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学園へ


「では、行って参ります。

 ジャクリーン先生、これまでお世話になりました」


「マリアナお嬢様なら、学園でもきっと優秀な成績を修められる事でしょう。

 期待しております」


 当て馬疑惑のジェレミー殿下の、姉の尻拭い的非公式婚約者に任命される、という悲劇の日から四年。

 ドアマットヒロイン疑惑世界の原作(仮)の舞台となりそうな、学園に入学する事になった。

 家庭教師のジャクリーン先生とは、お別れする事になる。

 リリアナの家庭教師も、この機会に辞める事になっている。


 四年間は、割と穏やかに過ごせた。


 年の離れた友人の様な侍女ハンナ。

 厳しくも優しい、理想的な姉の様な母の様なジャクリーン先生。

 公平な執事のセバスチャン。


 そして、思った以上に気の合うジェレミー殿下。


 読書家で、私が読む物にも合わせてくれる。

 気遣いが細やかで、好きな食べ物や花、好みの装飾など、言わなくても分かってくれる。

 体を動かす事は少し不得意で、上手く出来なかった時、照れくさそうに笑う。

 自分の事情ははっきりとは聞かされていない様だが、気がついているようで、時折寂しそうな様子を見せる。


 ジェレミー殿下への気持ちはまだ友情だが、これからどうなるかは分からない。


 懸念の姉リリアナだが、相変わらずだった。


 未だに侍従のままのユリウスを、四六時中連れ歩いていた。

 変わらず、若くて見目の良い男性の家庭教師に教わっていた。

 

 ユリウスの事情を話していた時、伯爵が盗聴防止の魔道具を使用していたため、ユリウスの事を言いふらす危険が無いのが救いだ。


 ジェレミー殿下の婚約者は私達二人とも、という事になってしまったので、直接の交流は主に我が家で行う茶会だった。

 それ以外だと、外で三人でとか、婚約者の家に姉妹が二人で訪ねるとか、不自然な事になってしまう。


 そんな訳で交流の茶会は三人、それぞれの侍女と侍従を合わせて六人で始まるが、早々にリリアナとユリウスが退出してしまう事が多かった。

 しかもあからさまに態度が悪かった。

 碌に口も利かず、目も合わせようとしない。


「ご機嫌好う、ジェレミー様。

 ようこそおいでくださいました」

「…………」


「こんにちは、マリアナ嬢、リリアナ嬢。

 良かったらこれを。

 来る途中で見つけた物で、大したものじゃなくて悪いんだけど」


「まぁ、可愛らしい栞ですね」

 細いカードのような栞には、小さいが精巧で愛らしいイラストが描いてある。

 私のがウサギで、リリアナのには猫が書いてあった。


「わたくし、今日はもう失礼いたしますわ。

 ユリウス、行くわよ」


「姉の無礼をお詫びいたします。

 申し訳ありません。ジェレミー様」


「顔を上げて。

 マリアナ嬢が謝る事ではないよ。

 でも、不思議だよね。

 どうして僕との婚約を解消しようとしないのだろう?

