コイン
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港が近いことを示す、湿った潮風が漂ってきた。
馬車が通らない小道を選んで、ロゼとおしゃべりしながらゆっくり歩いている。
秋……日差しの穏やかな季節、こんな穏やかな日々が再び訪れるなんて、考えもしなかった。
あの日私は父も母も亡くし、全てを失いながら、震える足で逃げた。
私だけならば、逃げ切れなかったかもしれない。
抜け穴を出たところに、ヴァルベル様が待っていてくれなかったら、私はおそらく追っ手に捕まっていただろう。
「見て! 港よ!」
ロゼは元気な声を出して、立ち並ぶ家々の隙間を指さした、私はその先に真っ青な美しい海を見つけた。
「まあ!」
心にひっかかって取れないトゲのようなもの、悲しみ、苦しみ、その全てをまるで包み込んでくれるような美しさが海にはあった。
二人とも、少し小走りになって先を急ぐ。
伯爵令嬢であった頃ならば、母が許してくれなかっただろう、先を急ぐ姿も、今はもう誰も咎めはしない。
「お嬢さんがた、花はいらないかい?」
路上の花売りのお婆さんが、私たちに花束の詰まった籠を差し出す。
私は足を止めお婆さんに微笑むと、籠を覗き込んだ。
前を見ると、私が足を止めたことに気づかずに、ロゼは少し先まで進んでいる。
「ええ、見せていいただくわ」
私はロゼに花をあげたくて、一つ買おうとした。
ーーきっと驚くわ! よろこんでくれるかしら
新聞社に顔を出すようになって、お給金をいただくようになっていたのだ。
肩から下げた小さなポシェットからお財布を出そうとしていると、ドンと人に押されて、前かがみで倒れそうになった。
あわてて手を出すと、今度は持っていた小銭がカランと落ちて、横道にころころと転がっていく。
「ええ! どうしよう!」
私は必死で手を伸ばしながら、転がる小銭を追いかけた。
「ダメ! 大事なお金なんだから!」
声をあげて走るが、コインはますます勢いよく小道を進む。
どうやら、この小道は少し勾配がついているようだ。
額に嫌な汗が滲んだ。
「ちょっと! とまって!」
必死に転がるコインを追いかけ走っていると、ようやく誰かの足にそれがぶつかり、コインが止まったのが見えた。
「まあ、すみません! それ、私のお金ですの! 先ほど落としてしまって!」
頭を下げて事情を話すと、その人は優雅な仕草でそれを拾い上げた。
私は笑顔で顔を上げて、お礼を言おうとした。
そして、驚愕で目が見開いた。
コインを不思議そうに眺めた後、それをこちらに差し出す人は、昼間の小道にそぐわぬ姿をした、美しい人だった。
赤い布を頭から被り、いばらの冠をかぶり、黒いシンプルなドレスを着た、コンソラータ様だった。




