第六話 黄金の瞳(5/7)
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固く冷たい地面を頬に押し付けながら、俺は即座に意識を持ち上げていた。
まず俺が知覚したのは、勝鬨を上げる騎士達の咆哮だった。
「お……ぉお!」
「うおおおおおお!」
「やった!! ダルフがやったぞぉおお!!」
俺の肘に戦槌を振り下ろしていたガリオンはそれを捨て置き、右の口角だけを上げたいつもの笑みを正面からダルフに向けていった。
「ダルフッ!」
そしてダルフはガリオンに抱き上げられて。共に喜び合っていた。
「痛い、痛いってガリオン! っはは、ハハハハ――――」
――何を、笑っているんだ……?
たとえ刹那でも奴に意識を剥奪されていたという事実に歯噛みしながら、俺は喜び合う騎士達の中に静かに立ち上がっていた。
ガリオンに抱き上げられながら微笑んでいた、ダルフのその表情が、筋肉でも抜け落ちたかの様に――ストンと落ちるのを見た。
「ガァハハハハやったなダルフ! これでお前の両親も報われた! 正義が悪を討ったのだっ!」
朝の陽射しは何時しか途切れ、低く垂れ込めた雲が流れて来ていた。
――ダルフを抱え上げて笑っていたガリオンの後頭部を黒い掌でわし掴んで、力を込めて引き抜いた。
「…………ぁ」
ダルフは情けない声を上げて放心している様だった。
自分を抱いていた腕からは途端に力が失われて投げ出される。脊髄を引き抜かれたガリオンの首の断面からは血の噴水が上がり、奴の純白の肌を赤く染めていた。
「……だまれ……ゴミめら」
俺は思い上がった人間共を鬱陶しく思い。気付く頃には掌に掴んでいたガリオンの頭部を握り潰していた。不思議と始めの頃に感じていた罪悪感など微塵も感じない。肉片や脳症が飛び散りグヂュリといった音だけが残る。
――まるで、巨悪を討ったかの様な喜び様だな、貴様ら。
背中に走る強烈な痛みに一度血を吐きながら、俺のこの身を怒りという感情が突き動かす。
「何が正義、何が悪だ。どうして梨理は殺されてスープにされなくちゃならなかった。どうしてネルは死ななければならなかった」
「ガ…………リオン」
「貴様等が赤い瞳の人間にロチアートと、家畜の烙印を押して虐げたからだ……ゼンブ、ゼンブ貴様達のせいだ!」
俺は肉塊の付着する掌をそのまま握り締めて、唖然とするダルフの胸に思い切り振り被った拳を打ち抜いていた。
――口から血を噴き上げながら、ダルフを空を真っ直ぐに吹き飛んでいった。そして仰向けになって大地に投げ出されるが、奴の胸には巨大な風穴が開いていた。肺を喪失して呼吸もままならなくなった奴の意識が、闇に引き摺り込まれていくかの様に閉じかけていくのが見える。
「え、え?」
「……ダルフ?」
一瞬にして変わってしまった状況に、騎士達は凍り付いている。
俺はまた一度よろめいて血を吐いたが、そのまま両の拳を握り込んで天に吠えた。暴虐の風巻が辺りに吹き荒れて捻れ上がっていくのを、辺りの騎士達が整理の追い付かぬ思考のままに肌に感じている事がわかる。
「ウォォオオ゛アアアアアア゛ッッ!!!!!」
咆哮に合わせて傷口から血を噴き出しながらも、俺は騎士を殴り、引き裂きながら走り始めた。
そしてセイルとフロンスもまた騎士達の殺戮を開始する。
何か言いたげにしたダルフの瞳に、冥土の土産に叫び上げる。
「悪魔は貴様達の方だ……!!」
ダルフの瞳が力無く閉じられていったのを俺は確かに確認した。




