見知らぬ館2
キャロンはリビングに入ってきたとたん、俺を射貫くような視線で睨み、厳しい声で言った。
「ヴァルベル、説明してちょうだい」
「面倒を持ち込んですまない」
「そういうことを言ってるんじゃないのよ」
キャロンはため息をついて、ソファーに座る夫の横に自分も座した。
「一体誰を連れて来たの、あの子は貴族ね?」
「すまないな、キャロン、この仕事は私にも関係があるんだよ」
「あなたの仕事だったっていうの?」
キャロンの横の亜麻色の髪のゴルジュは優し気に微笑んで妻を見た。
彼は首都で一番大きな新聞社を経営する男で、子爵でもある。
しかし、気取らないゴルジュは平民と同じ暮らしを好み、貴族街とは反対側の住宅街に小ぶりだが美しい館を立てた。
妻のキャロンはここで一人娘を育てながら、自宅でサロンを開き、年頃の娘に作法を教えているのだ。
「ああ、やんごとない方からの依頼だよ」
「やんごとないですって?」
キャロンは一瞬固まってから、紅茶を入れるために立ち上がった。
「それって……」
「ああ、だが、失敗したようだ」
「失敗?」
キャロンは心配げに俺を見つめた。
「俺は大丈夫だよ、アンドルーも無事だ」
「あなた達のことだもの、人に見られてはいないだろうし、そうね……大丈夫でしょうけど」
不安げなキャロンは、それでもピンと伸びた美しい姿勢で紅茶を入れる手を休めない。
「で、二日前までは確認が取れていたと、そう聞いていたのだがな」
「ええ、その通りです。確かにあれは、地下の宝物庫にあったのですけどね」
「では、お前よりも早く誰かが持ち出したと、そうなるな」
そう言うと、熟考の体勢を見せ、腕を組んだゴルジュは何も言わなくなった。
やがてキャロンがかぐわしい香りの琥珀色の紅茶を俺に差し出した。
「スティア、彼女はそう名乗ったけれど……家名は言わなかったわ」
「ああ、言えないだろうな、先ほど、彼女の家には借金取りの雇った暴漢どもが押し入った」
「ではもう、あの子は帰る家を失ったというのね」
「そうなります」
「ねえ、教えて、どこのお嬢さんだったの?」
俺は彼女の真剣な灰色の目をじっと見つめて、答えた。
「オベール伯爵家」
ため息をつき、右手を額に当てたキャロンは、目を瞑った。
「そう……噂は本当だったのね」
「お前にまで聞こえていたか?」
夫の問いに、キャロンは頷いた。
「ええ、こちらのサロンには、いろんな立場の方がお見えになるもの」
「まさに生きた情報だな」
「あなた、それを利用なさりたいのでしょう」
キャロンは嫌な顔で隣の夫を見つめた。
「そういうわけではないが、利用できるものがあるのは良いことじゃないか」
煙に巻くようなゴルジュの言葉に微笑みを浮かべたキャロンだったが、どこか寂し気に呟いた。
「あの子の家族はもう?」
「ああ、おそらくな」
ゴルジュは妻の手を優しく握りこんだ。
「それで、あなたたちが探していたものは、なんだったの?」
俺は思わずゴルジュの顔を見た、目が合うものの、頷かない彼。
俺はかぶりを振った。
「言えない。それは」
「聞かない方がいいよ、キャロン」
「あなた、その御用聞きのお仕事、いつまで続けるの」
深夜の静かなリビングにそっと呟いたキャロンの言葉は彼らの耳に痛かった。
「許されるまでさ」
ゴルジュは妻の肩を抱き、二人で立ち上がった。
「あの娘だけでも助けたかったというお前の気持ちは尊重するがな、ヴァルベル」
見上げると、真剣な目のゴルジュは感情をそぎ落としたような顔をしていた。
「危険が過ぎるぞ」
「あの子は……通路を使って奥の森に出たんだよ」
「……それで、連れて来たのか」
「あの子には罪はない。そうだろう」
「だが、あの子を連れて来たおかげで、この家に足がつく可能性だってゼロではないのだよ」
俺は拳を握りしめた。
「それは本当に……申し訳なく……」
「ヴァルベル、ゴルジュはあなたを責めているのではないの。心配しているのよ、あなたは捕まるわけにはいかないのよ」
「ええ、わかっています」
俺は立ち上がって、二人に頭を下げた。
「ともかく、彼女をお願いします」
お読みいただき、ありがとうございます。
まだまだ序盤です、今後を楽しみにしてくださいませ。
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