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【悪逆の翼-road dark-】  作者: 渦目のらりく
第五話 歯抜けの夢
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第五話 歯抜けの夢(4/8)

   *


「入ろうフロンス」

「……」


 水着に着替えた俺は、すっかりと押し黙って俯いてしまったフロンスに声をかけていた。生地が足りなかったのだろうか、彼の水着だけ妙に小さくパツンパツンであった。その恥を上塗りする様な姿に、俺は触れない様にしている。これは暗黙の了解だと思った。


「……」

「フロンス、いつまで落ち込んでいる。今後もこの様な事があるかもしれない、お前のした事は無駄じゃないんだ」

「っ……アモンさん。……こんな哀れな私にも、慈悲深い言葉を……」


 するとそこに、向こうの岩場で水着に着替えたセイルがやって来た。そして開口一番に言う。


「フロンスの水着小さいっ! パッツンパツンじゃない、皮膚に食い込んで鬱血しているわよ、アッハハハ!」


 ……前言撤回する。セイルには場の空気を読む力が著しく足りていない様だった。一度顔を上げかけたフロンスが、再び深く俯いて喋らなくなった。


「セイル!」

「えっ、何アモン!?」


 セイルは俺の鋭い視線に戸惑い、笑う事を止めた。


「とにかく、早く入って体を休めよう」

「う、うん。わかったわ。何怒ってるのアモン」


 俺とセイルは水場へと入っていき、活力を取り戻していく。


「気持ちいいねー」

「あぁ」

「……」


 俺達は冷たい水に肩まで浸かって熱を冷ましていたが、フロンスは未だ浅瀬で突っ立ったまま額に濃い影を被せて足元を見つめている。そんな男に俺は思わず声を掛ける。


「なぁ、フロンスも体温が上がっている筈だからこっちに……」

「早く来なよフロンス!」

「わっ、やめてやれセイル!」

 

 セイルがフロンスにジャブジャブと水を浴びせるが、彼は人形の様にされるがままだった。


「何よフロンス。後で体調崩しても知らないんだからね」

「……はっ、確かに旅路に差し支えます。私も肩まで浸かるとします」


 その一言で正気に戻ったフロンスは、ようやく水に浸かり始めたので胸を撫で下ろした。

 ……それにしても、この三ヶ月をこいつらと一緒に過ごして来てわかった事がある。フロンスは度の越えた生真面目だがかなり直情的なところがあり、セイルは周囲を全く顧みない程にマイペースで、時に辛辣だ。


「お前らと居ると賑やかだが……はぁ」

「ね、ねぇアモン……」


 フロンスの様子を窺っていると、セイルが立ち上がって俺の前に水着をさらけ出して来た。


「ど、どうかな?」

「どうって?」

「だから、可愛い……かなって……?」


 頬を赤らめながら身を捩り、俺をチラチラ覗くセイル。どうやら自分の水着姿についての感想を尋ねているらしい。さっき裸でも良いと言っていた癖に、それなりに気に入っている様子だ。

 眺めてみると、年の頃は十五歳だと言っていた割に胸がでかい。肌は卵の様に白くて艶めいているし、何処か梨理を思わせるその表情にはまだあどけなさがあるが、数年と経たない内に相当の美人になる事は想像に難くない。

 ……有り体に言えば、正直かなり可愛い。


「……まぁ」

「うん」


 照れ臭そうにしている彼女に、俺は言い掛ける――。


「……可愛いんじゃ――」

「ヌゥぅぅあああああッ!!!!」

「なッ! どうしたフロンス!」


 俺達の会話を断ち切った野太い悲鳴に振り返ると、フロンスの全身に半透明の水草が纏わりついているのが見えた。


「あれはなんだ!? おいフロンス!」

「あれは多分。オアシスに自生する水草よ、でもあれは確か、微量の酸を吐き出すって聞いた事がある」

「なっ、酸って……大丈夫なのかフロンス!」

「だ……大丈夫です。驚きましたが、全身がヌメヌメするだけで危害はありません」


 平静を保ったフロンスだったが、その水草の出す粘液によって徐々に水着が溶けていっている。


「馬鹿な! わ、私の水着が!」

「うわっ、え何これ……きゃあっ!」

 

 そこで突如と上がったセイルの悲鳴――。

 何かを予感した俺は、今度はセイルの方へと振り返っていた。


「あ、ごめん、石につまずいてビックリしたの」

「……」


 セイルは何事も無かった様子で、キョトンとしていた。


「グゥアアアアアアっ!!!!」


 水草が水中から跳ね出て来て、更にフロンスの全身を覆っていった。痛みは無い様子だが、フロンスは自作の水着が溶けてしまう事に絶叫している様子だった。


 俺とセイルは水場から上がり、その悲惨な光景を苦虫を噛み潰した表情で眺めているしかなかった。


「があああッッどうして私ばっかりぃぃーー!!!」


 やがて夕陽をバックにしたフロンスは目頭を押さえ、産まれたままの姿で水場を上がって来た。

 俺はその日、中年男性が号泣する様を始めて目の当たりにした。これ以上なくいたたまれない気持ちだ。


「フロンスってなんだか可哀想ね」


 感慨も無さそうに投げ掛けられた少女からの一言が、特に彼の胸にはいっそう応えた様子だった。

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