第七話 醜悪たる最愛の贋物(5/10)
「アモンをバカにするなッ!」
唸る俺を横目に激怒したセイルは、赤い瞳を輝かせながら、上空に両の掌を向けて魔方陣を展開する。
「アモンは私達の為に戦ってるんだ! ロチアートの為に負ける訳にはいかなかった! どんな手を使っても生き残らなくちゃいけないんだっ!」
セイルは膨大な魔力を注ぎ込んだ黒き巨大な炎を生成した。
「『黒炎』!」
そしてマニエルに向けて放つ――。
「んッ!」
全て焼き付くす様な火力と膨大な魔力に多少面食らった様子のマニエルだったが、迫り行く巨大な黒き炎の塊は、即座にハープを鳴らして突風を起こし、歪な翼で風に乗った天使の子には当たらなかった。
「っあら危ない! さっきの技といい、黒い炎は始めて見ましたよ。しかしそれがどうした、まだまだ私の力には遠く及ばない!」
「『狂魂』。飛べサハトッ!」
間髪いれずフロンスが数の減っていく死人を見限り、その魂を一つに凝縮する。
「ボアアアアアッ!!」
脳のリミッターを取り外された甲冑の男が、膝を曲げて下半身を筋肉で膨れ上がらせた。肉体の膨張により甲冑が音を立てて外れ、砕けていく。
その有様にマニエルが悲鳴を上げた。
「キモい!!」
下水を眺めているかの様なしかめた面をしたマニエルに向けて、サハトは地を踏み穿って飛び上がる。強烈な速度でサハトは風を切り、大聖堂を背後に停滞するマニエルに向けて、斧を振り上げた。
しかしマニエルがハープを鳴らすと、頭上からサハトにだけ強烈な風が落ちてきて速度を緩められる。そして失速したサハトの胴を、地上から打ち上がって来た無数の石の矢じりが貫いていた。そして重しとなり、マニエルまで届かず地に落ちていく。
「そんなっ!」
マニエルが得意気な目を地上に落とした時、俺はこの身に残された僅かな魔力を振り絞って、割れた掌を天に向けていた。
「『黒雷』!!」
天が雷鳴を鳴らして、光速の黒雷が墜落していく。
「二度も虚を突けると……思ったかッ――」
だが奴はそれを予知していたかの様にハープを鳴らし、これまでにない豪風を起こして翼に受けた。水平に移動したマニエルがギリギリでそれを避ける。轟音と地に落ちた黒い雷が、地上の土人形達を粉々にして葬った。
翼を広げ、白く整った歯牙を見せたマニエル。
「私の『聖霊の領域』は自然を操る。故に大気の動きに気を配っておけばこんな技は当たる筈もないのです。以前のように虚を突けなければね……あぁ、それはアナタの得意技でもありましたねぇ、真っ向勝負では敵わないと踏むや否や、奇策に出て、まんまと私の翼を焼き、ダルフの体を真っ二つにしましたもの」
「……よく喋る……。それにしちゃあ、ギリギリだったじゃねぇか……自慢の金髪をアレンジしておいてやったぞ」
マニエルは静電気で逆立った髪を撫で下ろすと、細い瞳になった。
「家畜の群れが」
一同に奴を睨み上げている俺達を見下ろして、マニエルは小鼻に少しのシワを刻み込んでいた。
「……その顔。直ぐに歪ませてあげる」
マニエルがハープを鳴らす、かき鳴らす。流麗な曲ではなく激しい曲が大広間を包む。炎の広がる都に響き渡っていく。
そうして巻き起こり始めた天変地異に、フロンスは驚嘆の声を上げながら後退った。
「これは余りにも数が……百いや、二百は……」
マニエルのハープの音に合わせて大広間の土が蠢き、それぞれが土人形の兵となっていく。その膨大な数に警戒を示し、フロンスは矢じりで腹を貫かれたサハトを手近に来させた。
――蠢く大地に翻弄されていると、今度はセイルが短い悲鳴をあげる。
「きゃあッ……ッ!」
「まだ増えるのですかッ!」
それらの土偶は俺達の足元からも沸き出し始めて、背中合わせたにしていた筈の陣形はすぐにもみくちゃにされた。サハトが頭を砕いて抵抗するも、とても大地の無限増殖は止められないでいる様だった。
「セイル……フロンス」
フロンスとセイルが土人形に押し流されていきながら手を伸ばしているのが見えた。だが土の激流は止まらずに二人は押し流されて行ってしまう。
一人奇妙にその場に取り残された俺が、意図的に陣形を分断された事を理解する頃には、周囲には土色の軍隊が途方もなく列を作っている光景しか見えなくなっていた。
「ふふ、楽には死なせない」




