ロゼ2
世間知らずの私でさえ、その新聞社の名は知っていた。
『ビュウタイムズ』 貴族から事業家までがこぞってこれを愛読していると、そう聞いている。
かつての我が家にも、当然のようにそれはあり、お兄様やお父様が目を通すのを見たこともあった。
「ビュファ子爵が経営されていたのですね」
「ええ、父にはビュウタイムズが何よりも大切なんですよ、私よりも」
そういって明るい笑顔を見せるロゼ。
かつての私もこんな風に笑っていたのだろうか?
「助けていただいた上に、こんなにお世話をしていただいて、お礼もまだ申し上げておりませんわね、私」
下を向き、思わず上掛けを握りしめた。
悔しい気持ちと恥ずかしい気持ちがない交ぜになって、顔が上げられなかった。
「そんなことおっしゃらないで」
ロゼは明るい声で私を励まし、固まった私の両手を優しく握ってくれた。
「それよりも、少し外の風にあたってみませんか?中庭でしたら、他の誰の視線もありません、ゆっくりと日差しにあたることができますよ」
さあ……と誘導されるままに、私はベッドから足を下ろし、床を踏んだ。
柔らかな室内履きがいつの間にか用意されていて、ロゼはそれをさりげなく履かせてくれた。
「ロゼ様、あなたを側仕えのようにしてしまうのは……気が引けるわ、どうか私の世話など焼かないでください」
「いえ、そういうことではありませんよ、もしもスティア様でなくても、大切な友がこのように弱っていたら、その時私は同じようにしてあげたいとそう思いますから」
そういって微笑んだロゼのかわいらしさが私の心を温めた。
「では、行きましょう」
来た時以来、初めて出る廊下。
私は緊張しながらドアの外に出た。
日差しが良く入る明るい屋敷、廊下の壁には大小様々な絵画が飾られていた、そのほとんどが花と風景。
ふと見ると、一枚だけ人物画があって、私はそれの前で立ち止まった。
「それは、私のおじい様とおばあ様なんですって。母が描いたものなのです」
銀色の髪に、灰色の瞳の貴婦人、そして優しく寄り添う黒髪に青い目の紳士。
……これは……どこかで?
既視感のあるそれに、私は釘付けとなった。
「スティア様?」
ロゼの呼ぶ声で現実に戻された。
「ああ、ごめんなさい。素晴らしい絵ですね、マダムは才能豊かな方だわ」
「ふふ、お母様が褒められると私もうれしいわ!」
ロゼは明るく笑いながら廊下を進んだ。
私は可愛らしい丸みを帯びた彼女の手を頼りに、一緒に歩く。
やがて、大きなガラス張りのサンルームが見えてきた。
その向こうに、美しく整えられた庭が見える。
「本当に、天気がいいのね」
「ええ、庭にはベンチもあるのですよ、そこに座りましょう」
サンルームの端にあるガラスの扉をキィと開けて、私たちは中庭に出た。
「綺麗ね」
「ええ、つい先日、庭師が整えてくれたばかりなのですよ、冬越えの支度をしたのです」
「冬越えの?」
「ええ、庭木はこのままでは寒さにやられてしまうこともありますの、それに、草木は冬の間の彩りになるよう季節にあったものを植え替えてくれるのですよ」
「まあ……庭師というのはそんな細かなことをなさるのね」
丸い形の中庭を縁取るように植えられた植木を観察すると、地面のところに藁がおかれ、余計な枝を切った新しい切り目も見えた。
かつて、オベール家には専属の庭師がいた。
だけど私は彼らがすることには興味がなく、何をしているかも知らなかった。
そう、私は何も知らない……知ろうともしなかったのね。
「私は庭の普段をお世話をしているので、専門家の話を聞くのが好きなのですよ」
「まあ、ロゼ様が?」
「はい、私はスティア様のような高位の貴族ではありません、ほとんど庶民と同じように育てられています、ですから、なんでも自分でできるように、そう躾けられているのです」
「……いえ、私はもう……ですから、スティア様だなんて……」
「それはお互い様ですね、でしたら……どうですか?ロゼとスティア、お互いそう呼び合いませんか?」
ロゼの輝く瞳にスティアは笑顔を返した。