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【悪逆の翼-road dark-】  作者: 渦目のらりく
第五話 歯抜けの夢
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第五話 歯抜けの夢(5/8)

   *


 次の日、ネツァクの都を取り囲んだ市壁が見えて来ると、次第にフロンスの表情に影が射し始めた事に俺は気が付いていた。


「フロンス、寄らなくていいのか?」


 俺が言っているのは、かつてフロンスが教育係として子供達を育てていた、都の外周にあるミーシャ農園の事である。

 しかし先の焼き払いの後、農園があれからどうなったのかは不明のままだった。


「いや……しかし、そんな事をしている暇など……」


 やはりその事を考えていたのか、フロンスはすぐに察しがついたように言葉を返して来た。


「すぐにこの都は戦場となる。もし農園がまだ機能していたとするならば、農園には子供達が居る筈だ……それとお前と同じ教育係だったメリラも」

「……メリラ」


 あの時戦火の中に消えていったメリラがどうなったのかはわかっていない。フロンスにとって家族といっても差し支えない彼女と子供達の事を、心優しい彼が心配していない筈も無いだろうと思う。

 会話を小耳に挟んでいたセイルがフロンスへと振り返っていた。


「気になるなら寄っていったら? 農園は都の外周にあるんでしょう? ついでだし」

「ですが……あの子達はあの時もアモンさんの手を取らなかった……メリラも含めて」


 農園が焼き払いにあっている時でも、子供達は喰われる事を望み、俺の助けを拒んだ。その悲惨な光景を思い起こしていると、後方でフロンスが首を振るのが見えた。


「今更農園に行っても都に密告される可能性もありますし、私達が立ち寄ればまた農園に焼き払いの命が出る事も……」

「どちらにせよこの都は戦場となる。それに先の焼き払いで都に不信感を覚えている可能性も高い。あらかじめそれを伝える事で一人でも多くの命を救える可能性があるのならそうすべきた」

「……アモンさん。ですが本当にいいのですか?」

「良いに決まっている。心に陰りがあっては戦いにも影響が生じる」

「ありがとうございます皆さん。それでは遠目から無事を確かめ、教育係にだけこの事実を伝え、備えるように助言致します」


 そうして俺達は都に立ち入るその前に、フロンスの故郷ともなるミーシャ農園に立ち寄る事となった。


   *


「おお、我が故郷。まだ残っていましたか」


 ミーシャ農園は焼き払いの後もその形を留めたまま、農園として機能している様子だった。遠くから子供達の笑い声が聞こえ、レンガ造りの屋根が連なっている。火災の後は全くと言って良い程に感じられない。


「あれは、ウェルディ! それにペルネまで……良かった。子供達は皆死んだ訳ではない様です」


 木陰に身を潜めながら村の内部を覗いて頬を好調させたフロンスは、腰を屈めながらフードを深く被り直した。


「とりあえず、私はこのまま藪の中を進んで教育係の宿舎に向かいます。皆さんは農園から少し離れた所で待っていてくださ――」


 藪に入って行こうとしたフロンスだったが、目前で生い茂った草木が揺れ、そこからひょっこりと歯抜けの少女が顔を出して来た。


「あー! フロンスさん!」


 無邪気な笑顔がフロンスを見て一層に輝きだした。


「なっ……ネルですか!? たった三ヶ月でこんなに大きくなって」

「おいおいフロンス。それどころじゃないんじゃないか?」


 俺とセイルが額に手をやって落胆していると、フロンスはネルと呼んだ八歳くらいの少女に向き直っていった。


「ネル! 何故こんな所に!」

「かくれんぼ! フロンスさん今まで何処に行ってたの!?」

「いやそれは……まさか、何も聞いていないのですか?」

「うん! メリラさんにフロンスさんの事を聞くといつも俯いて泣いちゃうんだよ? だから誰もフロンスさんの事を聞けないの」

「メリラ! やはりメリラは生きているのですね!」

「……うん、いつも家に居るよ? それより、早くみんなに教えてあげなくちゃ! フロンスさんが帰って来たって!」

「待ちなさいネル! ……そ、そうだ。私達も今かくれんぼをしているのです! 誰にも見つからない様にメリラの所にまで共にいきましょう」

「フロンスさんのお友達?」


 ネルが歯の抜けた顔で俺とセイルを交互に見上げて微笑んでいた。


「こっちだよお姉ちゃん達! ネルはかくれんぼが得意なの! だから誰にも見つからない様にメリラさんの所まで連れていってあげる!!」

「ネル! わかったから大きな声を出さないでください……ああもう、騒ぎを聞き付けて子供達が集まって来てしまいました。こうなったらアモンさん達にも同行して貰った方が良さそうです。ここに居る事が騒ぎになれば、またまたいつ都の騎士に襲撃されるかもわかりませんし」


