第五話 歯抜けの夢(3/8)
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ネツァクへの道を辿り始めた俺達。長き旅路に転移魔法を利用しないのには、セイルの術に幾つかの制約があるからだった。
・転移先は基本的には目視出来る範囲に置いてのみ。
・過度の魔力を要すればその次第では無いが、座標は一度行った事のある地点にしか設定出来ない。
以上の理由により、セイルを無為に疲労させるべきでは無いとの見解で俺達は歩く事にした。
日照りが強いのでローブのフードを被り、数日かけてアルモ荒野を抜けた。すると次は小さな湖を見つけ、そこでキャンプをする事になった。
水辺の近くで各々休息をとる。強い日照りによる疲労と体温の上昇による口渇から、いの一番に俺は水をすくって口に運んでいった。背中に浴びる熱射に嫌気を感じた俺は、フロンスに同じ問いを投げ掛けていた。
「なぁフロンス。やっぱりこの水に入っちゃいけないのか?」
暑い陽射しの中、フロンスは座していた大岩から立ち上がりながら俺に言った。
「夜間は冷えますので衣服を濡らすのは危険ですと申した筈です!」
「だが、こう熱くては参ってしまう」
「私も、入りたい」
「ぬ……セイルさんまで」
眉を吊り上げていたフロンスはセイルの参戦に眉根を下げ始める。
「だって、昨日もお風呂に入ってないもん」
「フロンス。替えの衣服か体を拭く物を持って無かったか? 熱に体力を奪われ続けるのも危険だろう。この衣服を濡らさなければ問題無い筈だ」
「ぬぅ、確かにそれはそうですが。しかし替えの衣服はローブ一着だけしか……」
腕を組んで額に深いシワを刻み込みながらフロンスは思案げにしている。
「やっぱり、私もう我慢できない……」
立ち上がりかけたセイルに向かって、フロンスは意を決した様な声をあげた。
「わかりましたッ!!!」
唐突な激しい声に何事かと窺う俺とセイル。するとフロンスはおもむろに懐から針と糸を取り出して見せて来た。
「今こそ、元教育係としての私のスキルが試される時」
「何をする気だ?」
彫りの深い顔を俺に向けて来るフロンス。そして足元のずだ袋から一着のローブを取り出して手に取った。
「作るのです! 全員分の水着を今ここで!」
その後フロンスは無意味に「うおおお」と叫び体力を浪費しながら、華麗な手付きで全員分の水着を一着のローブから繕い始めた。
「はぁ……はぁ……出来ました」
程なくして俺とセイルに手渡される手製の水着。呆気に取られた俺は言い掛けた言葉を噛み殺して苦笑いするしか出来なかった。しかし俺の背後から様子を窺っていたセイルは、怪訝な顔付きを惜し気もなく披露しながら、心無い言葉を投げるのだった。
「別に裸で入れば良いじゃない、恥ずかしいなら岩場にでも隠れてさ。誰も見ていないんだし、私は平気だよ?」
「んなぁッ!!」
青天の霹靂に打たれた表情のフロンス。
彼の性格上生じてしまった過剰な責任感に囚われて、単純な事を失念していたフロンスは、膝から崩れ落ちて地に手を着いた。
「……どうして教えてくれなかったのですか」
俺はドキリとして、膝を着いた男から向けられる視線に目を彷徨わせる。
「……い、いやフロンス」
「アモンさんも気付いていた筈です。しかし中年男性が無我夢中に水着を繕う姿にかける言葉を失った! 違いますか!?」
俺はフロンスからの激しい叱責を浴びながら、苦し紛れの言葉を紡ぎ出していた。
「俺は……裸より、水着があった方が……」
「目が泳いでいるッ!!」
「……」
「いいから早く入っちゃおうよ」
セイルの言葉に突き動かされる様に、俺達は黙々と水着に着替え始める。
「セイルさん! アナタも早くその衣服を脱いでこの素晴らしい水着に着替えるのですッ!」
「大きな声出さないでよフロンス」




