第七話 醜悪たる最愛の贋物(3/10)
セイルが膨大な魔力を送り込むと、大広間全体を足元から沸き出でる黒い炎が焼き焦がし始めた。俺はこの美しく懐かしい光景に、口角を少し緩める。
「あっつ! 熱! あ……足が! 甲冑が!」
その黒き炎は降りしきる雨を蒸発させ、死体も甲冑も剣も瞬く間に溶かし始める。草木やガリオンの木偶も同様に溶けていなくなり、火の手は辺りの家屋に燃え広がっていった。セイルの周辺に居る俺とフロンスと死人を残して、何もかもが黒き炎に呑み込まれて消えていく。
俺は怒り心頭の天使のツラでも見てやろうと視線を上げたが、奴もどうしてか少し楽しそうにしていた。
「っまぁ、鉄まで溶かしてる! 転移魔法以外にもこんな規格外の魔法が使えるのね」
「家屋に燃え広がっていく! 民達の救護と避難を!」
「まずい! このままでは! 民の命を一つでも多く救わなければ!」
「マニエル様っ!」
木製の家屋が所狭しと並ぶ都での火災は何処までも燃え広がっていって、各地から民の悲鳴が上がり始めた。残された第二十騎士隊の兵は救援の為にこの場を離れることを要求する。
「いってらっしゃ~い。一人でも多くの民を救ってみせてね」
マニエルはひらひらと手を振って彼等を送り出した。炎に巻かれたその地には、やがて燃えるものも消え失せて土だけが残されていく。奴の能力で操れる木々も失せ、今や視界の開けた空に漂った天使の姿だけが映っていた。
「ひどいじゃない。こんな事をしたら罪の無い民達がどれだけ死んじゃうかわかってるの?」
マニエルは腰に手をやり、頬を膨らませながら前屈みとなって俺達に言っていた。
「都の再建は私の能力ですぐに出来るけれど、尊い魂は二度と戻らないのよ〜? うっふふ」
奴は余裕げにして、民の命などどうでも良いとでも言いたげにしている……食えない奴だ。
「かつてお前が農園で俺達にした事をやっただけだ」
「そう、忘れちゃってたわ。どうでもいいもの、ロチアートの事なんて」
「……ちっ、随分と余裕そうじゃないか。お前の操る木偶も草も木も焼き付くしたぞ。次はお前の番だ」
しかしどういう訳だか、俺の表情を見たマニエルが、空中でひっくり返って愉快そうに腹を抱え込み始める。
「あははははっドヤッ! 知ってる、民達の間で流行ってる言葉っ! ドヤ顔って言うのそれ、キャハハッドヤ顔! 今にもどうだ参ったかって言いそうな顔っその顔!」
ひとしきり笑うと、マニエルは涙を拭ってハープの弦を撫で始めた。
「私が操るのは自然。そう言った筈よ? あの時草木を使ったのは手近にあったから。それだけ」
「まさか、お前……っ!」
恐ろしい予感に思わず声を漏らした直後だった。
俺達が踏む大地が、剥き出しの土が、石が動き出す。生憎と目に物を見せられたのは俺達の方だった様だ。今や揺れる大地に踏み留まるのでやっとだ。
フロンスとセイルも、天使の子の持つ余りにも奇想天外な能力に声を上げるしか無い様子だった。
「大地まで操るんですかっ!?」
「ず、ズルいよそんなのっ!」
都が炎に巻かれていく。空中を漂うマニエルは突如として冷酷な瞳を俺に差し向けて来た。
「……もう逃がさない」