 成り行き上、結局同行する事になってしまった俺達は渋々頷くしか無かった。

 そうして俺達は幼き少女を先頭にしながら、腰を屈めて藪に入っていった。やがて見覚えのある宿舎の前に辿り着く。


「ネル……私の代わりの教育者は派遣されていますか?」

「んーん、メリラさんだけだよ」

「一人で……? 教育係は原則男女ペアの筈ですが、まぁそれならそれで好都合ですが」


 フロンスは藪の中から辺りを見回し、人気の無いのを確認して出ていった。ネルを含めた俺達も、同じ様にしてメリラが居るという宿舎へと入っていって、そっと玄関の扉を閉める。


「メーリラさーん!」


 ネルが溌剌な声でメリラを呼ぶ。対象的にフロンス達には若干の緊張が走っていた。

 

「この声は……ネル? どうしたの」


 廊下の奥からくぐもった声が聞こえてくる。


「凄いんだよ! メリラさんもきっと驚く人を連れてきたんだ!」

「……連れてきた? 農園の外から? ちょっとネル。こっちに来て車を押してくれる?」

「はーい!」


 廊下の奥へと駆けていくネルを見ながら、フロンスの脳裏に嫌な予想が巻き起こる。


「車……?」


 しばらくしてネルは一台の車椅子を押してフロンス達の前に現れた。


「フロンス……っ」

「メリラ……その姿は」


 メリラは木製の車椅子に乗って、身体中に包帯を巻いた姿で現れた。顔の右半分を覆う包帯から、赤く爛れた皮膚が垣間見える。左の指は欠損して親指と中指しか無く、膝から下にある筈の足は無くなっていた。

 俺はその無惨な姿に声を失って、思わず目を背けてしまった。それもこれも全ては俺が招いた災いだというのにも関わらず。無責任に。


「あぁ、フロンス。生きていたのですね。それに、アモンさんとセイルさんも」


 メリラはフロンスの姿を残された左目で眺め、ポタポタと膝に落涙した。


「メリラ、その傷は……あの日、私達の前から去った後に?」

「ええ、お見苦しい姿を見せてお恥ずかしいですわ。あの後私は残された子供達を救う為、必死に救命活動をしたのですが、結局は誰一人救えずに、崩れた家屋に押し潰され、このような姿に……ですが命だけは助かったのです……私だけ」


 フロンスは自らを心の中で糾弾しているのが分かる重苦しい表情で小鼻をひくつかせながら、慎重にメリラに向けて言葉を紡いでいった。


「アナタはやはり私達を恨んでいますか? ……アナタには私達を責める権利がある」


 しかしメリラは睫毛を伏せ、静かに首を横に振って見せた。


「フロンス。アナタ達があの時必死に訴えていた事に、私はあの時共感する事が出来ませんでした。しかし……都の騎士達が子供達を食べる為でも無く無慈悲に殺処分したあの光景を見て、アナタ達の訴えていた言葉の意味を理解したのです」


 ――アモンさん。

 そう彼女に呼ばれた瞬間に、俺の鼓動は早鐘を打ち始めていた。

 メリラの赤い視線が俺を見つめている。感情の窺い知れない視線。しかしそこに敵意は無い気がした。

 そんな姿になって……本当はさぞかし俺の事を恨んでいるのだろう。しかし彼女は俺を許すと言った。彼女も子供達も守る事が出来なかった不甲斐ないこの俺を、それでも許すとそう言ったのだ。申し訳が無くて、俺は言葉を失っていた。

 さらにと彼女は問う――。


「あの時のお気持ちに変わりはありませんか? ロチアートもまた人間であり、都の人間と同じ様に生を全うすべきだという気持ちに」


 俺はこの答えが、彼女へ向けられるせめてもの償いになる事だけを信じて、深く頷いていった。

 今度はフロンスに同じ様な視線を移すメリラは質問を続けていく。


「ロチアートもまた、人間と同じ様に誰かを愛して良いのだという気持ちに」

「……勿論です」


 メリラは重度の火傷の影響からか、ぎこちなく微笑んでいた。


「今は私も同じ気持ちです。都の人間達の都合で子供達を殺処分にされ、ロチアートとしてのこれまでの生に疑問を持ち。そして、私もまた……圧し殺していただけで、他者を愛していた事に気が付いたのです。アナタ達が去って、焼け野はらになった我が農園を、瓦礫の下から眺めているその時に」

「……メリラ。うっ……すみません、すみませんメリラ。私のせいでそんな姿に……幾人もの子供達も私のせいで……」


 四つん這いになって涙を流し始めたフロンスに向かってメリラは車椅子を押していき、その頭を胸に抱いた。


「良いのです。全てはあの時、アナタ達の差し伸べた手を取れなかった私の落ち度なのですから。……だからもう泣かなくて良いのです。私の()()()フロンス」

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