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【悪逆の翼-road dark-】  作者: 渦目のらりく
第五話 歯抜けの夢
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第五話 歯抜けの夢(1/8)


   第五話 歯抜けの夢


 天使の子マニエル・ラーサイトペントとの闘争より約三ヶ月の月日が経過していた。ネツァクの都より行方を眩ませた反逆者終夜鴉紋一行の行方を追い、国家騎士隊は大幅に削がれた戦力を割いて捜索部隊を都の外へと向け続けている。しかし魔物の跋扈(ばっこ)する結界外での捜索は難航を示し続けていた。

 だがある時、西の湿地帯を抜けた先にある霧に隠れたロチアート農園の廃村に、怪しきローブの者達が出入りをしているとの報告が近隣のベルメット村より寄せられた。


 少しの肌寒さを感じる様になって来た時節。霧に覆われたじめっとした湿地を、百の騎士達が重い足取りをして横断していった。


 第七の都ネツァク所属の第二十一国家騎士隊は「霧の中に茫洋と光る肩の刻印を目にした」という情報を頼りに、都に再編成した第二十隊のみを残してこの廃村を訪れているのであった。都からここ、西の湿地帯までは徒歩で三十キロの距離にあり、重い甲冑を纏った騎士は各々に疲弊しているのが見て取れた。馬などは無く、転移魔法(テレポート)など希少性の高い魔術を発現させる者もそう無いので、基本は徒歩による移動となる為だ。またこの道程の途中で一度をキャンプしたとはいえ、夜になると闇に紛れて魔物が忍び寄って来る気配に気が抜けなかった。獣が常に闇に姿を潜めてこちらを観察している。その赤い目の瞬きが暗黒に光る度に、彼等が心的ストレスを強く感じる事は避けられなかった。

 強い疲労感を感じるままに、彼らは目的の地へと辿り着く。


「ようやっと着いたか! それにしてもなんだこの小汚い村は! どうしてこんな最悪の立地にロチアートの農園なんぞ!」


 枯木の突き出した沼に沿う形で、何軒かの家が高台になった木の足場の上に風化されるがまま放棄されていた。霧に覆われた仄暗い村では、蔦が家に巻いて自然と同化を始めているのが不気味にも見える。

 やたらと語気の強い、戦斧を担いだ厳格な顔付きの騎士隊長が溜息混じりに独りごちると、側に付いていた取り巻きの男が一人、その細い目で彼を見上げながら腰を曲げ、手のひらを擦り合わせながら相槌を打つ。


「ヴェルズ様、ここはかつてウーロイと呼ばれた農園だそうで。聞く所によると、ベルメット村の魔物除けとして機能していた村の様でさぁ。しかしある時、村の中心にあるその沼から毒性のガスが噴出して、家畜二十匹が全員死んじまったとかで」

「なにっ! そのガスとやらは大丈夫なのか!」


 絵に描いたような腰巾着の男はそう言うと、ご機嫌伺いするかの様にして出っ歯を剥いた。


「もう無毒化されてますから安心ですよ。ただヴェルズ様、わたくしめが気になるのはその事よりも、何やらこの廃村にはそのガスで死んだ、家畜の霊魂が出るって言う噂の方でさぁ」

「バカかマッコイ、霊などおらん! ましてやロチアートが大した思念など持ち合わせる筈が無いだろう! そんな噂に臆するヴェルズと思ったか!」

「そんなそんな、滅相も御座いません。えへへ……」


 白き霧に覆われた廃村へと彼等は踏み込んでいく。まだロチアートの残り香でもそこに残っているとでも言うかの様に、魔物の気配はそこには無かった。

 この村はベルメット村の魔物除けとして機能していた農園の一つだった様だ。魔物には、ロチアートに危害を加えず、近付かないという特性が知られる事から、天使の子の庇護下に無い結界の外で集落を作る人間達は、意図的にその半径五キロメートル圏内にロチアートの農園を配置する事によって局所的な生活空間を確保している。このウーロイと呼ばれた廃村も、そういった魔物除けの一つに過ぎなかった。

