されて、寝室に通された。


 伯爵夫人だ。

 ベッド脇の椅子に腰かけ、顔を覗き見る。

 少し瘦せたと思う。


「お母様、私が分かりますか?」

 何故か、そんな言葉が唇から漏れた。

 我ながら、何を言っているんだろう。


 でも、

「マリアナ? マリアナでしょう。

 表情の癖が、マリアナのものだわ。

 そのドレスの色、好きな色も変わっていないのでしょう。

 瘦せてしまっているけれど、あなたはリリアナではなく、マリアナだわ」

 不意に瞼が開かれ、夫人が掠れた声を出す。


「お、お母様、そんな、突然起き上がるのは……」

 やけに狼狽してしまう。

 もう、私の事など分からないと思っていたのに。


 メイドがやって来て、夫人が体半分起きられるようにクッションを整えたり、水を飲ませたりするのを待つ。


「マリアナ、あなたに、リリアナにも、謝らないといけない事があるのよ。

 

 あなた達が生まれて来てくれて、嬉しかった。

 そして、責任重大だと感じたわ。


 あなた達がそっくりな双子で生まれた事が、まるで神様の思し召しの様だった。

『子供達を、平等に愛しなさい』

 そう言われた様に思ったの。


 だから最初は、あなた達に出来るだけ同じ様に接していたわ。


 でも、あなた達の性格は、驚くほど違っていたの。


 リリアナは、何でも欲しがる子だった。

 何時も、あれが欲しい、それが欲しい、そう言って泣いていたわ。

 だから、あなた達の目に留まる物は、何でも二つ用意する様にしていたの。

 リリアナが何か欲しがったら、あなたにもあげられるように。


 あなたは、何にも欲しがらなかったわ。

 何時もなんだかボーッとしていて、泣いてばかりのリリアナが四六時中誰かに抱っこされている横で、一人で座っているだけ。

 心配だったわ。

 どうして、何にも我儘を言わないのかしらって。


 その内に、リリアナがあなたの分まで、何でも取って行ってしまうようになったの。

 二人に一つずつあげたはずなのに、気付くとリリアナだけが二つとも持っているのよ。

 どうしたらいいのかと思ったわ。

 あなたは、相変わらずボーッとしているだけ。


 そんなあなた達を見て、お姉様の事を思い出したわ。

 わたくしの一つ上のお姉様は、意地悪で、わたくしより恵まれた育てられ方をしていたのを、何時もわたくしに見せつけていたのよ。


 お姉様の結婚式で、わたくしがお姉様を切りつけたという話は、聞いてしまったかしら。

 でも、結婚式の日に、ナイフを用意していたのはお姉様だったのよ。

 どういうつもりだったのか、今でもよく分からないわ。

 当日は、相変わらずわたくしを馬鹿にして、自分はこれから幸せになるけど、わたくしは一生不幸なままだと言われて、……我慢出来なかった。


 気が付いたら、お姉様が顔を押さえて泣いていて、わたくしは取り押さえられていたわ。 

 何もかも諦めてただ家に居たわたくしを、旦那様が連れ出してくれたわ。


 そうして生まれてきてくれたあなた達を、わたくし達の様にはしたくないと思っていたはずなのに、わたくしは駄目ね。


 リリアナは、欲しい物は自分で欲しいと言えるから、放っておいても大丈夫。

 マリアナには、欲しい物を欲しいと言えるようになってもらわなければと思って、でも、どうすればいいのか分からなかった。

 

 そんな時に、あのランタンの事があったの」


 ここまでも、途切れ途切れに話していた夫人が、苦しそうに息を吐いた。

 水差しから注いだ水を手渡す。


「あのランタンって、何の事ですか?」


 本当はもう休んでもらった方が良いと思う。

 でも、話が気になって、続きを聞いてしまう。


 水を飲んで一息ついた夫人がメイドに、件のランタンを持って来るように伝える。


「きっと見れば思い出すわ。

 小さい頃のあなたが、たった一つ、誰の目にも分かる位に気に入っていた物だったから。


 あなた達には、大体の物は二つ用意していたけれど、あのランタンだけは、一つしかなかったの。

 回転ランタンは影絵を楽しむ物だから、二人で楽しめばいいと思ったのよ。


 リリアナは、最初はランタンに何の興味も無かったみたいだったわ。

 影絵を回して見せても、むしろ煩わしそうだった。

 

