待ちわびた人
ベッドに横たえた体に、ベルデ卿が優しい手つきで上掛けを掛けてくれ、そして静かに壁際に椅子を寄せ、そこに腰掛けた。
私の話した内容がよほど衝撃だったのだろうか、ベルデ卿は『竜の涙の首飾り』を探している方にそれを渡すことはできないと知り、しばし呆然とした。
そしてその後、ひどく険しい顔で黙りこくったまま、目を閉じている。
この部屋に、他に見張りはいない。
私はこの腕にある縛めさえ解ければ、すぐにでもその窓から顔を出し誰かに助けを呼び掛けるか、可能であれば窓から屋根に逃げおおせるかもしれない。
そう思って、カーテン越しに夕暮れが差し込む窓を見つめた。
ーー窓から屋根に……なんて、私一人ではできないのに。
しかも、近衛団長の目をかいくぐってなんて。
そして脳裏に浮かぶ、闇色の髪に赤い瞳の人を思った。
今頃きっと、心配してくれているはず。
私を心配して、最近は昼食を共にとってくれていたから、その時に私がいないことを知るはずだ。
それとも……
私は手首に巻かれた紐を見る、その縛めから零れ落ちるように輝くブレスレットを見つめた。
そして気づく、赤く色づいた魔石が、いつもよりも光っていると。
「え?」
私はそれを顔に寄せようと腕を動かすも、縛られた紐の長さが足りず、自分が思った半分くらいの位置で止まってしまい、思わず顔をしかめた。
仕方なく上半身を少し起こし、顔を手首に近づけた。
「……」
その魔石の赤色は不思議なきらめきだった。
ヴァルベル様の魔力の色に染められていると聞いていたけれど、そもそも彼は全部の属性を持っていると、そう、さらりと告白していたような気もする。
あの時は他に気を取られて、そのことに深く考えることもなかったけれど、それは普通ではないことだ。
通常、あっても属性は2つ。3つ以上あれば大魔導士となるべく魔法省に勤めるはず。
国に縛られず、親の跡を継ぐべく情報屋をやっているなんて、ありえない。
それは、なぜなのだろうか?
それに、わざわざこの色にしてくれたのは、もしかして……
「来たか……」
ベルデ卿の声がふいに耳元で聞こえた。
驚いて振り向くと、いつの間にかそばにいて驚きのあまり声にならなかった。
その視線は窓を貫くように遠くを見ている。
私も思わず窓を食い入るように見つめた。
ガタっと大きな音がして窓が開いた。
開かないように特別な魔法がかけられていたらしい、開く直前に一瞬魔法陣が浮かんだのが見えて、息をのんだ。
夕日を浴びて黒いシルエットになったその人は、スクっと床に降りると、私の姿をみとめ、安心したようにため息をついた。
「よかった」
その声に、求めていた通りの人だとわかり、涙が溢れてきた。
「来てくださったのですね!」
「遅くなってすまなかった」
ヴァルベル様は一歩足を踏み出したが、その直後、私の横たわるベッドのそばにいたベルデ卿は静止を命じた。
「そこから動くな、ヴァルベル・ビュフェ。そのままこちらの話を聞け」
ヴァルベル様はその言葉に従い、立ち止まり、ゆっくりと視線をベルデ卿に向けた。
「……やはり、王妃の手先があれを狙って、このようなことをしていたんですね。なぜあなた方はあんな人の言うなりになるんです? 騎士のプライドはないんですか」
ヴァルベル様の言葉を聞き、しばし黙った後、ベルデ卿は深いため息をついた。
「私たちとて、罪のない者にこのような無体をするために近衛の身分にあるわけではない」
「しかし、実際には、言われるがままではないですか、恥ずかしくないのですか、近衛の紋章が泣いていますよ。……あなた方以外のごろつきどもにまで、あの人は色々と手を回し、事を起こしています、今やハイスロリア王国はあの女のせいでめちゃくちゃじゃないですか、そんな女の言いなりに行動するなど」
「ヴァルベル君、口を慎みたまえ、あのドアの向こうにも、私の部下がいるのだよ」
「誰に聞かれても構いませんよ」
「君は構わなくとも、君の家族や、ここにいるスティア嬢はどうだろう。君の言葉が大事に思う人の立場を悪くするとは思わないのか?」
「……」
ベルデ卿はヴァルベル様に2歩近寄り、腰の剣を引き抜いた。
私の喉から、ヒュッと音が鳴った。
「そこまで言うのなら、君も剣を取り、私に勝ってみなさい」
そう言うと手に持っていた剣を投げ、自分はもう一つの小さな剣を抜いた。
「あの……おやめください……ベルデ卿!」
私の声に軽く微笑み、ベルデ卿は言った。
「スティア嬢、私に任せなさい」
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