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英雄 ヴァルベル視点

 俺は暗い路地を歩いていた、横にはゴルジュ・ビュファ子爵がいる。

俺が、スティアを抱いて逃げた屋敷の主だ。


なぜ、あの家に逃げたか、答えは簡単だ、俺のあの日の仕事……というかもはや俺の働きのすべてはこのビュファ子爵からの指示だからだ。


 俺は、幼いころに親に捨てられて、この人に育てられた、この人は父であり、あの屋敷は俺の実家なのだ。


「この先だ」


ゴルジュの指し示す場所は、場末の飲み屋、その上に用があるという。

あまり上等とは言えない酒場の雰囲気に、俺は思わず顔を顰める。


「オヤジがわざわざ来るような場所じゃないだろう。俺だけでよかったのに」

「そうはいかない、今回は失敗したのだ、お前だけで行かせて揉められても困るじゃないか、それに、あの方に会うのはお前はじめてだろう?」


飄々とゴルジュは言って、眉を上げた。

彼の顔を見ているだけでどす黒く渦巻く心の闇が少し消える。

確かに、こういう場に自分も同席するのは今回が初めてだ。

少しは大人になったと認められたのだろうか。


「ふぅ」


俺はため息をついて、さらに狭い路地に入りこむと、建物の裏側にある錆びついた螺旋階段を登り始めた。

オヤジも俺の後ろに付く。


「なあ、お前、あの子に会ってやらんのか?」

「……今その話か?」


俺は視線もくれずに前を向いたまま話した。


「ふ、若いねえ」


オヤジはからかうようにそう言って、俺の背を叩いた。

俺は気にせずに、先に進む。


 やがて3階分登りきると目の前に建物へ入る簡素な扉があった。

遠慮なく押し開け、建物へと入ると、すぐに温められた空気に出迎えられた。

いちおう前室となっているその間で、オヤジの横に立ち、しばし待つ。


 部屋は隙間なく並べられた本棚で埋め尽くされ圧迫感がある。

高さが天井近くまであるのだ。

並べられた本の背表紙を見ると、ほとんどが研究論文のまとめのようで、まるでとりとめがない。


「ああ、待たせたね」


奥の扉が開き、背の高い立派な体格の男が一人現れた。

白くなった髪を後ろで長く三つ編みにして、あごに髪と同じ色のひげをたくわえていた。


それになにより、身のこなしが見事だった、その足取りを見るに、おそらくは武術も剣術も手練れだろう。

何よりも、所作が美しい、隠せぬ貴族である証だ。


男は奥の部屋へ入るよう俺たちを誘った。


「まあ、座ってくれたまえ、申し訳ないが、ここには酒しかない、今は酒をのみながらという話でもないのでな、まあ、つまりだ……お出しするものがなくてねえ」

「いや、お構いなく、我々とて飲みにきたわけではないよ」


オヤジは俺に横に座るよう示した。

俺は立っているつもりだったが、指示に従い、着席した。


「失敗……らしいな」


前置きなく、白髪の男は言った。


「ああ、前日まで、確かに宝物庫にあったのを息子は確認していたのだがな」

「ヴァルベル、お前の勘違いでは?」


男は俺の名を知っていた。


「いえ、勘違いなどではありません、俺はあの家のことは完全に掌握しておりました、二人でしか開けることのできない扉の向こうには、前日までその首飾りはあったのです」

「ふむ……」


オヤジと白髪の男は同時に腕を組んだ。


「イザーク、あの家の者らに話は聞けたのか?」


オヤジの問いに、白髪の男は首を振った。


「いやいや、そんな時間はなかった。伯爵は門のところで死に、夫人はそれを悟り自害していた、ワシは何もかも終わった後でしか踏み込めないのでな」

「お前が動いていたとバレるわけにはいかんしな」


くぅと犬の鳴き声が微かに聞こえ、テーブルの下をのぞくと、狼のような大きな白い犬が伏せていた。


……白い犬を連れた白髪のイザーク。

なるほど、俺は下を向いたまま苦笑する。


そう、この方は、伝説の騎士イザークに違いない。

イザークは無類の犬好きで有名なのだ。


まだ時が戦国だった30年前、この国を救った英雄、彼は10年ほど前に亡くなったとされている。

オヤジの新聞でもその記事が載っていた。

だが、裏社会では噂があったのだ、「英雄イザークは裏で国王陛下のために動いている」と。


暗躍するために、死んだことにしたというのか。

どうしてそこまで国のために自らを犠牲にするのか、俺にはわからない。


顔を上げ、イザークの顔を見た。

あこがれていた英雄様だ。


「なあヴァルベル、あの家には若い娘が一人いたのだがな、知らぬか?」


俺はイザークの鋭い眼光に拳を握りしめた。


お読みいただきありがとうございました。

イイネやブックマークなど、よろしくお願いいたします。

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