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髪と瞳の色

 すっかり日が落ち、美しい星空が広がる頃、ここに来て間もない頃にマダムから渡されたレターセットを、もう一度見つめていた。


『元気でいると、それだけでも伝えるのはどうか?』


マダムは、毎日泣くしかできない私を、どうにか慰めるつもりで、そんなことを考えてくれたのだろう。

だけど、私は伝えることを断念した。


ーー私が生きていると、そう伝えなくて良かった。心からそう思う。


 街に不穏な動きがあることは伝え聞いていたけれど、野菜庫で聞いた路地裏の話声で、自分がどんな立場にあるのかを実感していたのだ。


あの手紙を送っていたなら、今頃、叔母に迷惑がかかっていたかもしれないのだ。


「スティア」


 窓を軽くたたく音が聞こえ、振り返ると、窓ガラスの向こうにいるヴァルベル様が微笑んだ。

闇夜に溶け込んだ黒い髪に、黒いマント姿は、見慣れたものだ。

私は嬉しくなって窓に駆け寄り、鍵を開け、窓を押し開いた。

冷えた夜風がさっと部屋に入り込んできた。


「ヴァルベル様、お食事は済んだのですか?」

「ああ、済ませた」


そう口に出した後に、なんだかこの会話がまるで夫婦のようではないかと思い至り、頬に熱が集まった。


「どうした?」


不思議そうにのぞき込むヴァルベル様は少し心配そうに眉をよせた。

勝手な妄想で勝手に赤面している自分がとてつもなく滑稽で、慌ててなんでもないと首を横に振った。


「いえ、なんでもないですわ、さあ、お部屋へどうぞ」

「いや、いくらこの家の息子とはいえ、うら若き女性の部屋にこんな夜分に入ったりはしないよ」


そう言ってくすりと微笑んだ。


その微笑みを見て、私は小さく「あっ」と言いながら口に手を当て、恥ずかしくて下を向いた。

伯爵家にいたころなら、血の繋がらない男性を夜分に自室に誘うなど、決してしなかったはずなのに……


だけど、違うのだ。


私にとってヴァルベル様は胸が高鳴るあこがれの人でもあるけれど、家族のようでもあり、他人という感じがしないせいで、思わず甘えてしまったのだ。


「スティア、散歩に行かないか?」


ヴァルベル様は、誘うように手を出した。


「気分転換が必要だろう、誘いに来たんだ」


 私はヴァルベル様の顔に視線を移した。

整いすぎた美しい顔は、月の光に照らされて、幻想的ですらある。

闇に溶け込んだ黒い髪は艶を放ち、赤い瞳は宝石のようで、神殿の神々の彫像にも似ていた。


「……ですけど……私、外に出るのは」


危ないということで禁止されているが、それだけではない……恐怖を感じている。

外に行けば、見つかるかもしれないと、どうしてもそう思ってしまう。


「そうか……不安か……では、こうしよう」


そう言ってヴァルベル様は黒いマントの中から杖を出し、私の顔に近づけた。

節目のない美しい木の杖は、魔術学園に行った者だけが持てるもの、いわば特権だ。


私は彼が魔法使いであることを知ってはいたが、杖を持つ姿は初めて見る、そういえば、魔術を使うところを見たこともないのだった。


思わず息をのんでその姿を凝視してしまう。


「俺は一応、幻惑術も使える。髪と瞳の色だけでも変えてみるか……」


まじめな顔で術を唱え、杖からホワンとした光が漏れだした。

光は私を包みこみ、一瞬のうちに消えた。


「幻惑術だなんて……適性のない方には使えないのでは……」


私は魔術に造詣が深いとは言えないが、それぐらいはわかる。


それぞれの適正に応じて使える魔法や魔術があるが、その適正に合っているものでさえ、難易度があり、その中で幻惑術がとてつもなく高度な術であることも知っている。


悪用されればとんでもないことになるため、それを扱える魔術師は国に属するはずだ。

私がデビュタントに出席する際にかけてくださった魔術師は、やはり騎士だった。


「もちろんそうだよ、俺はスティーグのような完璧な幻惑術は使えない、でも……俺は全属性だから、ほぼ全ての術を使えるんだよ。だが、もちろん練度に差はある。向き不向きはあるからね」

「そうなのですね……」

「この程度の幻惑では悪用は無理だ、顔は変わらないからな。街でもこれぐらいの幻惑術師ならいるよ、一晩だけ髪色を変え、遊びに出かけたりするんだよ」


そう言って肩をすくめ、杖をマントの中に入れ込んだ、そして鏡を見るように言われる。


私は促されるままに鏡を手にし、そっと覗いてみた。

顔立ちはそのままに、髪と瞳の色が変わっていることがわかった。


紫髪の騎士がかけてくれた術では、私のことをリリアーネだと認識している人たちには変わりなく見え、他人には私は違う姿で認識されると説明を受けた。

だからあの時は、鏡を見ても、私にはいつも通りの自分にしか見えなかったのだ。


今の方が不思議な現象に思えて、思わずじっと鏡を見つめた。

髪色も瞳の色も違う。

似て非なるものなのか、それともこれが、練度、向き不向きの差であるのだろうか?


「その色も悪くないだろう?」

「ええ、とても気に入りました……」


私は鏡の中の自分をもう一度見て、頬を少し赤らめた。


黒に近い茶色の髪に、オレンジの瞳、少しだけ、ヴァルベル様の色に近づいたことが嬉しかった。

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