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変化


 伯爵と話をしてからは、状況がかなり変わった。

 悔しいが、それなりに有能ではあるのかもしれない。


 先ず、医者を手配してもらった。


「はい、口を開けて見せて下さい。

 ……

 はい、大丈夫ですよ。

 虫歯は大丈夫そうですね。

 

 お体の方は、食事や運動などを今のまま続けてもらえれば、大きな問題は無いでしょう。

 大丈夫ですよ」


 ちょっと安心した。

 ちなみに、食事はそのままと言われた割に、サラダが追加されていた。

 勿論、薬などかかっていない普通のサラダだ。

 私は喜んで食べたが、リリアナは手を付けていなかった。


 伯爵夫人のサラダの謎だが、どうやら向精神薬の類がかけてあったらしい。

 何故サラダに? という点についてなど、色々と医者の苦労話があるようだった。

 

 その夫人だが、領地に療養に行く事になった。

 伯爵夫人が自領に居るのは、自然な事だ。

 療養のためだなどと、誰にも言う必要は無い。


 そして、執事も居なくなった。

 あの偉そうにしていた執事は、伯爵夫人の実家の侯爵家から来ていたそうだ。

 夫人の監視が目的だったので、必要が無くなり、侯爵家に戻る事になった。

 尤も、戻った先でどのような役割があるかは知らない。


 伯爵夫人が旅立つ日、挨拶に行った。


「ご機嫌好う、お母様。

 どうか、領地に行ってもお元気で」


「可愛いマリアナ。

 何を言っているのかしら。

 わたくしは、ずっとここに居ますよ。

 あなたをお姉様よりも、大事に可愛がって育てるのだから。

 あなたは、わたくしの食べたかった甘いお菓子をいっぱい食べて、わたくしが結婚したかった様な素敵な殿方と結婚するのよ」


 いつ頃だっただろう、母の目が現世(うつしよ)を見ていない事に気づいたのは。


 伯爵夫人は実家で、三歳上の長女と一歳上の次女が、政略結婚のために蝶よ花よと育てられる傍らで、不要な三女として、冷遇されて育った。

 取り分け、僅か一つ違いにも拘らず、待遇の差を見せつけてくる次女を恨んでいたようだった。

 次女の結婚式当日、控室で花嫁に切りつけ、侯爵家で蟄居となっていた彼女を、伯爵が娶ってきたのだ。

 切られた次女の顔の傷は僅かで、他の被害も無く、結婚式もそのまま執り行われた。

 しかし夫婦仲は冷え切ってしまい、二人の間に子供が生まれなかったので、愛人の子を正式な子として手続きしているという噂をハンナが何処からか拾ってきてくれた。


 さようなら、お母様。

 ずっとあなたが怖かった。

 でも、心安らかにいて欲しいと、今は願っています。



 代わりの執事は、若い男がやって来た。

 イケメン。金髪に緑の目。

 新たなフラグで無い事を願っている。


「セバスチャンとお呼び下さい。リリアナお嬢様、マリアナお嬢様」

「…………」

「よろしくお願いいたします」


 リリアナは、前の執事の方が良かったらしく、彼には塩対応だ。

 マリアナへの態度が悪すぎの使用人が、彼によって入れ替わりつつあるので、私は助かっている。



 姉の家庭教師も辞める事になった。

 鞭を使うのは、やはり問題があるのだそうだ。


 ただ困った事に、新しい家庭教師に、姉と一緒に教わる事になった。

 進捗の違いを確認してから考えると言われている。


「ジャクリーンと申します。

 よろしくお願い致します。リリアナお嬢様、マリアナお嬢様」


「…………」

「よろしくお願いいたします」


「マリアナお嬢様は、文字の書き取りからと伺っております。

 これを書き取って見せて下さい。

 様子を確認したいと思います。


 リリアナお嬢様は、こちらで、これまで教わってきた事を私に教えていただけますか?」


 ジャクリーン先生は、栗色の髪と瞳のまだ若い女性だ。

 優しそうな顔立ちの良い人そうだが、リリアナと一緒に教わるのが不安だ。

 

 

 ハンナは、専属侍女にしてもらえた。

「良かったわ、ハンナ。

 これからもよろしくね」


「ありがとうございます。マリアナ様

 こちらこそ、これからもよろしくお願いします」



 変わらない事もある。


「何故、ユリウスはお姉様の専属のままなのかしら?」

 子供でも多少不自然な位だが、そろそろ私達も、子供と言い切れない年になりつつある。


 私は、相変わらず二人から敵視されたままだ。


「ユリウスから侍女に交代させようとすると、リリアナお嬢様が癇癪を起こすそうです」

 ハンナも困惑顔だ。

 リリアナの癇癪に加えて、ユリウスの事情が何かあるのだろうか。


「ジェレミー様が不愉快に思わないと良いのだけれど」

 将来の義兄と言う事で、名前呼びを許してもらっている。

 勿論、二人の茶会の邪魔など絶対にしていない。

 

