第七話 醜悪たる最愛の贋物(6/10)
少し離れた土石流の中で、セイルが『黒炎』で、フロンスが『狂魂』で作ったサハトを使用して土人形達に応戦していくのが見えた。しかし無限に沸き出す彼等の手数に圧倒され、徐々に攻撃を受け始めるしか無い。怒涛に迫る土人形に対応を余儀無くされ、マニエルに攻撃を加える事も出来ない上に、セイルは膨大な魔力を消費する『煉獄』をもう放つ事が叶わない。
「いたいっ!」
「ぐっ!」
土人形が二人に激しく襲い掛かる。しかし俺を取り囲んだ人形達は、もったいぶる様にしてゆらゆらと揺れるだけで攻撃を行って来ない。俺はすぐにその行動の意図を察する。
「いたぶって殺してあげる……お嬢さんとおじさんも……そしてアモン。アナタは飛びっ切りに、極上に……ッ」
一体の土人形が俺の足元から現れて、腹を殴って捻り上げて来た。既に満身創痍だった俺は、たったそれだけの一撃で体をくの字に曲げる程に悶絶するしか無かった。
「マニ……エル!」
それでも倒れず踏み留まり、歯を食い縛って顔を上げる。その様をマニエルは嬉々として眺めながら、頬に手を当ててうっとりとした。
「どうするのアモ~ン。仲間がいたぶられてるわよ……ほら、アナタが弱いばっかりに、一方的に……」
セイルの腹を土人形が蹴り上げ、防御魔法を打ち破った土の剣がフロンスを切り裂いていくのが見える。
「うぁ……っ」
「い……!」
セイルは呼吸がままならず四つん這いの姿で嘔吐をし、フロンスは切り裂かれた腹を前屈みになって抑え込んでいた。
――奴は俺に、仲間達をいたぶり殺す姿を見せようとしているんだ。
「やめろッ! 殺すぞマニエル!!」
「だからどうやって~? 全部全部ぜ~んぶ。アナタが弱いのが悪いんでしょ。何の勝ち目も無く啖呵を切るんだもの……こんな事になるのは目に見えていたのに……くっく可哀想なお仲間さん。ほらやっちゃえ!」
マニエルの指示に従ってセイルとフロンスが土人形に横腹を蹴られ、土の剣で切り裂かれる。二人の悲痛の声が大広間に響き始めた。
「マニエルッッ!!」
「アナタのせいでいたぶられてる仲間の事、どう思うの? 可哀想だよねぇ? でもこうなったのはアナタのせい。勝ち目も無く私に挑んだアナタのね」
「何処までサディスティックなんだ、この変態野郎!!」
「だって〜〜。こうしないと私、興奮しないんだもん」
俺は二人をいたぶられる光景に怒り狂って、目前の土人形を殴り、後方の兵も巻き込んで吹き飛ばした。
そしてよれよれとセイルの元へ向かおうとするが、他の土人形達に殴り、蹴られて押し戻される。
「ぐぅ……んぬぅぅぅう!!!」
まともに応戦する事も出来ない俺は、己の無力を呪いながら血を吹いた。
「謝って」
マニエルが恍惚として俺に告げている。
「僕が悪かったでちゅ、全て全て間違っていました。だから許ちて下さいマニエル様。仲間達を一思いに殺してくだちゃい…………そう言ってごらんなさい……そしたら、考えてあげる。ふふ! 考えるだけかもしれないけれど~!」
――その時、フロンスとセイルの一際大きな叫喚が起こる。
サハトはいつしか葬られ、術者のフロンスがうつ伏せに押さえ付けられている。そして彼の肘を踏みつけたままの土人形が、猛烈な力で左腕を関節の反対向きへと持ち上げている。ビキビキとフロンスの左腕が音を立てて壊され始めていた。
「ぅッッ!! ぐっ!!!」
セイル仰向けにされ、身動きのとれぬ様に拘束されたまま、右足のふくらはぎを何度も何度も踏みつけられていた。皮膚は破れ、肉が捲れて見えている。そこを何度も踏みつけて、足の形状を変わっていく。
――ぶち。
――ぐしゃ。
そんな鈍い音と共に、俺は二人の痛烈な悲鳴を聞いた。
「ガアアアアアッ!!」
「ぎぅうううッッ!!」
残虐な光景に嬉しそうに目を剥いて覗いていたマニエルは、そのまま俺に向き直って来た。
「ッハ、アハハハハッ!! ほうら、早く謝ってアモン」
「キサマッッ!!」
「もう一本いっとく?」
「け……る…………なッ!」
「ん~? ハッキリと! キビキビと! 先ずはごめんなちゃい。でなければ奴等をもっと痛め付けるわよ?」
「でき……ッ……ッんな……」
「は……?」
拳を握り締めた俺は、たまらず上体を反らす程にマニエルに向けて絶叫する。
