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聞えてきた会話

 夕暮れ時、メイドたちが帰宅する時間になり、彼女たちから挨拶があった。

夕食に使う鳥の下処理は済ませたと、報告を受けた。


 ロゼが寝込んでいるために、今夜の食事は私一人で用意する必要がある。

マダムは昼過ぎにもう一度社に出向き、それから戻ってこない。

会議に出ることもあると聞いている、きっと長引いているのだ。


「一人で、できるかしら……」


 私は不安になりながらも、訪れた食料庫の中をぐるりと見渡す。

大きなジャガイモと玉ねぎをかごに入れて、台所へ戻ろうとした。


 扉を開けた時に、少し湿った風を感じて、空を見上げる。

風が強く感じる、明日は雨かもしれないと感じた。


 裏庭に面した食料庫の前にはハーブが植えられた畑がある。

メイドはロゼの代わりに水やりをしてくれたようで、土が湿っていた。

その畑の向こうには、私の背丈ほどあるローリエの木がある。

それを見て思い出した。


「煮込みに使うのは鳥だから、ハーブも必要ね……畑のものも後で取るとして、まずは……」


もう一度食料庫の中に戻って、壁に、糸に通されて吊るされているローリエの葉を見上げた。

いい具合に乾いている。

それを3枚ほどもぎとって、食料庫を出ようとした。


「いえ、子爵家にはお嬢様はお二人ですよ」


少し遠くで、可愛い少年の声がした。

いつも野菜を届けてくれるあの子の声だ。

名のある家庭に配達を任されている少年は、言葉遣いが仕込まれている。

質問に対しても、きちんと受け答えできている。元気な顔を思い浮かべ、思わず微笑んだ。


垣根の向こうから聞えているのだろう、その路地は、御用聞きが訪れる勝手口に繋がっている。

ちょうど食料庫の横になるのだ。


「二人だと? 子爵家には娘は一人のはずだ」

「ご親戚のお嬢様が首都においでになってると聞いていますよ」

「そうなのか、して、その娘の髪と瞳の色は何色だ?」


リリアーネの心臓がドクンと嫌な音を立てた。


ーーどうしてそんなことを聞いているの?


嫌な汗が出てきた。


「お嬢様の髪と瞳の色?」


困ったような少年の声は消え入るように小さくなる。


「あまり覚えていませんが、ご主人様に似ておられたような……」

「というと?」

「薄い茶色だったような気がします。ご親戚ですから、似ておいでなのでしょう!」


聞き込みをしている男は、少年の言葉を復唱した。


「薄い茶色か……」

「なんていうんだろう……玉ねぎの皮のような色です」

「なるほど、亜麻色だな、瞳はどうだ?」

「ちょっとそれは、覚えておりません」

「わかった、ありがとう、もう行っていいぞ」


少年は短い返事をしてその場から移動したようだ、パタパタと走り去る元気な足音が消えていった。

だが、男の方の足音は聞こえない、まだそのあたりにいるのだろうか?


ーー私は動けなくなった。


すぐそばに、おそらく私を探している追手がいる。

路地のすぐそば、こんな裏手の人目に付かない場所に私がいることを知られたら。


ーー恐ろしい。


野菜を入れた籠をぎゅっと抱きしめ、とにかく音を出さないよう、じっとした。


メイドは二人とも帰宅してしまった。

マダムは社から戻ってきていない。

ロゼは熱が下がってないのだ、すやすやと寝ているだろう。

周りには誰も……誰も……


その時、ゆっくりと野菜室の扉が開いた。

夕暮れの赤い日が差し込み、私は緊張のあまり「っ!」と声にならない叫び声をあげてしまって、両手で口をふさいだ。

当然のように持っていた野菜を入れた籠は地面に落ちた。


ころころとジャガイモが転がった先に、背に夕日を受けてシルエットになったヴァルベル様がいた。


「ヴァルベル様!」

「スティア、どうした? そんなに驚いて」


丸い目をしたヴァルベル様は、じっと私を観察して、それからそっと肩に手を置いた。


「すまない、こんなに驚くと思わなかった」

「違うんです」

「ん?」

「先ほど裏道から、話し声が聞こえて……」

「どんな?」


ヴァルベル様の声が鋭くなった。


肩に置かれた手が一瞬ぽわっと熱くなった気がした。


「知らない男性が、お野菜を届けてくれる店の子にこの家のことを聞いていたんです……私のことを聞いていました……髪と瞳の色を……」


ヴァルベル様の赤い瞳の色が、より深まったように感じた。


「確かに、君の色を聞いていたんだな?」

「はい、確かにそう、聞えました」


私の返事にうなずくと私の手を取った。


「家に入ろう。こんなところにいてはいけない」

「だけど、もしかしてまだ、そこにいるかも……」

「いたとしても、見えやしない。塀は高いのだよ」


そう言いながらも、私の不安をやわらげるように、先に自分の半身を出し、裏道の方をうかがってくれた。


「さあ、はやく、家に入ろう」


手を引かれ歩き出した足先に、転がったジャガイモが当たる。

そして、自分が何をしにここに来たのかを思い出した。


「あ……拾わないと……」

「それはいい」

「でも、今夜は私が作らないといけませんし」

「そんなことはいいんだよ、さあ」


ヴァルベル様は真剣な目で私の手を引き、そして肩を抱くようにして私を食料庫から出した。

胸の中にすっぽりと入った私は、彼の体温や匂いを感じて思わず赤面する。

先ほどまで恐怖で震えていたのに、そばに彼がいるだけで、こんなにも安心するのだ。


「君にブレスレットを渡していてよかったよ、それがあったから、君が居場所がわかったんだ。つけてくれてありがとう」


彼の優しい声が落ちて来る。

見上げた私に夕日をあびた美しい顔が微笑んでくれた。

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