第六話 黄金の瞳(2/7)
重鈍で巨大な鈍色のクレイモアを手に、ダルフは鬼の相貌で歩み始めた。
「みんなは手を出さないでくれ、奴を殺せるのは俺だけだ」
集団を抜けて歩み始めた騎士に向けて、大柄のプレートメイルに身を包んで戦槌を持った男が声を掛けていた。
「おいダルフ……いや隊長。本当にやるのか」
「あぁ、死人を出したくない。ガリオンは手筈通り、奴の仲間を牽制する為に隊を率いてくれ。奴の相手は俺一人でする」
ガリオンと呼ばれた大柄の男が、兜に取り付けたクレストという長い毛髪の装飾を縦に揺らしていた。
「死ぬなよダルフ」
その言葉に、ダルフはやや平静を取り戻したかの様に緩く口許を微笑ませていた。
「……あぁ、ガリオンも。そしてみんなもだ」
ダルフ・ロードシャインという男は余程人望があるのか、奴を取り巻いた騎士達は皆武器を振り上げながら奴を鼓舞し始める。
「負けんなよ隊長!」
「お前ならきっと大丈夫だ、ダルフ!」
「友よ、民達の命運はお前の剣にかかっている。そしてその剣を振れるのは、やはりお前だけだろう」
俺もまた奴と同じ様に、フロンスを置いて大胆に歩みを始めた。
「奴が一人で来ると言うのなら、その無謀を再びにわからせてやる」
「気を付けてアモン」
「アモンさん、しかし……」
決闘を挑まれたのだ。ならば真正面から捻り伏せてその思い上がりをわからせてやろう。
俺の視線とダルフの小麦色の瞳が交錯する。
互いに歩みその距離を縮めていく。
大聖堂前の大広間で、今度こそ雌雄を決しようとしていた俺達を騎士が囲んで見つめている。
それぞれの歓声を背に受けながら――やがて俺達は肉薄する。
もう距離が五メートル程になった。辺りの声もいつしか止んで、間も無く起こる衝突に固唾を飲んでいるのがわかる。
獣の様にギラついた貪婪な瞳が、俺を間近にカッと光を発するのを見た。
「舞い戻ったぞアモン。貴様を殺す為だけに……死の淵から這いずって」
「死に損ないが……すぐに貴様も、貴様の仲間も皆殺しにしてやる」
意外にも、物静かな声が交わった
……次の瞬間だった。
ダルフは両足に電気を纏って加速し、俺は両手を地に叩き付けて超低空の急接近を果たした。
奴の両腕で振り上げたクレイモアと、俺の黒き豪腕がつばぜり合って、鉄が激しくぶつかり合う様な音を立てながら火花を散らす――。
「ッアモン!!」
「ダルフッ!!」
そのとてつもない衝撃が辺りにも届くかの様に、全ての者は一歩後退っていた。
額を突き合わせて激情に歪む互いの面相。歯を剥き出して瞳を滾らせながら、俺はダルフの振り下ろしたクレイモアの刀身を掌握して、砕く為に力を込める。
「なっ!」
俺は思わず声を上げていた。確かにこの黒腕で握り込んだ重厚なクレイモアに、ヒビの一つも入らなかったからだ。
「ッその手で何でも握りつぶせると、思うな!!」
俺の腕が、ダルフの振り抜いたクレイモアに押し負けて弾かれる。
これまで力で押し負ける事もこの手で砕けぬ物も無かった俺は、ややばかり動揺して体制を崩しながらも、踏み留まって極厚の刀身を睨み付ける。
従来の物の数倍も固く、重い、もはや鈍器や鉄塊と呼んでも差し支えの無い位の特別製のクレイモアは、常人であれば両手で持ち上げるだけで精一杯となりそうなサイズの馬鹿げた代物であったが、ダルフはその愛刀を軽々片腕に持ち替えながら切っ先を俺に向けて来る。
「両親の敵……そしてこの世界の平和の為に、俺は貴様という悪を討つ!」
ダルフの攻勢に騎士は声を上げ、フロンスは俺が力で押し負けた事実に声を失っていた。
奴は全身に電気を纏って筋肉を刺激しながら、高速的な詰め寄りでクレイモアの切っ先を突き出して来ていた。
だが俺の黒き豪腕も砕けぬのは同じ事。苛烈なる突きを顔面の前で受け、踏ん張った道筋を大地に一筋作りながらも踏み留まる。
そして俺は目前に静止して冷や汗を垂らした男を顎先から喰らっていくかの様に、じっとりと、すぐ側から囁き掛けていった。
「悪はお前達だ……お前達全部だ。貴様も民も天使の子も、全て害悪。死ぬべきゴミだ」
「黙れアモン。悪は貴様だ! お前は天使の子がこの世界を維持する為の役割を担っているという事を理解しているのか!」
――知ってるさ。だから壊すんだ。こんな世界を維持している諸悪の根源を!
完全に勢いの消えたクレイモアを押し退けて、俺はダルフの顔面に拳を繰り出す。
「……つッ」
奴は首を捩って俺の拳をかわしたが、頬に赤い裂傷を一つ作っている。
ダルフはその場を飛び退いて距離を取った。
「アモン、貴様は自分が悪だと自覚していないのかっ! あれだけの事をして、多くの人々の命を弄んでおきながら!」
「お前達がこれまでに喰った人間の数に比べれば、微々たるものだろう」
「……ッ!」
飛び上がってから振り下ろした拳をダルフは横に転がって避けていた。俺の拳が叩き付けられた大地が派手に舞い上がって地形を変える。
「お前を殺し、マニエルも殺す!! 狂った世界に終止符を! 赤い瞳が人間らしく生きられる世界を俺は創るッ!」
「貴様が天使の子を殺せば、都を守る結界が解かれて魔物が侵入し、民達の肉を喰い荒らすんだぞ、何万人の命が惨たらしく失われるんだぞ!」
上段から繰り出されて来た重いクレイモアの一撃を、俺は真正面からは頭上に受ける。衝撃で地面が沈んだが、残った腕でダルフの腹を掠めて甲冑を剥ぎ落とした。
それでも奴は苛烈に叫び上げる。
「残された民は難民となり、遠く離れた別の都に辿り着くまでに、ほとんどの者が魔物の餌食になるだろう。奴等は闇に潜んで何処からでも俺達を覗き続けているんだ!」
「いいじゃねぇかそれで!! くたばっちまえばいいんだ、全部ゼンブゼンブッ!」
「誰もが友を、親を、子を目の前で殺されるんだぞ!!」
俺は喚くダルフに飛び付いてクレイモアを両腕で固定しながら、膝を繰り出してその顎を砕いてやった。だが奴は血を吹き出しながらも俺を振り払って見せた。
「お前のせいで! お前という悪意が都に訪れた為にっ!!」
徐々に劣勢となってきたダルフだったが、血に濡れながらも獣の様な眼光を弱める事はしなかった。
しかしさっきからガタガタガタガタと、威勢だけは良いが弱々しい奴め。
「で、何が言いたいんだお前は」
「……お前は、悪だ……お前さえ居なければ、この世界は、民の安寧は!」
俺は猛る拳を振り上げて、ダルフの腹部に向かって振り抜いた。
「ぶッッ……ぉぉおおお!!!」
辛うじてクレイモアの刀身で受けて直撃を免れた奴であったが、その衝撃に吹き飛ばされて、遥か後方で様子を見ていた騎士達の群れの中に突っ込んでいった。




