疑惑 ロミー視点
「亜麻色の髪に水色の瞳……」
私はそう呟き、あごに手をあてた。
思い浮かぶ顔がある。
突然現れた社長の姪だ、名をリリアーネと言う。
一目見て、上流のお嬢様であることがわかった。
ビュフェ社長の爵位は子爵、貴族としては下位にあたるが、あの方の祖父が侯爵であることを考えれば、姪の所作が貴族の中でも上流であることにも不思議はない。
だが、なぜかそれだけではない違和感が私の心から離れない。
それと同時に、何とも言えない嫌悪感が胸に広がるのを抑えきれないでいる。
私は眉間に皺が寄っていることに気づき、顔から力を抜いてそっとため息をついた。
ーーわざわざ、おっとりとした貴族のお嬢様を社に寄越し、仕事のまね事をさせるなんて
それに、この情報だ。
私はもう一度取材のメモをめくり、国のあちこちで起こっている数々の事件を見た。
最近とみに増えてきた強盗団の犯罪は、街の治安の低下を招いていると問題視され、都の境界に立つ兵士、自警団だけでは足りないのではないかと、皆が心配している。
落ち着くまで、騎士団の警戒を求める請願が平民から出された。
しかしそれについては、今だ上からのご指示はなく、騎士団による強化もされていない。
当然のことながら、騎士団は王族を守るためであるのだ、私たち平民のためにあるものではない。
強盗団に狙われた飲食店や、宝飾店などの被害は相当なもので、市民は皆、彼らに同情している。
お上は市井の声など取りに足りぬと思っているのであろうが、それが大きくなれば制御は難しい、今のうちに民衆の心に寄り添う姿勢を見せつける必要があるのではと、私は思う。
私は頭の中をもう一度整理する。
一見、何のつながりも感じられない被害者たちだが、取材したところ、ある一点に共通点があった。
盗賊団はこう問うたという『亜麻色の髪に水色の瞳の少女を出せ』
似たような色の娘であれば、光を当て、瞳の色の確認をし、顔の造作を熱心に見たという。
それほどめずらしくない色の組み合わせであるし、実際に『亜麻色の髪に水色の瞳の少女』がいれば、問答無用に連れ去られてしまう。
その被害者数は現在10名にのぼる。
娘を連れ去られた親たちは、捜索願を手に王城に駆けこんだらしいが、断られている。
何かがおかしい……私の記者人生はもう20年以上だ。
10代の娘時代から仕事一筋の私は、自分の勘に自信があった。
ーー繋がっているはず。
「ドニ、私は取材をしてくるわ」
「ああ、了解した」
向かいのデスクに座るドニは、原稿を書く手を止めず、こちらを見ようともしないで返事をくれた。
見回すと、明日の朝刊のために皆懸命な作業の途中である。
怒号飛び交う室内には、私に注意を払う者はいない。
ーーこれで当然だ、だからこそ、今しかない。
私は踵を返し、社屋から出る。
長い廊下を歩き、正面玄関に向かう。
街道に面した重い扉が、ドアマンによって開けられた。
どっと押し寄せる街の喧噪は、いつもと同じに見える。
だが、どこか怯えたように、女性の一人歩きが少ない。
このような日中であるのに、だ。
ハイスロリア王国の良い点は、女性が活発に経済活動に参加できるところであると私は思っている。
それもこれも、戦のない平和な世のおかげだ、今の王には色々と問題もあるが、その点においては支持したい。
それなのに、戦乱中であるかのように、女性の一人歩きが自粛されている。
「良くない傾向ね」
私は思わず独り言ちた。
度重なる事件の共通点を、社では毎日のように会議し、新聞で取り上げるかどうか、検討を重ねているが、社長は首を縦に振らない。
若手の記者らは、盗賊団の目当ては、金でも物品でもなく、『亜麻色の髪に水色の瞳の少女』であることが明白なのにも関わらず、そう発表しない社長を責める声が大きくなりつつある。
ーーあの方には、そうできない事情があるに違いない。
だが……その事情がわからない。
足を速め、先を急ぐ。
角を曲がると、待たせた馬車が見えてきた。
「ガストン」
休憩していた御者は名を呼ばれ、ハッと振り向き、パッパと服をはたいて頭を下げた。
「行ってちょうだい」
私は自分で馬車の扉を開き、さっさと乗り込むと、そう伝えた。
その行動で、急いでいることを察した御者は、慌てて馬車を発進させた。
ゆれる馬車内で、メモを見つつ御者に聞えるよう尋ねる場所を順番に告げた。
返事が届くのを確認して、今度はカバンの中から鏡を取り出す。
短く切った髪を手で撫でつけ、風で乱れた個所を直し、眼鏡を取り出すとそれを掛けた。
視力は10歳をこえた辺りから悪くなっていった。
今では遠くを見るにはこれがないと不便だ。
近くを見る分には必要ないため、書き物をするときにはかけない。
女性として持ち合わせるべき美しさはまるでない。
失格の部類だろう……鏡に映る自分をじっと見てにらんだ。
鏡には、色気のない、きつい顔の女が映り、こちらをにらみ返してくる。
私はそっと目を離し、鏡を再びカバンに仕舞いこんだ。
「さて……どう出るかしらね」
薄く微笑んで、そして馬車の窓から見える街に視線を移した。




