第三話 家畜の教育者(4/7)
「見つけたぞ、終夜鴉紋」
立ち尽くす俺達の前に、無数の騎士が歩いて来るのを見た。先頭では一際体格の良い男が、きらびやかな金色の鎧を纏って巨大な槍を持っている。
「メルト様、お止めくださいと申した筈ですッ! 何故こんな虐殺をする必要があるのですか!」
先頭のメルトという大男の前に、鉄の兜を被った一人の兵士が毅然として立ちはだかっていた。
その様子を見た他の騎士達は、何やらその男に怒りを露にし始める。
「ダルフ! メルト様に向かって不敬であるぞ、退け!」
「メルト様! 私もアモンとやらには並々ならぬ私怨がございます! しかし何故このような無益な殺生をッ! 彼等は家畜でも、生きているのです!」
何処かで聞いた覚えのある「ダルフ」と呼ばれた青年は、決意を込めた眼差しを煌めかせて、赤い瞳を守り立てようとしている様子だった。何を言われても道を開けようとはしない男の前でメルトは足を止め、鼻をほじりながらその男を見下ろしていった。
「私の兄を殺したアモンという男は、イカれた事にロチアートに執着を示すという……だからだ」
「だから……?」
「見せしめだ。家畜に情を移すな、人間が殺されておるのだッ」
激情したメルトはその大槍を薙ぎ払って男を殴り飛ばした。衝撃でダルフと呼ばれた男の鉄の兜は外れたが、それでもその場に踏み留まり、顔を腫れ上がらせながらメルトを睨んでいた。
「どけぃダルフッ!!」
「……ッ!!」
メルトによる返しのもう一撃を食らうと、ダルフは長いブロンドの髪をひるがえしながら藪に突っ込んでいった。
そして、ギラついた獣の視線が俺を見据える。
「アモン、会いたかったぞ!」
悠然と歩んできたメルトは、大きな声と共に槍の切っ先を俺の顔に向けて、不適な笑みを見せていた。
何処と無く面影のある、その恰幅のある体型と顔の輪郭に気付きながらも、俺はこう問い掛けた。
「誰だお前は」
「ふん、態度のでかいガキめ。我は第二十国家騎士隊隊長。メルト・メニラ。貴様の殺したドルト・メニラの弟だ。仇をとらせてもらう」
メルトを先頭にして、その後方に騎士達が隊列を成した。およそ百五十にも及ぶその数を目の当たりにして、フロンスは驚愕としていた。
「な……なんなのですかこの数は。都に配置される騎士隊の規模は、一部隊につき百名の筈です」
「ドルトの隊と合同し、貴様の討伐隊を編成したのだ。皆隊長の仇を討たんと、喜んで俺の指揮下に加わった」
いま目前に大挙している百五十もの兵に唖然としていると、彼等を従えた男は槍の切先を天へと突き上げた。
「臭い。不愉快。汚らわしい。騎士達よこの村を焼き払え」
メルトの号令で後方の兵が辺りに火球を放ち始めた。無数に降り注ぐ火炎は、家を焼き、森を焼き、赤い瞳達を焼いていく。更に村の離れた所からも別動隊による焼き払いが決行されているのが見えた。
「どうだぁ~ン。貴様の大好きなロチアート達が喜んで死んでいくぞ? ひとーり、ふたーり、さーんにん……」
「……この……屑野郎がッ!」
歯を食いしばって怒りを露にした俺にフロンスが同調する。
「お止めくださいっ! もうこれ以上無益に子供達を殺すのはっ!」
しかしそれに答えたのはメルトでは無く、隣に居る騎士達だった。
「ロチアートが騎士に楯突くのか!」
「印章持ちを連れ去り、人類の楽園を脅かした反逆者に加担するという事は、貴様も同罪となるという事を知れ!」
すると意地の悪い笑みをしたメルトが、騎士を制して口を開き始める。
「ここの教育係か。家畜風情が意見するか? これは我等が都、ネツァクを守護せし偉大なる天使の子、マニエル様が決定された行為であるぞ」
「天使の子……マニエル様……が?」
その名を聞いたフロンスは、たちまちに膝を着いて反論の余地を失っていくのを俺は見た。
この世界の住人が口々にする“天使の子”とは一体何なんだ? こいつらが「天使信仰」の様な事をしているのは既に理解しているが、口振りから聞くに、どうやら天使の子という存在が実在しているかの様に聞こえて来る。いずれにしても、この世界の住人達にとって、各都を治めるとされる天使の子という存在は余程絶対的シンボルであるらしい。
「この農園は都の管理下にある。つまりマニエル様の物だ。そのマニエル様がこの農園の投棄をご決断なされたのだ」
メルトの冷淡な言葉に悲観に暮れたフロンスは、次に懇願する様に口を開いていく。
「……ならば、我々は何のため今日まで生きてきたのですか……子供達は何のために産まれてきたというのですか? 騎士様……お答えください騎士様ッ!」
顔を歪めて涙を流すフロンスを、メルトはつまらなさそうに眺めながら頬を掻いた。
「貴様ら家畜の生き様など知るか。人間様が差し出せといったら自らの子を差し出し、死ねと言ったら喜んで火炎に飛び込んでいけ。ロチアートはただの飯だ。意思さえ持つな」
「そんな……我々はマニエル様に、都の為に……」
「貴様がマニエル様の名を口に出すな、卑しき下等生物が!」
メルトが槍の先から放った一際大きな火炎がフロンスに迫っていく。
俺はそれを即座に変異した黒い腕で殴り飛ばした。そして四つん這いになって泣き崩れた男の前に立ち、メルトに眼光をくれながら、振り向かずにこう伝える。
「お前は人間だフロンス。俺もお前も、同じ様に誰かを愛した、人間だ!」
「アモン……さん……」
メルトは腹を抱え、ゲラゲラと下品な笑みを見せ始める。
「それか、黒い腕というのは。なんとチンケな異能力だ」
「黙っていろ、すぐにお前の四肢をもいで、苦しみにのたうち回らせてやる」
メルトの合図で後方の兵が無数の火炎と雷撃を放ち始めた。
背後に二人を抱えた格好のまま、敵の絶え間ない攻撃に応戦する。しかしその数はドルトの時の比では無く、何時までも敵の攻撃の手が止まらない。
「ほぅら、やはりロチアートを守る。ハハハハ!」
「黙ってろメルト!」
「防御魔法を使えないのか、くくくどうするんだアモン? 先程の威勢はどうした? 俺はまだ何もしていないぞ?」
おもむろにメルトの装飾された槍の切先がこちらを向いていた。そうして先端に赤き発光が凝縮していくのを見ていると――次の瞬間に、巨大な火炎の光線が解き放たれていた。
「『炎弩砲』――!!」
他の魔法を防ぐ事を止めて、メルトからの一撃を両腕で防いだ俺の横腹に、炎と雷撃の魔法球が突き刺さっていく。
臓腑から迫り上がって来る血液を口の端から垂れ流しながら、俺は崩れかけた体制を立て直して再び二人を背にしていく。しかし背後から、フロンスが気弱な声を上げ始めるのを聞いた。
「ダメですアモンさん。この兵力の前で、我々になせる事はもう……。抗う程悲痛な死を遂げるだけです」
「……許せるのかお前は」
「え」
「俺達の大切な人達を、虫のように殺していくあのゴミ共を!」
「それは……」
フロンスが拳を強く握り締めていくのが見える。そして彼は、側で黒焦げになった子供達の亡骸を見下ろし始めていた。
「俺は許せない……許せないんだ。あいつら全員。この世界の奴ら全員がッ!」




