第二話 ロチアートの少女(6/7)
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――痛いよ、梨理。
虚ろな瞳でもって水中から天を見上げ、徐々にその瞳を閉じていく。俺は今にも絶命しそうな最中、梨理の名を心の内で叫び、彼女の姿を想起していた。
――なぁ梨理? なんで俺達がこんな目に合わなくちゃいけないんだろうなぁ?
……想い出す……。
蒼穹に上がる積乱雲を見上げながら、蝉の鳴く下り坂を二人乗りした自転車で駆け下りて行ったあの日を、
――もう何のために生きればいいのかもわからないんだ。
幼い頃、そこらの商店で買った安物のヘアピンを深く考えずに手渡した。あの時の、弾ける様なお前の笑顔が……ッ。
――あいつら、みんなお前が人間じゃないって言うんだ。
振袖姿の彼女に、思わず「キレイだ」と口に漏らして気まずくなった、あの初詣の日の雪の冷たさを。
――あいつらだけじゃない。この世界のみんながお前を、人間じゃないって……そう、言うんだ……。
熱にうなされる俺を鬱陶しい位に呼び続け、熱い粥を吐息で冷まして俺の口に近付けて来た、あの物憂げな表情が。
――でも、もういい。体が動かない。あの魔法に対抗する手段もない。俺もそっちに……。
――――ッッッ!!!
「……っ!!」
幸せだった記憶を走馬灯の様に眺めていた俺の視界に、去来したのは――。
天井から吊るされる梨理の最後の姿だった。
頬染まる紅色の頁。
それをお前達が……、
――ッキサマ達などが、引き千切って良い筈が無かった……っ!
「…………ッッ」
――許せないんだ。この世界の全てが敵だったとしても……。
水中で手に触れた物は、ポケットから落ちて漂っていた梨理のヘアピンだった。
――お前を否定したこの世界の全てが。
「生きて」
梨理が最後に残したという言葉。俺はその場に居なかったが、その時、その瞬間に梨理が最後に残したメッセージが、直ぐ耳元で聞こえた。
そんな気が……した。
――俺ガコノ世界ヲ、破壊シテヤル。




