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ロゼとの会話

 ぱちりと目が覚めた。

昨夜は興奮してなかなか寝付けず、明け方まで天井を見上げていたが、いつの間にか眠りに落ちていたようだ。

睡眠時間は足りてるとは言えないけれど、うきうきした気持ちが残っていて、つらさは無い。


少しの間、ベッドの上で上掛けを握りしめて昨夜のことを思い出して百面相をしていたが、お手伝いにいかなければと思い至り、起き上がった。


汲み置いていた水で顔を洗い、鏡に向かう。髪をブラシでとかし、さっとまとめる。

本日は少し高めの位置に一つに結わえ、白いリボンを巻いた。


そして、手首にいつも通りブレスレットを付ける。

朝日を美しく反射させる赤い石を、右手の人差し指でそっとなでた。


「日に日に輝きを増しているように思えるわ……本当にきれい」


思わず微笑んで、白いブラウスを着ると、カフスをきっちりとボタンで留め、ブレスレットを袖の中に隠した。

こうすると、もうそれが姿を現すことはない。けれども手首にこのお守りがあることがどれほど心強いか。


心がポカポカとしてくるこの気持ちに、私はしばし酔いしれた。


クリーム色のアンダースカートの上に身に着けるものは、裾に花模様の刺繍がある薄茶色のジャンパースカートだ。

肩紐は細くシンプルだが、ブラウスの首元には大きめのレースのリボンがあるため、清楚ながらかわいらしいコーディネートになった。


さらにその上からエプロンを付け、部屋を出た。


「おはようございます、リリアーネお嬢様」


朝の支度をするメイドたちに私も挨拶を返し、皿を出していく。

焼きたてのパンに、バター、スープにサラダ、そして本日の卵料理はスクランブルエッグだ。


静かに準備を手伝っていると、ロゼが起きてきた。


「リリアーネおはよう」

「ロゼ、おはよう、もう大丈夫なの?」

「ええ、すっかり治ったわ、3日も寝込んでしまうなんて、子供の時以来よ」


苦笑するロゼは、茶葉を取り、缶の中の香りを確かめた。


「匂いもわかるわ」


私たちが笑い声をあげると、メイドたちも楽しそうに微笑んだ。


「そうだった、今朝早く、父も母も出社したのよ、お食事に戻られるかどうかわからないわね」

「え、そうなの?」


私もメイドも準備の手をとめ、ロゼに視線を送る。


「ええ、何事かあったようだわ」

「何事かって……」


そう聞くと、どうしても首飾りのことに紐づけて考えてしまう。


「旦那様はともかく、奥様はお戻りになられるでしょう。とりあえず朝のお食事はお嬢様がたお二人でおとりになってください、あとのことはお任せを」


メイドたちは私たちを安心させるように微笑むと、慣れた様子で準備をすませ、私たちは二人だけで食卓に付いた。


「あー、おいしいわ……秋も深まるとスープのおいしさが身に染みるわね、具材もほくほくしたものが増えるし、あったかい食べ物は心もほぐれるわ」

「最近風が冷たく感じるものね」

「朝夕は特にね、リリアーネ、体調には十分に気を付けてね。環境が変わったのだから、体だって大変なはずよ……まあ、病み上がりの私が言うことではないけれど」


私たちはまた声を出して笑いあう。


「そんなことないわ、ありがとうロゼ」


何気ない会話の一つ一つが、私のとってどれほど心救われる幸せなことか。


「そういえばリリアーネ」

「どうしたの?」


あらためて名を呼ばれ、目線を上げると、意味深な視線で見つめられていることに気づき、思わず首をかしげた。


「ねえ、夜のお散歩はどうだった?」

「っ!……」


どうにかスープを吐き出さずにすんだ私を誰か褒めてほしい。


「どうして!」

「あのねえ、リリアーネ、あなたのお部屋は私のお部屋の隣なのよ? 声だって聞こえて来たし、物音だって聞こえたし、それに、兄の黒いマントを羽織らされて、首元のリボンまで結ばれているあなたを、窓からじっと見ていたなんてことも、ついでに白状しておくわ」

「!」


声にならない私の悲鳴をロゼはおかしそうに見つめた。


「妹の私だって兄にお世話なんてされないのに、あれはなんていうかその……」

「ロゼ! お願い、マダムには言わないで!」

「あはは! わかったよリリアーネ、顔が真っ赤よ? あはは!」


ロゼは子爵家令嬢らしからぬ笑い方で笑い転げ、お腹を抑えている。

笑いすぎてお腹が痛くなったらしい。

しかし、私には笑う余裕なんてない。あの場面を見られていたなんて!


「ねえ、リリアーネ、あなたもしかして、兄のこと好きなの?」

「え!……えええ?」


私は両手を顔にあて、指の隙間からロゼを見つめた。いたずらっぽい視線がこちらを見据えていて、逃れられそうになかった。


「えと……ええと」

「それにその手首にあるブレスレット、石に込められているのは、もしかして兄の魔力?」

「え!」


私は顔から手を外して、手首を見る。

しっかりとカフスの中に入れたはずのブレスレットが少し顔をのぞかせていた。


「……」

「リリアーネは知らないかもしれないけれど、最近街で流行ってるのよ。なんの変哲もない透明な魔力石に自分の魔力を込めて、それを恋人に送るの。まさか兄が思い人にそれを送る日が来るなんて想像もしてなかったけれど……ねえ……」


ちょっと悪い顔をして私の顔をじっと見つめるロゼは、手を差し出した。


「ちょっと見せて? どんなデザインなのかもっとよく見たいの」


私は無言のまま、左腕を差し出した。

ロゼのふっくらとした手が手首に触れる。


「へえ……さりげないけれど、小花のモチーフも入ってるし、石は小粒で普段使いに邪魔にならないわね、鎖の細工も綺麗だわ、私の兄もなかなかやるわね」


そう呟いて、ツンとブレスレットをつついた。


「誰にも言わないわ、安心してリリアーネ。それに私嬉しいの。兄は自由気ままよ、人のことなんてあまり興味がなくて、たとえ妹であろうとも私の世話をかいがいしく焼くなんてことは無い人だった。それなのに今、兄はどうやらあなたに夢中なようだわ。兄にも愛する人がようやく現れたのね」


ロゼは少し泣きそうな顔でそういうと、ちゃんと椅子に座りなおして私を静かに見つめた。


「兄の事、あなたに真剣におすすめするわ。将来は家を継いで子爵となるわ。貴族で言えば末端だけれど、うちには小さな領地だけではなくて父が大きくした新聞社がある。生活が立ち行かなくなるなんてこともありえないだろうし、兄は優秀だからきっとうまく経営もしていけるわ。それに、愛した人にはちゃんと優しくできる男だってことも確認できたわけだし。つまり、男として優良物件よ、リリアーネ……兄をちゃんと捕まえて、あなたも幸せになって、ね?」


ロゼはそう一気に言うと、にんまり笑った。

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