王妃の足音
ハイスロリア王国の端にある森、暗黒の森と呼ばれる深い森。
その名の通り、覆いかぶさる大きな木がひしめき合い、陽の光はさえぎられ、いつも暗い。
ざっざ、と規則正しく歩く一団は恐れも見せず、その森を歩く。
深紅のマントの縫い取り紋は、金の羽の生えた黒い龍「ハイスロリア王国の騎士」だとわかる。
この色の組み合わせは、王妃直属の近衛隊だ。
一団は森をかき分け、ある村に到着した。
慌てて転がるように出てきた長老は、汗をかきながら騎士団の長に「なにごとか?」と尋ねた。
「私たちが探すのは、少女。いや、先日、成人したばかりの女性である。亜麻色の髪に水色の瞳、背の丈は普通、肖像画はこれだ」
部下は団長のそばまで進み出て、長老に肖像画を見せた。
「……いえ、その、存じません」
「本当か?」
「はい、隠し立てするはずございません、このお嬢様とは何のつながりもありませんし……」
団長は、「そうか」とつぶやき、部下を下がらせた。
「では、このような少女を見かけた場合は、わかっているな」
「はい、一番近い街まですぐにお知らせに参りましょう……騎士団の詰所があるところまでというと、3日はかかりましょうが……この先の街までなら半日もあれば行けますので」
「そうか、では、目当ての者が見つかるまで、街に連絡係をおいておくとしよう」
「は……」
長老はやせた体を折り曲げ、頭を下げた。
「だが……そうだな……お前が隠し立てしている場合もあろう。検分させてもらうぞ」
「え……」
驚いた長老が頭を上げるよりも早く、騎士団の部下たちはひらりと走り出し、家々の扉を開け、ずかずかと中に入っていった。
「そ、そんなどうぞ荒らさないでくださいませ」
「おとなしく差し出すというのなら、手心を加えるが、どうだ」
「そうではなく、本当に、あのような少女はうちには……あ!」
歩き出した団長にすがろうとした長老は、足をもつれさせ、地面にうずくまった。
団長はその様子をじっと見つめ、さすがに手を差し伸べ、立たせてやった。
「私は命令されただけだ。私たちのこのマントの色はわかるな」
「……はい……王妃殿下……」
「そうだ。あのお方がお探しなのだ、万が一にも抜けがあっては困るのだ、私の立場もわかってほしい」
長老は、村のあちこちであがる悲鳴に肩をゆらしながら、蒼白な顔で苦しそうにうなずいた。
◇
ーービュウタイムズ社・社長室
昼下がり、空気の入れ替えをするために開け放たれた窓から、気持ちの良い風が入って来た。
めくれてしまった書類に手をやり、髪をかき上げた。
「ヴァルベル、昨夜のことだが」
オヤジはシガレットを取り出し、火をつけた。
独特のにおいが漂ってくる
やせ型で、ひょろりと背が高く、いつもしゃれた服装をしている。
もちろん、義母のセンスのよさもあるが、この人の持つ独特なオーラが人を惹きつける。
「……アンドルーの話しでは、けが人も出たとか」
「お前は取材で街はずれに行っていたから知らないだろうが、結構な噂になっている」
「ああ、聞いた」
「可愛そうだが、リリアーネには再び外出禁止を伝えてある。念のため、社屋にも来させない」
「……まあ、それがいいな。十中八九、彼らの狙いはリリアーネ……」
「ああ、そうだ」
オヤジは両目をつむり、うなずいた。
昨夜、首都の中心部、貴族街の目抜き通りで、飲食店が襲われた。
被害は、店内の装飾品などが盗まれたほか、止めに入った何人かの男性が軽いけがをした。
一見、単なる盗人のようにも見える事件だが、店の開いている時間を狙ったという点に疑問を抱いた。
しかし、目的が別であればどうだろう。
アンドルーの調べによると、暴漢たちは、その店で働く若い女性従業員の顔を一人一人、念入りに確かめていたという。
売り飛ばされるのでは?と恐れた若い女性従業員たちは、震えあがっていたらしい。
つまり、人探し……それが目的だろう。
ならば、誰を?
今、このタイミングとなればそれは、「オベール家のスティア」であろうことは、俺たちでなくとも、なんとなく検討が付く。
一度収まったオベール家の話題が、今日は街のあちこちで聞かれたぐらいだ。
「あちらも焦っているようだな……そんな荒っぽい真似をするとは」
「だからといって、一軒一軒襲うわけにもいかないだろう。ある程度、オベール家の娘に似た者の目撃例がある場所を狙うだろうしな」
「しかし、そこまで特徴のある髪色でも瞳の色でもない彼女の特定は、なかなか難しいのでは」
「だからこそ、万が一同じ色合いの娘がいたら、その子は無関係でも危ないということになるな」
オヤジは目をつむったまま、ため息をついた。
シガレットを吸い、灰を灰皿に落とす。
「つまり、うちのリリアーネも危ないということだ」
俺は思わず視線を手元に落とした。