 あなたは、最初から気に入っていたわね。

 光を灯さないうちから、ずっと見ていたわ。

 影絵を回すと、ご飯も食べず眠りもせずに見入っていて、ちょっと困る位だったわ。


 そうして、あなたが気に入っているのを見たリリアナが、あのランタンを自分だけの物にしたいと言い出したのよ。

『もうマリアナには見せない』そう言って、ランタンに手を伸ばして、どうやったのか、土台が重りになっている置き型のランタンを、子供とは思えない様な力で倒してしまったの。

 ランタンの本体はガラスで出来ていたから、大きな音をたてて割れてしまったわ。


 あなたがあんなに泣いたのは、あの時だけだった。

 あなたを姉から守らなきゃいけない、そう思ったの。


 でも、駄目ね。

 結局、リリアナを傷つけたばかりか、守ろうと思ったあなたの事も、ちゃんとしてあげられなかった。


 ごめんなさい、あなた達をちゃんと愛してあげられなかった。

 ずっと、そう思っていたの」


 母がそう言い終わった時、自分がまるで呼吸を忘れていたかの様だった事に気づいた。

 目からは涙がこぼれていたらしく、頬が冷たかった。


 ハンカチを顔に押し当てていると、

「あ、あの、ランタンをお持ちしました」

 メイドがおずおずと切り出してきた。

 恐らく、しばらく前に戻って来ていて、話の切れ目を待っていたのだろう。



 そのランタンを目にした瞬間から、私は、別の空間に居た。

 明らかにおかしな目に遭っているのに、何故か、来るべき場所に来たという思いがある。


 真っ白な部屋だ。

 部屋は円柱状だと見て取れた。

 天井は非常に高く、見上げると遠くに、幾つもの何かが釣り下がっている。


 不意に、その何かが一つ、私の頭の直ぐ上位まで、すうっと下がって来た。

 吊り下げ型の回転ランタンだった。


 ランタンが灯り、回転を始める。

 ランタンが壁に映し出す映像は精密で、音の無い映画の様だ。


「私? 私だわ」

 思わず声を出してから、気付く。

 厳密には私ではなかった。

 

 映し出されたのは、意識が私に切り替わる前のマリアナ。

 そして、意識が私に切り替わる事無く、未来に進んだマリアナだった。


 太って醜いままのマリアナ。

 誰にも愛されず、一人ぼっちのマリアナ。

 ジェレミー様と結婚して伯爵家の実権を握ったリリアナに、追い出されるマリアナ。

 一人で惨めに死んでいくマリアナ。


「止めて!」


 ランタンは映写を止めて、何処かに消えていった。


 そして、次のランタンが下りてきた。


 次も、マリアナの意識が私に切り替わる事は無かった。

 でも、一生懸命に痩せて、奇麗になった。

 そして、ジェレミー様にすり寄る。

 きっとこのマリアナは、リリアナに追い出される未来を知っていた。

 ジェレミー様の事は射止めた様だったが、リリアナを助けに来たユリウスに断罪されてしまう。

 ジェレミー様と共に家を出て行こうとするが、後ろからやって来たユリウスに階段の最上段から突き落とされる。

 階段下で、首があらぬ方向を向いたマリアナ。

 掴みそこなったマリアナの体に青い顔で駆け寄り、蹲ったまま動かないジェレミー様。


「そんな……」


 ランタンが映写を止めて、何処かに消えていく。


 また、次のランタンが下りてきた。


 今度のマリアナは、痩せただけでなく、母に頼んで教育を受ける事にした様だ。

 学園にも進学出来ている。

 ジェレミー様に近づく事は無く、ちゃんと同性の友人を得て、楽しそうにしている。

 でも、学園でパートナーを見つけられなかった様で、卒業パーティーでは、壁の花になっている。

 自分と瓜二つのリリアナがジェレミー様にエスコートされているのを、羨ましそうに見ている。

 しかし、そのリリアナが、卒業パーティーに乱入してきたユリウスの求愛を受け入れ、ジェレミー様をすげなく追い払ってしまうのを見てしまう。

 ずっと傍観者だったマリアナだが、ユリウスによって引きずり出される。

 そして、ユリウスが突如として、マリアナを切りつける。

 辺りに飛び散る鮮血。


「マリアナ! 何故、そんな事に……」


 次のランタンが下りてくる。

 

