君の元へ
馬を駆って街を走り抜ける。
この街道は雑多な乗り物が行き交う、のどかな場所だ。こんな風に全速力で馬を駆れば嫌でも目立つ。
驚いた人々が自分を振り向いて見つめることに気づいて、舌打ちをした。
目立つのは得策ではない。
人目を避け、するりと路地に入ると、そこで洗濯をしていた老婆が振り向いた。
「こんな狭いところで馬かね? 危なかろうが」
「婦人、この馬をここに繋げさせてくれ」
「えええ?」
老婆は泡立てた桶に手を突っ込んだまま口をあんぐりと開けた。
「ここに繋いでおくよ、そのうち誰かを寄越すから、よろしく頼む」
「ちょっと、ちょっと!」
慌てる老婆をそのまま捨て置き、人の目を気にしながら屋根に上った。
一気に広がる眼下の街、ーー見渡すと活動する人々のざわめきの他に、あきらかに不自然な人々の群がりがあった。
あの場所で何かがあったに違いない。そこへ急ぐ。
まだ日が高い、俺の姿は丸見えとなる。より素早く動き、万が一目撃者がいても『気のせいか』となるような速度で走り続けるしかない。
俺は足に風魔法の強化をかけ、身を軽くし、そしていつもより早く屋根を駆け抜けた。
途中、見慣れたビュフェ家の屋根が見えてきたところで、一瞬だけ指笛を吹き、それを風魔法に乗せて屋敷の方角に飛ばした。
誰かが、きっと気づくはずだ。
オヤジか、もしくは母、あるいはロゼ。本当はアンドルーに気づいてほしいところだが、アンドルーは今、港に行っているはずだ。
俺が今朝、依頼した仕事だ……あいつとは、一緒に行動しておくべきだったか。
悔やんでも仕方ないことについ心が囚われてしまう。
やがて、騒動が起こっている一角にたどり着いた。
足を止め、屋根の角度を気にしながら、なるべく人目につかないように、そっと覗き込んだ。
そして、気を張り巡らせ、自分の魔力とスティアのかすかな魔力を探す。
……違う。ここではない。
この近くには、なんの痕跡もない。
絶望を感じて天を見上げ、あがってしまった息を整えた。
……さあ、ここからどうする。
そして気づいた。
胸騒ぎが落ち着き、まるで、スティアの身に起こったことが無かったかのように、凪いでいたのだ。
気を失っているのか?と思ったが、そうではない。
これは、『安心』? 彼女は安心しているようだ……
彼女と俺は、本当に共鳴しあっているのだなと、唐突に体から力が抜け、ストンと屋根に腰掛けた。
「ともかく今、一時でも彼女は安心できる場所にいるということか……だが、何がそうさせる?」
誰かにさらわれたのならば、安心などできようはずもない。
何かの事故に巻き込まれたとしても、そうだろう。
考えられるのは、緊急時であっても、頼りになる誰かと会えたかもしれないということ。
今、彼女がよりどころとしているのは、ビュフェ家のみだろう。
しかし、オヤジがどんなに鼻がきこうとも、俺よりも早く対応できるとは思えない。
新聞社を経営しているのだ、ずっとこの問題に関わっているわけではないのだ。
ならば、彼女は何に安心しているというのだろうか?
俺は、額を右手で覆い、ため息をついた。
今俺にできること、ーー自分の微かな魔力の残滓、それから彼女の気配を感じて、たどるのだ。
それしかない。
俺は、これ以上屋根にいる必要がないと感じ、物陰から地面に降りた。
誰にも見られていないことを確認してから、街道に出る。
相変わらず遠巻きにされている、一軒の店を見た。
なんてことのない食堂だ、夜は飲み屋にもなる類のもの。
そしてそこで、よく見知った人を見かけた。
……ロミー?
彼女は手帳を手に、壮年の男性から話を聞いていた。
取材しているのか?……偶然?
俺は躊躇なく彼女に近寄り、そして声をかける。
「ロミー、早速取材か?」
俺の声に一瞬びくりと肩を震わせたロミーは、ゆっくりと振り向いた。
いつもの化粧けの無い男勝りな顔が、不思議そうに俺を見た。
「ヴァルベル様ではありませんか、なぜここに」
「いや、通りがかりだよ」
「そうですか。私もそうなのですよ、先日襲われた店に取材に行こうとしていたところ、ここでの騒ぎに遭遇しましてね、この先に馬車を待たせて戻ってきたのですよ」
「そうか」
ロミーの指さす方角には、いくつかの馬車が停車している。
「で、何があった?」
「ええ、いつものあれですよ。盗賊団です」
「被害は大きいのか?」
「いえ、この盗賊団は、深追いしませんからね、店主がすぐに有り金を渡したらしく、店にいた夫人にもケガはありませんでしたよ。ただ、店内は見れたものじゃありませんけれど。あそこまで荒らされたら、再開するめども立たないでしょうね」
「だけどさ、命あってのことだよ? 夫婦二人とも生きてるんだ、よかったんだよ」
隣にいた昼から酔っぱらっている赤ら顔の男が急にしゃべりだし、ロミーに近寄った。
「よせ」
俺はロミーの前に腕を出し、ロミーをかばうようにした。
「大丈夫ですわ、ヴァルベル様。私は貴族の婦人ではありませんし、それに、慣れております」
「そうか……」
真顔でそう言われ、余計なことをしたかと腕を降ろす。
「それよりも、先ほど店主にも話が聞けたのですが」
「ん」
「今回、亜麻色の髪の少女のことは、盗賊団は言わなかったようですよ」
「違う盗賊団の可能性もあるということか?」
「いえ、前回の犯人らと同じである可能性は高いですよ、どちらも目撃している人たち数名の証言が取れています。なんといっても特徴的なのが昼間の犯行です。そのせいで顔も何人か覚えられているんですよ」
俺はロミーの言葉にひっかかりを感じた。
「では……前回までと今回の違いは、亜麻色の髪の少女を探していなかったということだな」
「ええ、そうなりますわね」
そう言い残し、ロミーは取材に戻ることを告げ、立ち去った。
その姿を見送った後、雑踏の中立ったまま、精神を研ぎ澄ませ、目を閉じた。
スティア……どこにいる?
どんな小さな何かでも、感じ取れないか?
俺は焦りで胸が張り裂けそうになり、口を引き結んだ。
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