 ユリウス君との仲も認めてもらえるのに」


 ジェレミー殿下からしても、リリアナとユリウスの関係は、婚約者の様なものに見えている。

 リリアナには、殿下からもセバスチャンからも、婚約者の変更について打診があったはずである。

 しかし、その度にリリアナが泣き叫び、話にならないという。

 ユリウスが何故、リリアナの侍従の地位に固執しているかも、よく分からない。


 おかげで、私達の関係は中途半端なままだ。


 ジェレミー殿下は、私達二人を出来るだけ平等に扱う様にしている。

 贈り物は同じ物の色違いのような事が多い。

 それぞれに合わせつつ、同程度の品を用意するのは大変だろうと思う。


「学園では、どういたしましょうか?」


「リリアナ嬢との婚約も解消ではない、マリアナ嬢との婚約も正式な状態ではない、どっちつかずで申し訳ないと思う。

 学園でもある程度、距離を取らざるを得ないね。

 パートナーが必要な機会は、リリアナ嬢の意向も踏まえた上でだけど、お願いする事になると思う」


 そんな話をジェレミー殿下とした。


 ある程度はしょうがないが、ハンナが気の毒かな。


 実は、ジェレミー殿下の侍従のヨハンさんとハンナが、いい感じなのだ。

 二人は私達に隠しているつもりのようだが、私達二人とも気付いているので、一緒に応援するつもりである。


 学園には寮があり、通学可能かどうかによらず、寮生活が推奨されている。

 寮生用の部屋とお付き用の続き部屋が割り振られるので、お付きを一人だけ連れて学園に入る事になる。

 お付き一人だけで生活するのは、上級貴族では他にない機会であり、良い経験にしてほしいという事らしい。

 寮は当然男女別で、お付きも同性である事を前提にしている。

 

 ジェレミー殿下はヨハンさんを、私はハンナを連れて入学する。


 リリアナにも侍女が勧められたはずだが、断固拒否したようで、ユリウスを侍従にタウンハウスから通う事になっていると聞いた。



「ゴールド伯爵家が次女マリアナと申します。

 皆様、どうぞよろしくお願いいたします」


 学園の学級は身分で分けられており、日本の高校よりも各学級の人数は少なめだ。

 侯爵家以上の直系で1つ、伯爵家直系を中心に2つ、下級貴族直系と伯爵家以上の傍系を中心に5つ。

 男女混合の学級であるのは、この世界では異例の体験かもしれない。


 リリアナとは別の学級になり、胸をなでおろしている。


 ただ、ダンスや男女別の授業は、この限りではない。

 なんとなく学級別にグループが出来ているのを利用して、出来る限りは距離を取っている。


「マリアナ様は、お隣の学級のリリアナ様とは双子ですのね。

 先ほどお見かけしたのですが、ちょっと見分けがつきそうにありませんわ」


 入学当初は、こんな事を言われる事が多かった。

 努力の甲斐あって痩せてきたため、学園に入学する頃には、リリアナと私は瓜二つだったのだ。

 私達は、一卵性の双子だったと思われる。

 リリアナの顔を見る度に、私もあれくらい美人なのかな、と思うのが不思議な感じだ。



「マリアナ様、ちょっとよろしいかしら。

 リリアナ様の事なのですけれども……」


 入学から一月ほど経ってからは、このように切り出される事が徐々に出てきた。

 半年ほど経った最近では、数日に一回はこのような事がある。


「ご迷惑をおかけして、申し訳ございません。

 私から言っても、姉は聞き入れないかと思います。

 再度、家から注意をするように伝えます。申し訳ありません」


 リリアナの素行に問題があるのだ。


 基本の学級が男女混合だとしても、日本のように自由に振舞える訳では無い。

 婚約者でもない異性と話す場合は、男女どちらも複数の同程度である事が、暗黙のマナーだ。

 例えば、男性二人と女性三人とか、どちらも四人ずつとかで話すようにする。

 どちらかが、取り分け女性側が一人だけとか、女性は二人だが男性側が十人もいる、などははしたないとされている。特に女性側の人数が少ない事が、問題視されやすい。

 多分、女性が襲われたら、みたいな懸念を発端としていると思われるが、理由はともかく、この世界のマナーとして広く認識されている事だ。

 

 にも拘らず、リリアナは一人で男子生徒に話しかけてしまう。

 そもそも、同学級の女子生徒と仲良くしようとしないのだ。


 母と最初の家庭教師のせいで女性に恐怖感がある、という主張を本人はしている。

 

 しかし、女性教師に対する態度からは、あまり恐怖が感じられない。

 原因が母と家庭教師なら、年上の女性が苦手なはずだが、リリアナが近寄ろうとしないのは、あくまで同世代の女生徒だ。


「リリアナ様は、お相手に婚約者が居るかどうかも気にせず、見目の良い殿方にばかり話しかけますのよ。

 課題の事など何か困り事があるのでしたら、わたくし達同性に聞くべきではありませんの?」


 隣の学級で、学級委員的立場の伯爵令嬢だ。

 この世界は身分制なので、役職を特に決めるまでもなく、身分の高い者が責任を負う。

 彼女の家は、伯爵家の中でも家柄が古くて家格が高いため、まとめ役を担っている。

 

 言葉だけだと厳しい事を言っている様にも思えるが、困り切った顔をされておられる。

 完全に貧乏くじをひいてしまった人だ。

 

「その通りでございます。

 申し訳ございません」


 話を聞く限り、リリアナは彼女にかなりの迷惑をかけているようで、申し訳ない。

 しかし、リリアナの私への態度は、原因の母や最初の家庭教師と離れてからも全く改善が無く、私の話を聞いてくれる状況にない。


 せめて迷惑をかけている彼女の愚痴を聞いてから別れた。


「マリアナ様、大丈夫ですの?

