縛られた手首
ハッと目を覚まし、上半身を起こそうとして、手首をベッドの端に結ばれていることを知った。
柔らかな布で痛くはないが、しっかりと結ばれている。
それを見て、自分に起こったことを思い出した。
ーー私……連れ去られてしまったんだわ……
子爵家にお世話になって、そして大切にされていたのに。
何の関係もないのに私を救ってくれた、あの家の暖かさは、本当の家族のようだった。
その暖かさから遠ざかった今、それが恋しくてたまらなかった。
そして、赤く優しいあの人の瞳を思い出す。
ーー会いたい……ヴァルベル様……
「目が覚めたようだね」
落ち着いた声が室内に響き、ドアあたりに座っていたらしい男が立ち上がった。
狭い部屋なのに、人がいることに気づかなかった自分が信じられなかった。
「そこに……いつから……」
「ずっと、見ていたよ。君がいつ目覚めるかと、待っていたのだ」
立ち上がって、ドアの付近から私をじっと見つめる男は立派な体格で、堂々たる武人に見えた。
この部屋に灯りはなく、部屋に差し込む夕日が、閉め切ったカーテンの隙間から入ってくるのみだ。
ドア付近は薄暗く、しっかりと見えない。
「あの……」
「さぞかし怖いだろう、しかし、よく私の話を聞きたまえ、私の話を受けるなら、君を悪いようにはしない」
「え?」
男はコツコツとブーツの音を響かせて歩み寄ってきた。
その姿勢の美しさ、そして声の張り、その所作の隙の無さに、思わず私は見入った。
ベッドの端、私の真横に立ったその人を見上げ、息をのむ。
窓からの夕日に照らされる場所に来て、よく見えなかった彼の服装が見えたのだ。
赤いマントを付けたグレーの騎士服、胸に刺繍された竜には金の翼があった。
思わず息をのみ、上掛けを握りしめた。
王妃直属の、近衛騎士団。
「スティア嬢、探したよ。まさか、親戚でもない子爵家に身を隠していたとはね」
「……っ」
ビュフェ家の皆の顔が浮かぶ、彼らに類が及べば、自分が許せない。
「どういうことかと色々調べたら、子爵家の娘とは学園の同級生だったのだね。友達だったということか?」
そう尋ねられても、そうではなく、ヴァルベル様に助けられ、その後たまたま身を寄せたと、馬鹿正直に答えるわけにはいかない。
会話をどうつなげるべきか、ただ、おろおろとするしかなかった。
ふぅと、短い溜息が落ちて来る。
そして、椅子をベッドに引き寄せ、大きな体を折り、それに座った。
「私は、さる方の命令で君を探してはいたが、君の命まで取ろうとは思っていない。あの方が手に入れたいと願うものは、ネックレスだ。わかるね? あれさえあれば、あの方も満足なさるだろう」
夕日に照らされた騎士の顔は、精悍で、あごに立派なヒゲがあった。
びくびくしながらも見つめると、ふと、優し気に微笑まれ、びくりと体が震えた。
「君の同級生に、マリーアンという娘がいただろう?」
「……ええ」
脳裏に、伯爵家令嬢のマリーアンが浮かぶ。
栗色の髪のおとなしい少女で、私たちは同じ伯爵家ということもあり、親同士の親交もあった。
しかし、彼女は卒業を待たずして、亡くなってしまったのだ。
持病のためだったと聞いてはいるが、2年前に王都で流行った悪い風邪をこじらせたのも原因のひとつのはず。
あの時に、体の弱い者のほとんどがその命を散らしてしまった。
学園に通う生徒たちの幾人かも、犠牲になってしまった。
私はそう思いだすと、ふいに彼女のことが懐かしくなり、眉間にしわを寄せ、下を向いた。
「マリーアンのことを、そんなふうに悼んでくれるのか」
「え?」
再び顔をあげた私を、慈しむように見つめる顔を見て、驚く。その視線はまるで父性に溢れていて、一瞬時が止まったように感じた。
「あの子は私の姪なのだよ」
「……では、あなたは、近衛団長のバルテ卿ですか?」
「そうだ……私に子はいない。妻の体が弱く、子はあきらめているのでな。だからこそ、あの子は私の娘同様、宝であったのだ。あのようなことが無ければ、成人後正式にうちの娘となるよう養子縁組の話も進んでいた。それに……妻はあれ以来、沈んでしまって、いまだに本調子にはなれないほどだ」
そして、私を見ているようで、遠い目をしたバルテ卿は、ふと微笑んだ。
きっと胸の内にある姪に微笑んでいるのだろう。
「マリーアンから君の話を聞いたこともあるのだ。仲良くしてくれていたそうだね、ありがとう、スティア嬢」
思わず、私の瞳から涙がこぼれた。
色々な思いが胸に押し寄せ、言葉が出ない。
「スティア嬢、私はね、マリーアンに叱られたくはないのだ、だから、素直にネックレスを差し出してはくれないか?」
「でも……あの」
躊躇する私の、縛られている手をそっと握り、バルテ卿はなおも続けた。
「今なら私が君を逃がしてあげられるのだ。君を死んだことにしてしまえば、もう誰も君を追わない、しかも、その証言を近衛隊長がするのだ、誰が疑おうか」
「ですけど……私を死んだことにって、どうやって?」
「本日ある店が暴漢に襲われた。そこに身を隠しつつ働いていた君は、ケガがもとで亡くなった、そういう筋書を用意した」
「でも……その、死体を検めたりは……」
「あの方はそんなことはなさらない。ただ、ネックレスがほしいだけなのだ、心配せずとも、もう事件も何もかも、手配済みだ」
そう言って、ベルテ卿は顔をゆがめた。
「こんな命令のために私たちを動かすなど、本当はあってはならないのだがな……あの方にも困ったものだ」
どこか悔し気にそう呟いたベルテ卿はふるふると首を振って、そしてまた私を見つめた。
「言わなくてはいけないことがあります、ベルテ卿」
「なんだい?」
私は深呼吸してから、小声で呟いた。
「確かに、それは私の手元にございます。しかし、あれは、先々代王妃の血縁がある人にしか、触ることができません。ビュフェ子爵も、触れなかったのです」
「なんだって?」
ベルテ卿は信じられないものを見るように私を凝視した。
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