「ぁぁあああッッ!! ンッッ出来るかッんな事ガッ!!」
その答えを聞いたマニエルは、途端に表情を消しながら頭をご機嫌に左右に揺らすのを止めた。
そうして一気にしらけた様な侮蔑の眼差しをして、怒り心頭の男のような口調で俺を蔑み始める。
「はぁ? ……この……糞業突く張りが。……テメェはつくづく頭が悪いんだなぁ」
「……っ」
「子どもだ。やはりキサマは子供、ガキ。どうにもならない事がある事もわからずに、ただ地団駄を踏む糞ガキ。周りも見えずに自らの欲求の為だけに怒り散らす……クッッッソ!! ガ! キ! ただの馬鹿かテメェはよぉー!! 低能が! あああんっ!? テメェのその態度が、その何者も省みない不遜な態度が、アイツらに更なる痛みと恐怖を与える事位わかんねぇのかなぁーー!!」
「あ……もん……」
「あもん……さ」
呻く様なセイルとフロンスの微かな声が聞こえてきて、マニエルはまるで同情を隠せない様な面持ちで呆れ返っていた。
「頭が悪過ぎて話しにもならない。はぁ、こんな愚かな奴について来たアナタ達には同情します……流石に、この私でも笑えない……」
しかし次に聞こえてきたか細い声はマニエルの予想を裏切り、奴をさらなる激情に駆り立てる事となった。
虚ろな瞳のフロンスが口を開き始める。
「マニエルさん……アナタの方こそ何もわかっていない」
「……?」
「我々の自我を呼び起こし、同じ人間なんだと思い出させてくれたのは、アモンさんです」
「ぁ?」
「それまでの私は……私達は、ただ喰われる事を待っているだけで、生きているとはいえず、人ですらも無かった……だから、我々にとってアモンさんは恩人なのです。憎むなどとんでも無い。ロチアートの希望の全てなんです!」
「……やめなさい」
次に話し出したのは顔のひきつったセイルだ。
「いつか喰われるだけの命運から私達を解き放ち、夢を思い出させてくれたのはアモンだった」
「……やめろっ」
「私達ロチアートの未来は、ネルの様な子ども達の命運は全部……アモンに掛かってる……だから……だから、その……!」
「てめぇら……っ!」
セイルの言わんとした事がわかったマニエルは、眉間にシワを寄せて額に筋を立てて激怒した。
「その天使を……ぶっ飛ばして、アモン!!」
瞬間セイルとフロンスは土人形に蹴り飛ばされた。更に癇癪を起こしたマニエルによって突風に吹き飛ばされて、固い地面に打ち付けられて悶絶する。
「だったらそこで見ていろ家畜共! キサマらの希望とやらが力無く倒れ、落涙してひれ伏す様をッ!」
奴は二人の過信する俺という希望が儚く破れ去る様を見せつける為に、あえて二人を殺さずに瀕死の姿にして隅に追いやったのだと思う。
「策もなく、ただ好き勝手に吠えるだけの死に体に、ここから何が出来る……。見ていろ、キサマらの希望が哀れに砕け散る所を見せてやる」
マニエルは小鼻をピくつかせながら真っ赤になった顔を俺に向けて、こう言い放った。
「『再開の木偶』」
マニエルの能力によって俺の正面に立つ土人形の顔面が蠢いて変形していく。それを見た俺は酷く心を動揺させて後退りながら、滝のような冷や汗を垂らした。
――奴がこれより始めようとしている事は、紛れも無く俺の心を強烈に揺さぶり、悪くすれば……破壊するだろう。
「やめろ……マニエル…………やめろ」
やがてその土人形の顔面が、俺の最愛の形を作り出した。肌の色も、髪の質感も、赤い瞳も、雰囲気も、蝶の付いたヘアピンも、吐息も、声音も、仕草も同じにした本物その物の精巧な人形が、口許を滑らかに動かして、言った。
「好きだよ、アモン」
かつて奴の能力『愛の探求』によって俺の最愛とその顛末を読み取ったマニエルが、意地の悪い笑みを刻み込みながら俺の表情を窺った。
おそらくマニエルの思った通りに、俺は絶叫した。激しくなった秋雨の中で、彼女に向ける激し過ぎる悔恨の念と、悲しみを暴発させて。
「ギャャアアアアアァァァァアッッッ!!!!!」
――五百森 梨理。
かつて愛を誓いあった最愛の女性が、この世界全てを破壊すると誓った理由の彼女が、実物そのものの顔を、石や土くれで雑多に出来上がった醜い胴体の上に乗せて、俺を見つめていた。
醜悪たる姿で。