 また、リリアナ様のお話をされましたの?」

 同学級のアニータ嬢が、心配してくれた。


「大丈夫ですわ。

 そんなに厳しい事を仰る方ではありませんでしたから」


 リリアナに言っても聞かないものだから、私がとばっちりを食う事が多く、穏やかでは無い苦情を寄せられる事も多い。


「お気の毒ですわ。毎回、お姉様への苦言を聞かなくてはならないなんて。

 元気をお出しになって。

 一緒にカフェに行って、美味しいお茶を飲んで忘れてしまいませんこと?」

 アニータ嬢と同様、同学級で親しくしてくれているブリジット嬢だ。


「ありがとうございます。

 是非、そうさせて下さい」


 同級生には同情されている。

 怪我の功名というか、おかげで友人には不足せずにすんだ。



「あら、王太子殿下がいらっしゃいますわね」


 学園では、二学年上の最上級に王太子殿下がいらっしゃる。

 正妃様の御子で、ジェレミー殿下の異母兄である。

 友人の言葉が聞こえてしまったのか、こちらを振り返られた。


「おや、ゴールド伯爵令嬢だね。

 君は、マリアナ嬢の方かな?」


「左様でございます。

 王太子殿下におかれましては、ご機嫌麗しゅう」

 こうして近くで見るとジェレミー殿下と顔立ちがよく似ている。

 分かっている人間には、バレバレだったりしないのかな。


「申し訳ないが、ちょっとこちらに来てくれないか?

 私の婚約者が居るから、問題無いと思うんだ」


 断りたいが、身分のあるこの世界では、疑問文形態であっても、実質命令である。

 移動は友人に付き合ってもらい、移動先で別れる。

 王太子殿下とその婚約者ともなると、学園でもそれぞれに同性の護衛が付いているので、ここからは問題無い。


「殿下、どうされました?

 そちらの方は?」


 王太子殿下の婚約者はデナリス・アメリシウム侯爵令嬢。私達より一学年上の方だ。

 美人だが少しきつめの顔立ちをしていて、優秀さも相まって悪役令嬢風の点がある。

 二人の仲に問題があるような噂が無い事が救いだ。


「デナリス、盗聴防止の魔道具を起動してくれるかい?」

 デナリス様のアメリシウム侯爵家は、魔道具の開発に長けている事が売りである。


「かしこまりました。

 ……準備出来ましたわ」


「ありがとう。

 彼女はマリアナ・ゴールド伯爵令嬢、ジェレミーの婚約者なんだ」


「ジェレミー、様? ……あぁ、思い出しましたわ」


「彼女は今、少し困った状況にあってね。

 君に、彼女の助けになってもらいたい」


「え、構いませんが、普通は寄り親貴族がするものでは……そうでしたね。

 今のゴールド伯爵家には、寄り親がおりませんのね。

 ですが、わたくしが務めるのは不自然ではありませんか?」


 デナリス様は、学園卒業後まもなく王家に嫁入りされる予定なので、ジェレミー殿下の事情とそれに絡む我が家の事情も既に聞いているようだ。


 ジェレミー殿下は、現国王陛下と平民身分の使用人の間に生まれ、陛下の側近だった前クリプトン子爵が実子として内密に引き取った。

 現在のクリプトン子爵は、ジェレミー殿下の年の離れた義兄(表向きは実兄)が継いでいる。

 義兄は陛下の側近も引き継いでいるので、ジェレミー殿下がクリプトン子爵を継ぐのは不自然である。


 そこで今のゴールド伯爵家があるのだが、不自然な成り行きで出来た家なので、普通なら存在している寄り親貴族が我が家にはいない。かつてのゴールド伯爵家とは、名は同じでも、完全に縁が切れているのだ。

