第四話 天使の子(6/9)
「アナタはどうして戦うのですか?」
俺はマニエルの言葉を耳に入れながらも返答しなかった。絶えず迫り来る脅威に応戦するので手一杯だったからでは無い。
目前から迫るドルトの剣をかわして、力を込めた一撃で左足を粉砕しながら俺は奴を睨み上げる。
「そこのロチアートの為ですか? ついこの間会ったその子達の為に、この世界そのものを敵に回すんですか?」
砕いたメルトの左足が即座に再生していくのを見て思わず眉間にシワを寄せていると、地中より湧き上がって来たドルトのその槍が、俺の腹を掠めていった。皮膚を切られた熱い感覚の次に、出血で衣服が赤く染まっていく。
マニエルは空にうつ伏せになりながら、両手で支えた顔を嬉しそうに左右に揺らし始める。
「本当にそれだけですか〜? たった一人でこの世界そのものを敵に回すなんて、ただの自殺ではないですか? どうしてです? 一人で何かを変えられるとでも思ったのでしょうか?」
今度は楽しそうにパチ、パチと音頭を取る様に手を叩き始めたマニエル。それに合わせてドルトとメルトの挟撃が襲って来る。
マニエルによる忌々しい質問は続く。
「アナタはロチアート達に肩を入れるらしいですね。ならばやはり、ロチアートの為にこの世界と戦うのですか? ですがロチアート達はアナタに助けを求めましたか? アナタの申し出に喜んで手を取る者はいたのですか?」
俺は怒りに任せて地盤を思い切り殴り込んだ。
そして地が揺れてよろめいたドルトのリアルな顔面に向かって拳を撃ち抜いていく。するとまたもや再生するかと思われた木偶は、バラバラと崩れて灰となっていった。
次に土煙の中から繰り出されたメルトの槍を首を捻ってかわすと、メルトの顔も同じように砕いた。そしてメルトもまた灰となる。しかしマニエルは動じる事もせず、ペラペラと動くその口を止める事はしなかった。
「どうしてこんな無謀な戦いに身を投じるのですか? アナタが助けるべき人なんて、助けを求める人なんて本当にいるのですか? どうしてなのです、アモンさん? どうしてなのかな〜?」
「そろそろ黙れマニエ――」
苛ついた視線を上げた俺の背後に、いつの間にかマニエルが突風に乗って飛来していた。感情を煽られ、虚を突かれた俺は声を漏らす。
「な……」
「『愛の探求』」
俺の背にそっと触れたマニエルは、再び上空に飛翔していった。背後に向けて放った俺の裏拳は空を切っていく。
「まぁ! まぁまぁ! アモンさん、アナタの愛する人が見えましたよ! しかしまぁ……なんと……くく」
黄色い声を上げたマニエルが口元を抑え、恍惚とした表情で瞳を蕩けさせているのが見える。
「ふく、く……『愛の探求』でアナタの愛する者を視ました。この能力は触れた者の愛する人の姿だけで無く、アナタ達が育み合って来た愛と、その顛末さえも走馬灯の様に私に視せてくれるのです……っぷ……くく……うふふふ」
「は……? なんだ……その能力。なんだそのフザけた力はッッ!」
――何がおかしい。何を笑っていやがる、この女!
俺と梨理との記憶を盗み見ただと?
脳に走った梨理の悲惨な結末を知って尚、奴は笑いを堪えきれずに声を漏らしていると言うのか!
「あ〜あ〜、そんなに怒っちゃって……もう。髪が逆立って恐ろしい顔になっていますよ」
「何を見たマニエル!」
「あは……あーっハハハ! ア、ア、アモン、さん! アナタの愛する人と、その最後ですよ!」
「なに!?」
「あれぇアモンさん。アナタ、ロチアートを本当に愛していたのですねぇ。……ぷ……ですが、もうその家畜も……あは!」
俺の中で、沸々と煮えたぎっていたモノが臨界点を越えた。余りの怒りに顎を震わせながら、頭上の女に向けて怒りのままに喚き散らした。
「何がおかしいッ!!」
「ごめんなさいね。今会わせてあげますから」
「は……?」
そう言うとマニエルは上空でハープを奏で始めた。周囲の木片が再び一つに固まっていくのを見た。
俺はただ、月光に染められ天上で優雅に指を弾く女を見ている事しか出来なかった。
「まさか……! やめろ……やめろマニエル!!」
直ぐに形を成した木偶。同じように醜く粗雑な胴体の上に、これ以上無くリアルな……梨理の表情が現れる。




