王家の血筋
……俺は、彼女を守りきれるだろうか。
今回は街のやさぐれた集団が高級店を襲っただけだ、統率の取れていなければ、武器も揃わない暴漢だった。
しかし、本当の敵は王妃なのだ。
騎士がスティアの元に現れる、そんな可能性もある。
「それから、先ほど入った情報だが」
「まだ何か?」
俺は顔をあげ、オヤジを見つめた。
「テローヌ村に『深紅のマントの集団』が、ある少女を探しに来たそうだよ」
「……騎士を……動かしていると?」
「ああ」
「そんなまさか、王はお許しになったのだろうか」
「あの王は、嫁に何も言えない腑抜けだ」
「口を謹んでくれオヤジ、誰が聞いているか……」
オヤジは口の端を持ち上げてニヤリとした。
「ここは俺の城だ、万が一にもここでの会話が漏れることはないさ」
「だといいが……」
そう答えながらも、胸騒ぎが抑えられない。
つい、いつも癖でペンを取り、くるりと回した。
「いいか、ヴァルベル。ここにいるのはリリアーネだ。断じてオベール家の長女ではないよ」
「ああ、わかってる」
「だから、落ち着くんだ、そしてよく聞け」
オヤジはなんでもない世間話をするように気軽な様子で話し出した。
「万が一の場合のリリアーネの逃亡先に、考えている場所がいくつかある。それをお前に伝えておくよ、私の指示がないまま、お前自身が判断しなくてはならなくなる時だって、あるだろうから、知っていた方がいい」
「それは……」
思わず、ゴクリと生唾を飲み込んだ。
「まずは、湖のほとり、お前が5歳まで育ったあの家だ、そして、タルダ公国、ビサールン王国、その2国にはそれぞれに、俺の知り合いが大きな商会を持っている。その館に隠れることができるよう手配してある」
一瞬、頭によぎったのは、小さな俺と、まだ赤子だったコンソラータが住んでいたあの館。
大人の目がまるで届かない、冷えた空間。
暖かな食事をしているときでさえ、底冷えするような、そんな場所。
俺はいまだに、あの館のことを考えるだけで、とても胸が苦しくなる。
幼児だった俺にとって、とてつもない孤独と不安がいつも押し寄せてくるあの空間は、苦しい思い出しかないのだ。
だが……その反面、敵の目を欺くには……なるほどいいかもしれないと、気づき、うなずいた。
「だが……あの館は……王の持ち物なのでは?」
オヤジは俺をいたわるように笑顔を寄越した。
「そうだが、6代も昔の王が側妃に送った館だ。王城を管理する事務方でもあれを知るものは今やいない。……今の王妃など、所詮田舎出身の無知な女だ、あの場所は知らんだろう」
「でも、近衛は違うかもしれない。代々の騎士団長が、部下に伝えていてもおかしくはないのでは……なんせ王の隠れ屋敷なんだ」
思わず下を向く俺に歩み寄ったオヤジは、ポンと肩に手を置いた。
「お前にとっては、辛く苦しい思い出の館だし、王家から逃れようとしているのに、王家の持ち家に逃げ込むなど、愚策のようにも思えるだろうが……あの家はそもそもそ、当時の王が、寵愛した側妃を、激怒した王妃から守るために作った秘密の館だ。しょっぱなから秘匿されていたんだよ」
「……なら俺は、なぜあそこにいた」
俺の真っすぐな視線を、オヤジは穏やかに見つめ返した。
「現王妃は、王のご落胤を殺して回っていた。もちろん自ら刃を持ってではないが、あの人は本当に、根こそぎ殺したんだよ。もちろん陛下はそれをご存じだったし、もっと言えば、国中の者が知ってもいる」
思わず息を止め、握りこぶしを膝の上で固く結んだ。
「自分の産んだ王子以外に、男子があることなど、許さない、そんな若き王妃の怒りが、国民を震え上がらせたんだよ。……だが、イザークはそれを憂いた。あまりにも平凡なあの王妃から生まれた王子は体も小さく、覇気もない。何度か請われ、剣を指南したこともあるそうだが、剣よりも本が好きな、そんな性格の方だった」
「俺は……王が必ずしも剣の使い手である必要はないと思うが……本が好きというのならば、勉強家なのだろうし」
俺のその言葉にオヤジはうなずいた。
「そうだな、だが、この国はまだまだそれを許さないだろう。王は強くあらねば、国民は納得しない。戦に明け暮れていた時代を、国民はまだ完全に忘れてはいないのだ。……それを知っているからこそ、王妃は焦っていた。イザークは王妃に王子の指南役としてずっと王城に留まるよう請われたが、それを断り、そして、偶然にも、その時殺されようとしていた、お前と、弟、二人だけを救い出せたわけだ」
「つまり……俺を王妃の手の者から救ったのは、英雄イザークだったってことか」
「そうだ、お前のその体に、王家の血が流れていること、そして、王子よりもお前の方が能力が上だということを、彼は重く受け止めた」
俺はため息をつき、窓の外を見た。
風に揺れる木々が、さわさわと動き、遠くから街のざわめきが聞こえてきた。
思わず目を細めた。
「どんなに能力があったとしても、俺は所詮、庶子だ。万が一城に上がったとしても王位継承などないはず。王子の代わりになれるわけではない」
「しかし、イザークはそうは考えなかった。時が来ればお前が国を治める、そんな日が来るかもしれない。だからこそ、お前に預けるとそう俺に言った」
「だからこそ?」
俺はオヤジに視線を戻し、尋ねた。
「ああ、俺だからこそだ。……俺の妻はキャロンだからね」
話が見えなくなり、瞬きをして呆けた俺に、オヤジは続けた。
「……キャロンは、前国王夫妻の愛娘だった。不幸にも出かけた先で馬車の事故にあい、夭逝した王女『サンドリーヌ・シルビー』だ」
「え?」
「お前を育てた母キャロンは、王の妹ということだ、つまり、お前とは血の繋がった叔母になるんだよ」
風が吹き込み、机の上に置かれた書類がめくれた。
カサリという乾き、俺の耳の中で響いた。