 寄り親貴族は言ってみれば上司の様な存在なので、仕事も割り振られるが、今回のようなケースがあれば相談や援助をしてもらえるはずだった。

 

「問題がもう一つあってね」


 ここで、デナリス様も知らなかった、ユリウスの説明を王太子殿下がされた。


 私が知らなかった内容まで説明されてしまう。


 ユリウスの母国である皇国では、ユリウスが我が国に来る事になった原因の継承争いが第三皇子にほぼ決定し、収束に向かっているらしい。

 事態が収束しつつあるのを見て取った我が国は、第三皇子に連絡を取り、ユリウスの処遇について打診したそうだ。


「どうやら皇国に戻して欲しいらしいんだ。

 継承争いで皇族を減らしてしまったから、予備として取っておきたいんだろうね。

 我が国の訳アリ伯爵令嬢が妻なのも、丁度良いみたいなんだよ」


 リリアナとユリウスはまだ結婚している訳では無いが、まぁ、そういう関係だと思われている。

 皇国の妃は、侯爵家以上の出身が求められるから、他国の伯爵令嬢であるリリアナを正式な妻にしたいなら、臣下に下るしかない。

 継承争いの危険が無いなら、血を継ぐために取っておくのもアリという事だ。


 デナリス様は、リリアナとユリウスの事情までは詳しくは知らなかったようで、少し目を丸くしておられた。

 一方の王太子殿下には、リリアナの醜聞とそれに私が巻き込まれている事まで知られており、恐縮してしまう。


「そこまで事情が重なってしまっていては、多少不自然でもわたくしが入った方が良さそうですわね。

 かしこまりました。

 よろしくお願いしますわね、マリアナ様」


「こちらこそよろしくお願いいたします」


 という訳で、力強い味方が増えた。

 ……様に思えたのだが、困った事にそうでもなかった。


「不甲斐ないわたくしを許して下さいまし、マリアナ様」

 将来の王妃に謝罪されて、恐縮してしまう。


「いいえ、私は助かっております。

 こちらこそ、姉がご迷惑をおかけして申し訳ございません」


 デナリス様は、魔道具開発に長けた方で、少し研究者肌の性格だった。

 逆に、社交は少し不得手としておられる。

 そこを社交を得意としている王太子殿下がフォローし、王太子殿下が苦手としている専門的な知識などをデナリス様が担い、二人で補いあってきたそうだ。

 今回、私のフォローを王太子殿下が行うのは不自然すぎるために、デナリス様がという話だったのだが、如何せんリリアナが非常識過ぎた。


「う~ん。デナリスの苦手は分かっていたけど、普通の範囲の注意だし、デナリスの身分で向こうが引くと思ったんだけどね」


「誠に申し訳ございません、王太子殿下」


 デナリス様が行ってくれたのは、リリアナに対するマナー的に当然の注意だ。

 王太子殿下が言う様に、普通の貴族令嬢なら将来の王妃からの注意に恐縮するのが当然の反応である。


 しかし、リリアナは平然と言い返してきた。

 デナリス様には予想外の反応だったため反応出来ず、傍目にはリリアナがデナリス様に口論で勝ったみたいな印象を与える結果になってしまっている。


 今のリリアナは、相変わらずユリウスを従えているのに加え、婚約者が居ない者限定であるが見目の良い男子生徒を取り巻きにしており、乙女ゲームの逆ハーヒロインの様だ。

 事態の収束に出てきた王太子殿下にもリリアナは親しげに話しかけていた。

 この設定だと、デナリス様が悪役令嬢、私は悪役令嬢の取り巻き、といったところか。

 思い余って危うく、王太子殿下の前でリリアナを物理で黙らせるところだった。

 王太子殿下がリリアナを冷たく躱して、デナリス様を擁護してくれたので、二重の意味でホッとした。

 

「貴族で学園を卒業しないのがあり得ないと思ったから、目溢ししていたけど、これは考えないといけないな」


 ……物理で黙らせておいた方が、リリアナのためだったかもしれない。 




読んで下さってありがとうございます。

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