ベルデ卿
俺は投げられた剣を慎重に手繰り寄せ、構えを取った。
元々、スティアを連れ、そう易々と逃げおおせるとは思ってはいなかった。
なんとかスティアのか細い魔力を感知し、この館にたどり着いた時も、1人で踏み込むことの危うさは当然考えた。
俺が窮地に陥った結果、スティアを道連れにしてしまうかもという最悪なことも考慮に入れた。
だが、しばらく様子を見ていて、周囲を警戒しているのが王族の近衛騎士団だとわかると、オヤジたちの到着を待たずに1人で踏み込むことを決意したのだ。
無体なことはしないと踏んでいたのだが。
「どういうつもりです? 俺は騎士ではないのですよ」
俺の声は思ったより、かすれていた。緊張で体がこわばるのがわかる。
どう考えても剣では勝てない相手だ。
「だが、貴族の子息たるもの、剣の心得が無いとは言わせない」
「俺に剣の師はいません、父に少し稽古をつけてもらった程度、見ての通り、魔法を修めた男です。俺の名前をご存じならば、調べはついているでしょうに」
「動かすのは口ではなく、体にしなさい」
言う終わると同時に、素早い剣が俺に向かって突かれた。
それをかわし横に飛び、体を半回転させ、反撃をした。
手になじんだ剣ではないが、とっさに身体強化をし、刃に氷を纏わせた。
しかし、現役の騎士団長に、その付け焼刃の反撃が効くはずもない、はじかれてしまう。
俺はすぐさま、十分な間合いを取ってもう一度構え、青白く光る切っ先を騎士団長に向けた。
「ふむ……魔法剣士の真似事か……しかし、私の剣はそういうのには向かないよ」
「そうでしょうね、鋼が重くてかないません。あなたは腕力によほど自信がおありのようだ」
物理に特化した重さのある剣は、俺の腕にズシリと堪えた。
まるで、切りつける剣ではなく、たたきつける鈍器であるかのようだった。
「さあ、もう一度」
鍛え抜かれた大きな体に、余裕の笑顔で、俺を挑発する騎士団長の言葉に、俺は風魔法で突風を起こした。
氷魔法で雹を降らせ、さらに水をまとった剣で飛び掛かった。
うまくいけば、風で雹を騎士団長の体に付着させ、さらに水で追撃をすることにより、その水も凍らせることができる。
凍らせ、相手の動きを拘束させるのが目的だ。
「っは! なかなか良い動きだ、ヴァルベル君!」
実に楽しそうに笑いながら、短剣で俺の雹を薙ぎ払い、一気に間合いを詰めてきた。
俺はとっさに剣でそれを受けるも、背後の壁に背を激突させることになった。
ドンと大きな音がなり、天井からハラハラと埃が落ちてきた。
スティアの短い悲鳴も聞こえてくる。
「こんなところではなく、平時に君と手合わせを願いたかったよ」
「俺はそうは思いませんが……」
重い一撃で腕がビリビリとしびれたが、なんとかそれをはじき返した。
「さあ、遠慮なく私を倒しなさい」
その言葉に息をのみ、出遅れた俺に、容赦のない短剣での連激が繰り出された。
俺は身体強化を施した足でステップを踏むようにそれを避けつつ、団長をにらみつけた。
「剣であなたに勝てるはずはないでしょう!」
「ダメだ! 剣で勝て!」
「クソ!」
俺はやけくそになって、団長の短剣めがけて、氷魔法を放った。
それにより短剣が氷に包まれ、粉々に砕け散った。それを見届けた団長は、残った柄を放り投げ、跳躍した。
先ほどのように重い剣でその体を受けようと構えたが、そのまま床に押し付けられ、思わず喉から唸り声が出た。
「ヴァルベル様!!」
スティアの声が響いた。
「早く俺を倒せ、スティア嬢を逃がすために」
「「え?」」
俺とスティアの声が重なった。
騎士団長は、俺たちを見つめていたスティアを、慈愛のこもった目で見つめ返し、微笑んだ。
その微笑みの美しさに、一瞬我を忘れ見入った。
オヤジがロゼに見せる笑顔に似ていると感じた。
「私は彼女を助けに来た男に剣で負け、捕らえていた彼女を逃がしてしまうのだ。そして、騎士達は後を追うも、対象者の行方は杳として知れず、忽然と消え失せてしまった。私はその責任を取り、辞職をする」
「な……何を?」
俺は情けなくも、そう聞き返すしかなかったが、騎士団長は話を続けた。
「私の調べでその男は雇った盗賊の一人であり、勝手に彼女に懸想した奴が暴走したということになろう。その盗賊は元魔放騎士で薬漬けとなった男であり、都を追放された罪人であったのだという筋書だ」
「元……魔法騎士? だと? 一体、誰のことだ?」
ニヤリとしながらなおも力をゆるめない。
「架空の人物ではあるが、その程度の条件に当てはまるお尋ね者の1人や2人、どこにでもいる」
このまま圧迫され続ければ、窒息してしまう、俺は力を振り絞り、刃に纏わせた水魔法を大きくする詠唱を早口で唱えた。
俺も騎士団長も、ぶわりと水の中に閉じ込められ、息がつけなくなるが、騎士団長は短剣を離すことなく、俺を押さえつけたまま、さらに強めた眼光を放った。
俺は一か八か、かろうじて動く指先を騎士団長の肩に当て、氷魔法を一気に展開させた。
彼の体が、瞬時に氷に閉じ込められ、動かなくなったことを確認すると、こちらまで凍らないよう、纏わせた水を消失させ、ようやくつけた息を、深く吸い、ため息を漏らした。
重く凍った体を横にどさりと投げ、ようやく立ち上がって、騎士団長を見下ろした。
どうしたものか……息はできるように微妙な隙間を開けているので、窒息はない。
このままここに置き、窓から逃げることもできそうだが、凍らせたままでは……
そう思い悩みつつ見つめていると、氷に閉じ込められた騎士団長はギロリとこちらを睨み、手のひらから小さな炎を上げ、氷を溶かし始めた。
俺はそれを見ると即座にスティアに駆け寄り、腕の縛めを解き、冷えた手を握り引き寄せた。
恐怖で蒼白になった強張った顔で、俺を見つめた彼女は小さく震える声を出した。
「お願い……ベルデ卿を助けて、お願いヴァルベル様」




