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母として ー王妃視点

 美しく整えられた庭園の真ん中に、大きな楓の木がある。

先々代の王妃が植えたというその木は、本来の樹齢よりもさらに立派に見え、王妃宮のシンボルとなっていた。


 私は夕暮れの中、茜色に染まるその木をじっと見つめた。

テラスを開け放てば、涼しさを通り越した冷えた空気が入ってくる。

その冷たさが身に染みるが、頭を冷やすのにはちょうどよく感じた。


「王妃様、大司教猊下より使いの者が来ております」

「ああ、そう」


応接間に行くと、普段は男子禁制のこの宮にあって、めずらしい男性の客に、メイドたちは浮足立っているようだった。

聖職者という立場というだけあって、一切の欲を感じさせない冷たくも感じる使いの男は、案外若い。


だが、侮れはしない。


「オルランド猊下はなんと?」


挨拶や前置き無しに聞くと、無表情な顔を私に向け、少しうなずいた。


「話すことはありませんということでした」

「そう。おかしいわね、そんなわけないと思うのだけど」

「恐れながら王妃様、逆になぜ、そのようなことを聞かれるのか?をご質問してくるよう、託されております」


 頭に大司教の顔を思い浮かべる。

就任の際の挨拶を受けた時、油断ならない男だと一目でわかった。


 彼は山にこもり祈りをささげる時間が多く、これまで数えるほどしか会うこともなかったため、特に親交もなかったのだ。

私自身も、神への信仰心に溢れているとは言い難い。

もう少し神殿に赴く時間をさき、敬虔な信徒の姿を見せてくればよかったと、今更ながら思う。


「そなたはたしか……」

「申し遅れました。私は、ラーシュ・ブルゴー、首都の司祭をしております」

「ブルゴー、お前でもよい。聞くがあの日、オベール家の長男をかくまったのは神殿ではないか?」


私の直球な質問に、ブルゴーは、はて……と首を傾げ、白く美しい長い指をあごにおいた。

ブルゴー家は侯爵家、末子を神職にする習わしがある名家だ。

その、貴公子然とした麗しい姿に、思わず自分の息子と比べてしまう。

あの、どこまでも平凡な息子と。


「かくまう……ですか? 神殿は確かに逃げてきた者を受け入れることがあります。多くは、不当な扱いを受け、逃げてきた労働者であったり、また、暴力をうけた妻子であったり……しかしながら、オベール伯爵家の長男を、どういう理由でかくまう必要があるのか、私には見当もつきませんが」

「よもや、あの騒ぎを知らぬわけではあるまい?」


私の問いに、困ったような顔でうなずいた。


「ええ、暴漢に襲われ、オベール家の当主夫妻はお亡くなりに、そして兄妹二人とも行方不明という、あの事件のことでしたら」

「その行方不明の二人を、私は探しているのです。暴漢から逃げていると言われれば、教会は助けるのでは?」

「王妃様、そもそもあなたはなぜ、その二人を探す必要があるのですか? それに、どうして神殿が彼らの逃走に手を貸したと思われているのですか? もしも、あの時、彼ら兄妹を教会がかくまったのならば、王家に隠し立てする必要はないのです、正直にすぐお答えしていると思いますよ」


心底わからないという風に、グルゴーは聞いてくる。

しかし心の底では、この男もまた、私を馬鹿にしているのだろうと思うと、スッと心が冷えていくのを感じた。


「逃がさねばならぬ理由は、あなたごときには言えません。オルランド猊下ならば、ご存じでしょうし、私もまた、その言葉を発することもできるというもの」

「そうですか」


いかにも残念そうにブルゴーはため息をつき、出された茶を一口飲んだ。

その所作の美しさに、彼の生まれの尊さがにじみ出ていた。


「では私は、大司教猊下に、王妃様の問いを今一度伝えればよろしいのでしょうか?」


生真面目な声で、ブルゴーは聞いてきた。


大司教からの返事はこれで2度目だ。

3度同じことを問うても、知りたい言葉が返ってくることはないだろう。

前回の時は、もっと役職の低い者が、大司教の言葉を伝えに来た。

今回、彼を寄越したということは、これ以上はないということ。


「いえ、もう結構ですよ。つまり神殿は何も知らぬということ、それが答えなのですね」

「はい、その通りにございます」


ブルゴーは嫌味なほどに頭を下げた。


王家と教会の立場に上下はない。

それどころか、王は教会のしもべの一人である。

これ以上、王妃の権限を発動するのは無理だと、理解した。


「近いうちに、私も教会にお祈りに参りましょう」

「良きお心です、神はいつでも信徒をお待ち申し上げております」


ブルゴーは丁寧な暇の挨拶をし、見事な身のこなしで去って行った。


 その、後ろ姿を瞼に焼きつけ、目を閉じ考える。

 ブルゴーは侯爵家の出であるがゆえ、司祭となったのではない。その能力の高さ、勤勉さが大司教の目に留まり、聖職者を束ねる司祭に任命されたのだと聞いている。


 その優秀さの一端を見て、私の顔は笑顔を取り繕えなかった。


 息子のことを考える。

王子ならば、王宮内で家庭教師によって教えられるものだが、どうしてもとねだられ、貴族階級及び優秀な市井の学生の集まる学園に入学させた。


ーー成績はふるわず、散々だった。


 全国から集まった優秀な生徒たちの間にいることで、息子は萎縮し、どんどんと自信を無くしていった。

勉学に立ち向かわず、剣も魔法も努力が足りぬと教授陣から報告があがった。


私は焦ったが、男子たるもの自分で決めたことは最後までやり抜けと、王は退学を許さなかった。


「あの子は、王子なんかではなければ、幸せになれたでしょうね」


私の一人ごとは、人払いをした広い室内に、染み渡るように広がった。

優しい心をもっている息子、あの子の良いところは、母親である私が一番わかっているのだ。

しかしその反面、良くないところも……


ーーこのままではいけない、このままでは。


私は取り寄せた本を手にする。

精霊についての本だ、あまたあるこの種の本の山を、読み進めねばならない。

これらから何か読み解けるものはないかと、必死なのだ。


もしも、オベール家にあるという、伝説の『竜の涙の首飾り』が手に入らないとしても、あらたに精霊王の助けを借りることはできぬものか。


なんといっても、息子はこの国の王子なのだから。


私は必死に本のページをめくった。

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