街の姿 アロイス王子視点
かさりと足元で枯葉の音がなる。
冷たくなった風で舞う葉を追いかける子らが、私の横を走り去る。
街道のあちこちで人々は営みをしていて、おいしい匂いのする露店もにぎやかだ。
私は懐から古い銅貨を出して、飲み物を買った。
これも食べてみてと、気さくな調子で店主からつまみも一緒に渡される。
私は笑顔で受け取り礼を言うと、近くのベンチに腰かけた。
ーー疲れた。
つい、笑みが浮かぶ。
楽しくて笑うのではない、自分が哀れで出た表情だ。
そのままくたびれた靴をじっと見た。
お忍びで街に出る時に、用意させているものを、さらに自分で汚してある。
服も、古着屋で求めた古いものだ。
貴族階級ではなく、一般市民に見えるようにしている。
財布に忍ばせたお金も、わざと使い古された貨幣を用意した。
はじめて王城を抜け出し、一人で街に出た時は、こんな用意はしていなかった。
学園の制服で、財布ももっていなかった。
街で露店をじっと見ていると、焼いた肉の串を差し出され、「お金は忘れてきたのかい?腹がすいているんだね?」と優しく問われた。
ーーああ、市井では、物は貨幣と交換であったと、その時はじめて実感できた。
その新鮮な気持ちは、ここに来るたびに私の心をすこしだけ、持ち上げてくれる。
その後、再度買い物をしているうちに、露店の主人たちの何人かとは、顔見知りにもなった。
つまり、それだけの回数、お忍びで行動しているということになる。
ーー母上にはとても、聞かせられないな
そう思って、もう一度笑って、手に持っていた飲みものをぐぐっと飲んだ。
「あら?ヴァルベル様?」
私の近くで声がして、反射的に顔をあげた。
知らない顔の女性が私をのぞきこんで、ハッとして体を硬直させた。
「あ、申し訳ありません……人違いを」
「いや、構わないよ、気にしないで」
「よく見たら、髪色もお顔も違いますのに、どうして間違ったのかしら、恥ずかしいわ」
若い女性は顔を真っ赤にして再度謝って、そのまま足早に過ぎ去った。
私に似た誰かがこの街にいるのだろうか?
漠然と、そのひとに会ってみたいと思った。
会って、何をするということもないのだが。
私は店主に手をあげて挨拶をして、また街道を歩き出した。
このまま真っすぐに進み、東へ曲がり、次の筋を北に行き、その先にある館に向かうのだ。
そこは私の拠点だ。
学園に通って一番の収穫は、知識ではなく、人との繋がりだった。
私のことを哀れに思った何人かの同級生が、恐る恐る声を掛けてきてくれた。
彼らがいなかったら、学園での生活の全てが灰色で、良い思い出の一つもないままだっただろう。
私の立場だけを重んじて、側にいる者とは違って、本当に心を通わせる友、そんなありがたい存在が私にもできたのだ。
そのうちの一人が、在学中突然亡くなった。
親は宿舎に彼の者を引き取りに来た。
その時、私は彼らに感謝を告げたのだ。
「あなた方のご子息は、私の心を癒してくれた、最高の友であった。病に倒れたということが残念でならない」と。
心の思うがままの、つくろっていない本音だった。
友人の親は私の前で声を押し殺し泣き、そして床に膝をつき頭を下げた。
「息子に過分なお言葉をありがとうございます。アロイス王子殿下……息子は常々、申しておりました。自分に身分があったならば、あの方のお役に立てたのに。何もして差し上げられないと……」
「そうか……そんな風に、思っていてくれたのだな」
「はい」
「ひとつ、頼んでも良いだろうか?」
「なんなりと!」
友人の親は、涙の溜まった瞳で私を見上げた。
「私は時折、王城を抜けるのだ。どうしても、苦しい時に、街に行くのだよ」
「そうでございましたか……」
「街のことをおしえてくれたのは、そなたの息子だ」
「はい……」
「そして、こう言っていた。よろしかったら、お忍びの際の拠点に、うちの家をお使いくださいと」
「はい! それはもう! どうぞ我が家でよろしければ……粗末な家でございますし、何もございませんが」
「何かを望んで言っているのではない。着替えのいくつか、街で使える貨幣のいくらかを管理してほしいという、それだけなのだ、頼んでもいいか」
彼の親は、頭を下げ、叫ぶように、「わかりました」と答えた。
下町の片隅で小さな商店をしている男だ。
私の申し出は、どうあっても断れないだろうし、正直負担だろう。
だが、私は、彼の親の心の隙間に入った。
「そのときはどうか、私を息子のように思ってくれたらうれしいよ、王子ではなく、息子のようにね」




