小さな贈り物
「スティア」
開かれた窓から気楽な調子で呼びかけた。
細く白い指で、風にゆれた亜麻色の髪を抑えた彼女は振り向いた。
そして花が咲いたような笑顔を浮かべた。
「まあ、ヴァルベル様、またこんなところから」
そう言って、窓辺に現れた俺に部屋に入るよう促した。
ここは、かつて俺の暮らした部屋だが、いつの間にか女性の部屋へと変貌していた。
カーテンの色も、そして、置かれた家具も。
窓辺には、可愛らしく置かれたティーテーブルがあって、華奢な作りの椅子が二つあった。
俺はそれに遠慮なく座り、スティアを見つめた。
「子爵家のご嫡男ですのに、本当におもしろい方」
スティアは楽しそうに両手を合わせてなおも微笑んでいる。
「屋根の上を歩くことも多いものでね、そのまま入るのにこの部屋は適してるんだよ、まあ慣れているというか」
俺のその言葉に困ったような顔で首を傾げた。
「そんなにいつも、屋根の上を? 落ちたりしませんの? 道と違って屋根はこう、斜めですわ」
スティアの白い手は屋根の形をかたどる。
「まあ、慣れているよ、こういう隠密行動を仕込まれているからね」
「子爵家には裏稼業でもあるのです?」
スティアは声を落としてそう呟いたが、ハッとして口を押えた。
「私が深入りすることではありませんよね」
本当に賢い人だと思った。
「お茶を入れてきますわ」
「いや、茶はいい、今日は君に届けたいものがあって」
俺は、かわいらしいティーテーブルに、小さな箱を置いた。
頂点に結ばれたリボンに小さな花が差してある。
これではまるで、恋人に渡すプレゼントのようではないか……俺は改めて、少し恥ずかしくなる。
「まあ……なんでしょう」
丸い目をしたスティアは、もう一つの椅子に座ると、そっとその小箱を手のひらに置いた。
「大したものではないよ、店の者が勝手に、その……リボンや花を飾ったが……なんというか、意味はない」
俺の照れ隠しのその言葉に、スティアは真面目な顔で聞き入った。
「えっと……」
すっかり固まってしまったスティアに俺は箱をあけるよう促した。
「まあ、中を見てくれ」
「ええ、それでは……」
スティアの細い指がリボンの端を引く、するりとほどけ、小花が彼女の手のひらに落ちた。
薄紫色のその花はパンジーというそうだ、店の者は『恋人に渡すにはこれが一番』と片目をつむっていた。
どういう意味なのかは検討はついたが、深くは知らないほうが身のためだと思って、あえて聞かなかった。
「まあ……」
彼女のうっとりした声で俺は少し緊張した。
最初は、意味のない買い物だった。
これをもって彼女に自分の気持ちを伝えたいと思ったわけでも、それをいつも身に着けていてほしいなどと、思ったわけでもない。
ただ、ほんとうに、道すがら目に入り『スティアに似合うだろうな』と思っただけだった。
だが、どうせ渡すのならばと、少し細工を加えたのは確かだ。
「……こんなに素敵なものをいただいて、よろしいのでしょうか……」
彼女は箱の中からキラリと光る一粒の赤い宝石のついたブレスレットを取り出した。
彼女の頬は紅潮していた、だが、表情は複雑だった。
喜んでいるだけではないその様に、俺はつい不安になってしまった。
「あまり、好みではなかっただろうか」
「そんな……違います……とても……とてもかわいらしくて……」
彼女の頬に一筋の涙が流れた。
「でも……でも……今の私にはすぎた贈り物ですわ……私……伯爵家のスティアでいたころは、本当に何でもあって、それが当たり前でした、ですけども、それが決して当たり前ではなく、ましてや、自分がそれに……ふさわしかったわけでもないと、今ならわかるんです。私はただ、伯爵家に生まれただけの平凡な少女でした」
「ふさわしくなかったなどと、そこまで思う必要はない。家業や領地経営がうまくいかなかったのは、君の責任とは言えない」
「理屈はわかります……ですけど、私の愛した両親は伯爵家を断絶させてしまいました、それはもう、揺るぎない事実です、それに……今の私にはわかるのです。普通に日々の営みを暮らす人々は、こんな宝石の付いた装飾品を持つ必要もないと」
悲し気に震えた彼女の瞼は、閉じられ、再びきらりと光る涙が落ちた。
「君を、かえって悲しませてしまうとは……俺は贈り物を選ぶ才能がないのだろう」
俺のその言葉に驚いて目を見開いたスティアは、慌てて首を振った。
「違いますわ、本当にうれしいのです……でも、私にはこれを受け取る資格がない、そう思えてしまって」
彼女は力なく、箱を手のひらに乗せたまま、震えた。
俺は彼女の手に自分の手を重ねた。
冷えた手が一瞬ぴくりとした。
「スティア、これには、俺の魔力が入っている」
「え?」
「もちろん、君に似合うと思って選んだが、それだけではない。例えば君がこれを見につけている時、君の身になにかあれば、俺は察することができる」
「そんな仕掛けが?」
「仕掛けというほどのものではないが、自分の魔力だからわかるだけで、なんというか説明はむつかしいが」
涙の止まった彼女は、瞬きを繰り返し、俺の顔とブレスレットを交互に見つめた。
「私自身は、それほど魔力が豊富というわけではなく……感じ取れないのですが……これは普通の宝石ではないのですね」
「ああ、そうだ。それはもともと平凡で透明な水晶だ。それに俺が魔力を込め、その色に変化させた……まあ、色は選んだわけではなく、俺の魔力の色になっただけで、つまり俺は炎を操ることができるんだ」
「嬉しい……」
スティアの顔がかわいらしくほころんだ。
「では……私の身に、何かあると、そう思っていらっしゃるんですよね」
「今、街では……いや、街だけではない。この国のどこにいても、君は危険だ。『ある物を探している身分の高い方』が、君を探しているんだ。その追手が君に迫っている」
彼女はため息をついて、そして再び目を閉じた。
「だから、また外出禁止になったのですね。社長も、マダムも、私を守ろうと……」
「ああ、そうだ」
「ですが……ここにいれば、とりあえずは安心なのですよね」
「おそらくはそうだろう、しかし、用心するにこしたことはない。ぜひ、これを護身用に……」
俺は彼女の手を包み込むようにして、箱を握らせた。
彼女は真っすぐに俺を見つめ、静かにうなずいた。