「クリプトン子爵令息様も戸惑われているとお聞きしています」


 まぁ、そうだよね。

 この世界は、同じ馬車に未婚の男女が二人で乗ってたら破廉恥、みたいな世界だ。

 一方の侍女や侍従は、主人と二人で行動する事も当たり前の存在である。

 しかも、上級使用人である侍女や侍従は、下位から中位の貴族であれば、正式な結婚相手になってもおかしくない。


 ユリウスの事情を確認すると言った伯爵は、何を考えているのだろうか。



***


「ジャクリーンさん、ちょっといいですか?」


「セバスチャン様、何か御用でしょうか?」


「二人のお嬢様の様子をお聞きしたくて。どうですか?」


「……聞いていた話と大分違います。

 リリアナお嬢様の教育は順当、マリアナお嬢様は読み書きも不自由される、とお聞きしていました。

 実際は、二人の進捗は同じ位です」


「へぇ、では、一緒に教えられそうですか?」


「いいえ、リリアナお嬢様がマリアナお嬢様を敵視しているようでして、一緒にお教えするのは、お二人のためになりません」


「ふぅん、では、これは意地悪な質問かな。

 どちらを教えたいですか?」


「それは……」


「実はマリアナお嬢様には、味方が少ないんです。

 僕等が来るまで、彼女にはハンナさんしかいなかった。

 これで、どうです?」


「分かりました。

 マリアナお嬢様をお教えしたいです」


「よろしくお願いします」



***


 やっと姉と教育が別になった。

 私は、引き続きジャクリーン先生に教えてもらえる事になって嬉しい。


 でも、

「お姉様の新しい家庭教師の方、男性だけれど、良いのかしら?」


「普通、聞きませんよね。

 ただ、何人もの女性の家庭教師に来て頂いたのに、リリアナお嬢様が受け入れなかったらしいですよ。

 リリアナお嬢様の場合、専属もユリウスですから、授業は客間で扉を大きく開いて行っていました」


 不安だなぁ。

 何故リリアナは、ああなんだろう。



 珍しく伯爵()が家に帰ってきたらしく、執務室に呼ばれた。


「お呼びと伺い、参りました」


 中に入ると、伯爵とリリアナと、ジェレミー殿下が居た。

 なんで呼ばれた、私。


「ジェレミー・クリプトン子爵令息殿とリリアナの婚約を見直す事になったのだ」


「っ何故!? 何故ですか? ジェレミー様はわたくしの婚約者でしょう!

 何故、マリアナを呼ぶのですか?」


「他に予備が居ないからだ。

 お前が本来の役目を果たせないから、予備に切り替える必要が出来たとも言える」


「ゴールド伯爵閣下、それはあんまりな言い様。

 二人とも、あなたの大事な娘ではないですか」


「これは失礼。

 ですが、時間も無いので、話を進めさせて頂きたい。

 ジェレミー卿と我が家の婚約は、リリアナからマリアナに変更したいと思っています。

 了承して頂けますね?」


「嫌よ!

 何故!? 何故、いつもわたくしだけが、奪われ続けるの!?

 何故、いつもマリアナばかりが、全てを取っていくの!?

 何故……、ぅぁああああああ!」


 リリアナは、声を張り上げ、泣き崩れてしまった。


「……閣下、これでは話にならない。

 閣下は、もう少し、娘さん達と話をするべきです」


「仕方ありませんな。

 申し訳ございません。

 後日、改めてまた」


「では、僕はこれで、お暇します」

 殿下について一緒に退出したいところだが、婚約者でも無い身でそれは出来ない。

 貴族令嬢らしく丁寧に見送る。


「あ、あの、私も、これで」


「いや、マリアナは残ってくれ」


 全力で嫌ですけど!?

 こんな修羅場を作っておいて、何を普通に話進めようとしてんだ、このオッサン。

 

「リリアナ、もう泣き止め。

 そもそも、お前がユリウス君を選んだのが理由だろうが」


「ああああああ!」


「伯爵閣下、お姉様のこの様子では、話になりませんよ」


「お前は、お父様と呼びなさい。


 ユリウス君の事だが、皇国の第七皇子の可能性が高いと分かって、我が家で保護している。

 きっかけは、リリアナによる偶然だな。

 側妃の子で、継承争いに巻き込まれて我が国に来たようだ。


 本人が記憶を失っている事と、皇国で継承争いが続いている事から、このまま様子を見る事にした。

 リリアナの婚約者で、侍従でもある、という事にしておけば、異例ではあるが学園にも通わせられるからな。


 そのために、ジェレミー殿下の婚約者は、お前に代える事にしたのだ。

 ジェレミー殿下にも内諾は取っていたのだがな」


 泣き叫ぶリリアナの傍らで、本当に話を進める伯爵。

 内緒話にちょうどいい騒音だとでも思っているのか。神経を疑う。


「お前はジェレミー殿下との婚約をどう思う?

 もしくは、ユリウス君はどうだ?」


「ジェレミー殿下は、良い方だと思います。

 ユリウスさんとは、一緒になりたくありません」


 ジェレミー殿下とは、挨拶プラスアルファ位しか話した事は無いが、常識的な印象だ。


 侍従の件では、リリアナと家にやんわりと苦言を伝えているらしいが、婚約者への季節の贈り物はリリアナの好みに合わせているようだし、内容は知らないが手紙などもよく送られてくる。

 私とリリアナの誕生日が一緒なので、私にも贈り物をしてくれるが、明らかにランクの落ちる小物などだ。婚約者の双子の妹に配慮した誕生日プレゼントとして、適切だと思う。


 とは言え、もっと選択肢があるなら積極的に選びたい程ではない。

 ユリウスと二択、という状況が実質的に一択なだけだ。


「分かった。

 では、ジェレミー殿下の婚約者はゴールド家の娘、とだけにしておこう。

 ユリウス君の事もあるから、通るだろう。


 お前は、ジェレミー殿下の婚約者の様なものだと思いなさい。

 リリアナがユリウス君を選んだ行動をした時には、ジェレミー殿下のパートナーを務める様に」


 ……これも、一種の強制力だろうか。

 一歩進んで二歩下がった気分。





読んで下さってありがとうございます。

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