 瘦せて、勉強もして、その上で使用人達と仲良くなろうとする。

 学園に上がる年頃に、親しくなった使用人の協力でひっそり家を出ていく。

 何処かの商店に雇ってもらった様で、慣れない平民暮らしでも頑張っている様だ。

 周りから受け入れられ、恋人が出来そうになった所で、突如現れたユリウスがマリアナを切り伏せる。


「またユリウス!? マリアナが何をしたって言うのよ!」


 それからも次々と下りてくるランタンは、マリアナの努力する姿と、悲劇的な死を映し出していく。


「そんな! こんなに色々頑張っているのに、全然助からないじゃないの!」


 痩せる努力と勉強を必須として、学園に行ってみたり、貴族令嬢以外の生き方を模索したり、様々なバリエーションをこなしつつ、頑張っている。


 なのに、九割ほどユリウスに殺されている。

 マリアナが痩せて奇麗になってから、変な目で見ている事が多かったし、マリアナに恋愛感情を持っていたんじゃないだろうか。拾ってくれたリリアナへの義理立てで、恋心を殺すために相手を殺したとかありそう。


 残り一割も、運が悪かったり、貴族令嬢ではどうしようもなかったり、碌な死に方をしない。

 どうやっても、学園を卒業する位の年頃までしか生きられていない。


「こんな事をこんなに繰り返していたら、精神的に保たないわ。

 元のマリアナは、一体……」


 その時、部屋の中心の床がせりあがってきた。

 そこにはいつの間にか、子供の背丈ほどの大きさで筒状のランタンが載っている。

 青を基調としたガラス部分は、この世界には無いはずの物をモチーフとしていて、金継ぎで修復されていた。


「……私、これ、知ってる」

 幼い頃のマリアナが、大好きだったランタン。


「そう、あなたは、ずっとここに居たのね」

 ランタンは、光源を入れるために開けられる様になっている。

 その部分を、そっと開く。

 辺りに光が満ちる。


 光が収まると、目の前にあったはずのランタンも、せりあがった床も消え、ニキビだらけの太った女の子が居た。

 私に意識が切り替わる前の十歳のマリアナだ。


(ランタンが、怖い未来を教えてくれたの。

 未来を変えるために、何度も頑張ったの。

 でも、未来は怖いままだった)


「そう、だから、私を作ったのね」

 私もまた、マリアナ。

 マリアナが作った、イマジナリーフレンドとか、多重人格の別人格の様なものかなと思う。

 精神年齢の差がランタンによる疑似人生体験に因るとしても、異世界の記憶の説明はつかないのだが、多分あの青いランタンが理由な気がする。きっと助けてくれたんだ、そう感じる。

 

 子供のマリアナに近付き、そっと抱きしめる。

 元のマリアナも手を伸ばして来たので、私達はそのまま互いを抱きしめ合う。


「私達、また一人に戻りましょう。

 きっともう大丈夫よ」

 元のマリアナではない私の意識が消える事になるとしても、戻らなくては。魂が二つに引き裂かれた様な今の状態で生きてはいけないと、ずっとそう感じていた。


(戻りましょう。

 でも、あなたも消えないわ。

 あなたは私、私はあなた。

 私達、これからは一緒よ)


 

 白昼夢から戻って来た。

 周囲からは、少しの間、惚けていただけの様に思われるだろう。

 でも、他人の記憶の様に感じていた、十歳以前の思い出が、自分のものとして鮮やかに思い出せるようになっていた。

 分かたれていた互いを取り戻し、私達は、一人のマリアナに戻ったのだ。


 母達の方に振り返る。

 メイドが運んで来ていたランタンは、あの青いランタンだった。


「このランタンは、作った職人が変わっていてね。

 何でも、『自分は異世界に居た記憶がある』と言っていたそうよ。

 とても信じられないけれど、取り扱っていたモチーフは、誰も見た事が無い物ばかりだった。

 これもそうね。


 壊れてしまって、同じ物を作り直させようとしたけれど、高齢でもう亡くなってしまっていたの。

 弟子に直させたら、その職人に教わったという『キンツギ』とかいう技法を使われてしまって、影絵が台無しになってしまったのよ。


 それで、あなたに返せなくて、こうして、ここまで持って来てしまったの」


 ごめんなさいと、再び謝罪の言葉を口にする母の手を取る。


「お母様、ありがとうございます。

 大好きだったランタンを直させて下さって、嬉しいですわ。

 これから生まれてくる子も、きっと気に入ってくれるでしょう。

 私、ジェレミー様と結婚しましたのよ」

 

