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油断

 昼下がり、結局食事に戻らなかった子爵夫妻のために、簡単な食事を用意してロゼが社に運んで行った。

社長室で二人につまんでもらえるように、サンドイッチにしてある。


 私は最近、仕事に行けない代わりに、新聞社に届く手紙を読み、振り分ける作業を手伝っているのだ。

それは仕事に関係するものとはいえない読者からの感想などだ。

丁寧に読み、今後に役立てられることがあれば、それをまとめるのだ。

私はこの仕事にとてもやりがいを感じていた。


「リリアーネお嬢様、私、本日は早く上がらせてもらいますね、娘の祝い事がございまして、以前から奥様にはお伝えしておりました」


メイドの一人がデスクに向かう私に声をかけた。


「あら、娘さんのお祝い事とは?」

「単なる誕生日なのです、奥様もお戻りになれない日に申し訳ないのですが」


そういって、目じりを下げた。


「まあ、そんなこと気にしないでね、おうちに帰ってごちそうを作らないとね」

「ええ、そうなのです、本日はいろんな材料を手配しておりますから、腕によりをかけますよ」


そういってほがらかに微笑んだ。


「しばらくの間、おひとりになられますから、どうぞお気をつけてくださいませね」


メイドは心配そうにそう言い残した。


新聞の記事にはなっていなくとも、最近多発している盗賊被害の多くが、亜麻色の髪の少女を探しているためではないか?ということは、すでに知られている。


私は彼女を見送り、その足で、台所に向かった。

もう一人のメイドはお使いに出かけていて、戻ってくるのにまだかかるだろう。

少しお茶を入れ、休憩することにした。


「確か、クッキーがあったはずだわ」


私は戸棚を開けようと手を伸ばした。


「こんにちはー!」


いつもの元気の良い声が聞こえてきて、私は手を止め、勝手口を振り返った。


この声は、野菜をいつも届けてくれる食材屋の小僧さんだ。

私は悩んだが、扉はあけずにそのまま返事を返した。



「はい!」

「お品なのですが、本日はイモ類をたくさんお届けする日なので、裏口に荷馬車をつけております。順番に運び入れたいのですが、御者をしている者が足をケガしていまして、手伝いができません、運び入れる間だけでも、裏戸を支えていてもらえませんか?」


いかにも困った声で、少年は告げてきた。

私は躊躇した。

だが、少年が私に害を与えるはずはないと、扉を開けた。


「いいわよ、お手伝いしましょう」


私が笑顔でそう伝えると、少年はひきつった顔で「ごめんなさい……」と消え入るような小さな声でつぶやいた。


「大丈夫よ、裏戸を支えるくらい、私にもできるわ」


そう微笑みながら、少年の肩に手を置こうとした。


だが私の手は空を切った。

他の誰かが素早く私の横に立ち、腕を掴んだからだ。

息をのみ、その男の顔を見ようとしたところで、袋をかぶせられ、首の後ろをトンと叩かれめまいを起こした。

その一撃で、体が動かせず、声も出せなかった。


袋で覆われたまま視界を奪われ、私は運ばれていく。


「お姉さんをどこへ連れていくの?! 呼ぶだけって言ったじゃないか? その方は子爵様のお嬢様な!」


少年の悲し気な訴える声は中途半端に途切れた。


私は固まってしまった体をどうにか動かそうとしたが、なんらかの魔術がかかっているようで、指一本動かせない。


……ああ、失敗した……


あれほど皆が私の心配をしてくれていたのに……


私の気のゆるみでこんなことに……


どうか、子爵家の皆に類が及ばないように……神様……


そう祈りつつ、私は気を失った。

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