 恐る恐ると騎士は廃屋へと足を踏み込んで行き始める。ヴェルズは豊満な口髭をこそばゆそうに動かしながら、しかめっ面をして彼等の行く末を背後から見守る様にしていた。

 マッコイが嬉しそうに語り出した。


「聞く所によると、死亡したロチアートはそのまま沼に遺棄されたらしいですぜ」

「ぅっ!」

「夜な夜な沼から上がって来るとか……ケヒヒ」


 何やら様子のおかしいヴェルズは、目を細めながら副官を叱責する。


「だ、黙れマッコイ! 家畜を弔う必要なんぞ無いのだから当然である、それがどうしたのだ!」


 ――するとそこで、向こうの民家から騎士達が声を上げるのを聞いた。反逆者一行との会敵を思い各々に武具を取り上げた彼等は、声の上がった屋根の半壊した家屋の中へと急ぎ向かった。


「どうしたのだ!?」

「あ、い……いえすみません。霧で視界悪くて、そこに黒いシルエットが見えた気がしたんですが……」


 尻餅をついた騎士の一人が、家屋の中から霧がかった沼地の方を指し示しているのが見える。しかし誰の目にもその様なものは映ってはいない。

 するとヴェルズがわざとらしく笑い始めた。緊迫した騎士達はそれで徐々にと緊張をほぐし始めたが、マッコイだけは彼のこめかみに滲んでいる脂汗を見逃さないでいた。


「わあっはは! 高貴なる騎士がなんたる哀れ! 修行し直せ貴様!」

「ハッ! ヴェルズ様、申し訳ありません」


 薄暗い霧で先の見通しも悪い。騎士の中で恐怖が蔓延を始めたその頃、ヴェルズの背後の方でまた騎士が声を上げた。


「ヴェルズ様……あれっ」

「……だから臆するなと言っておろうが!」


 彼等が一斉に振り返った沼地の方角。その薄ぼんやりとした霧の最中に、確かに一つ。人の様なシルエットが佇んでいる。


「人か……? いやそんなまさか!」

「ロチアートの亡霊だ!」


 密かに顎を震わせていたヴェルズは、そんな声を横目にしながら、彼等の心に棲みつき始めた恐れを振り払おうと試みた。


「馬鹿者! 沼より突き出していた枯木の一つだ。それはお前達の恐ろしいと思う心が作り出した幻影に過ぎないのだ!」


 ――しかしヴェルズ様……あれ。

 そう言われて彼等は白い霧の中へと目を凝らしていった。

 すると風に霧が吹き流されていって、そこにあったものを露わにする。


「けひひひ!! あれは確かにヴェルズ様の言う通り、枯木に引っ掛かった水草でさぁ」


 マッコイの言う様に、それは彼等の心が作り出した虚栄に過ぎなかった様だ。今度こそ彼等は安堵の息を吐いて笑い合う。


「ふうはははは! 元より家畜の亡霊など、万が一存在するにしても恐るるに足らん! ワシの戦斧が頭から粉々にしてくれるわ!」

「おお、確かにヴェルズ様の言う通りであらせられる! ロチアートなど恐るるに足らん。奴等は知能の低い食料に過ぎないのだからな!」

「ふぅははは、遊んでいる場合ではない。終夜鴉紋とその一行を探しに来たのだ。霧も濃くなって来た事であるし、さあ行くぞマッコイ」

「……」


 戦斧を担ぎ上げたヴェルズは勇ましく歩みを進めていったが、その後ろに続く者がない事に気付いて振り返った。


「マッコイ……?」

「……ぁ…………ヴェルズ……さ……ぁ」


 気付けば時間を止めているかの様に唖然としていた騎士が目にしていたのは、白き濃霧の中で何かに胸を差し貫かれて鮮血を噴き上げていたマッコイの最後だった。

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