「ええ、見て分かったわ。

 今、幸せなのね。

 良かった。本当に良かったわ。

 さ、あなたも、もう休みなさい。

 お腹に赤ちゃんが居るのに、ここまでの旅はしんどかったでしょう」


「はい、お母様も養生なさって下さい。

 また、明日、お話ししましょう」


「本当に? きっとよ。わたくしの可愛いマリアナ」



 そのまま、母と領地に留まる事にした。


 もう一人の娘であるリリアナの事は、母に語れなかった。

 母は聞かされてはいないそうだったが、察していた様に見えた。

 庭の片隅にリリアナが好きだった白百合の花壇を作らせ、偲ぶ墓標代わりにしていたらしかった。


 リリアナとユリウスは、皇国に送られ、ひっそりと処刑されたと聞いた。

 誰からも惜しまれず、寂しい最期だったと思う。


 子供の頃の私達に、母は同じ物を与えていたと言っていたが、取り戻した記憶では、完全に同じ物ではなかった。

 性格の違う私達は、好きな色も違っていて、母はそれぞれの好みを反映してくれていた。

 だから、リリアナが欲しがる物を、リリアナと同時にもらっていても、ちゃんと嬉しくて、何も不満を持った事は無かった。

 

 母が言っていた、リリアナが何でも二つとも取って行ってしまうのも、少し事情が違っていた。

 私が取られて嫌がる物は、リリアナ本人に返してもらっていた。

 ランタンだけは、悲しかったが、あれは私がリリアナを構わなくなったせいで、要は、自分に構って欲しかったからだった。


 でも、もういいと思っている。

 幼い頃のリリアナが、特に意地悪だったのではないにしても、私を喜ばそうとしてくれた事は無かったのだから。

 母と違って、私がリリアナを偲ぶ事は無い。


「マリアナ、迎えに来たよ。

 出産に間に合って良かった」

「ジェレミー様」

 

 こちらに来た時は、安定期の終わり近くだった。

 ひと月以上が経ち、そろそろ産み月が近づいている。


 母とジェレミー様とで時を過ごす。


 出産にも、二人に立ち会ってもらった。


「良かった! 良かったよー、無事で。出産ってこんなに大変なんだね」

 ジェレミーはちょっと、感極まって泣いている。

 初産としてはそれほど難産では無かったらしいが、やはり辛かったので、ずっとついていてくれたのは心強かった。


「頑張ったわね。マリアナ。良かったわ、元気な子が生まれて」

 体の弱っていた母は、流石にずっとでは無かったが、肝心な時には傍に居て励ましてくれた。

 医者も居たが、経験者の励ましは色々と助かった。


 そして、私がようやく起き上がって生活できる様になった頃、

「お母様、そんな……」

「いいの、もういいのよ。

 あなたの娘をこの腕に抱けて、もうこれ以上、望むものなど無いわ。

 あなた達はこれからも幸せでいてね。

 ジェレミー様、娘と孫を、どうかよろしくお願いします」

 母が亡くなった。


 私が訪れるまで、母は雨の日も風の日も、リリアナを偲んで白百合の花壇の前で長い時間を過ごし、体調を崩してしまっていた。

 一時、快方に向かっていたのだが、私の出産に立ち会おうとして無理をしてしまったのだ。


「ジェレミー、お母様が亡くなってしまったの、わ、私のせいだわ」

 涙が溢れて止まらない。


「マリアナのせいじゃないよ。

 医者が言っていただろう。

 お義母さんは、もう長くなかったんだ。

 寝たきりで生きている時間が少しばかり長くなるよりは、マリアナの出産に立ち会う方が、お義母さんにとって大事だったんだよ」


 私も、頭では分かっている。

 母は、一度は肺炎になり、その後回復して、病が人に移るような状態ではなくなったが、後遺症が残っていたのだ。

 

「で、でも……」

「マリアナ、ごめん。慰めてあげたいけど、これ以上は、ちょっと……」

「え?」

「……羨ましいんだ。

 僕には、父も母も居なかったから」

「ジェレミー……。

 そう、そうね。私には、母が居てくれたものね。

 ねぇ、ジェレミー、娘に母の名をつけてもいいかしら?」

「うん、いいよ、そうしよう」


 母を弔い、ジェレミーと共に娘を連れて、王都に戻る。

 次は、伯爵()に会わなくては。




読んで下さってありがとうございます。

次で終わりです。

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