先見 (ラーシュ視点)
首都を見下ろす東の高台に、荘厳な神殿がある。
現在の神殿長は、大司教オルランド・カニャール様が兼任されている。
代々騎士の家系であるカニャール家は、時折聖なる力を持つ男子が生まれる。
オルランド様は、カニャール家の長男。
ちなみに末の4男で、騎士であるスティーグは、私と同い年だ。
幻惑魔術の使い手である彼は、派手な紫の長い髪を今だに長く垂らし、結ぶこともまれだ。
子供時代から女性好きで、困ったやつであった。
当然のごとく幼き頃より共に過ごした仲であるが、彼の口から年の離れた兄のことが語られたことは一度もなかった。
オルランド様の母は身ごもると同時に、腹の中の子が普通ではないと気づいたそうだ。
それほどに力が強いと言われる方なのだが、それゆえ家族でも特別扱いされたことだろう。
スティーグからすれば、それは面白くなかったかもしれない。
◇
私は今、夏の祝祭の儀の準備に勤しんでいる。
助手たちはあれこれと私の指示通りに動いてくれはするが、自発的に動くまでは成長していない。
いちいち指示が必要なのだ。
そのことに少しのいら立ちを覚えていて、この程度で心に小波が立つようではいけない。
自分の課題は大きいとため息をつく毎日だ。
祝祭の儀には、オルランド様もいらっしゃる。
今は、北の渓谷にある祠で祈りを捧げていらっしゃるのだが、間もなく戻られることだろう。
オルランド様が余計な思考をせずとも良いよう、計らうのが私の役目。
まっとうせねば……と、気を引き締めた。
廊下を歩いていると、今年入ったばかりの見習いが、私に礼をする。
私は軽く微笑み、短い言葉でねぎらった。
彼らはまだ何もできない子供だが、これから長い修行がはじまる。
どうか、それを乗り越え、よき神官になってほしいものだ。
やがて、渡り廊下に出ると、眼下に広がるハイスロリアの首都が一望できる。
しかし、私はそれを楽しむ余裕なく先へと急いだ。
そして、ヴァルベルが問うてきたことを今一度考える。
『オベール家の長男をかくまってはいないか?』
かつての同級生にそう問われたとしても、こればかりは真実を告げるわけにはいかなかった。
しかし、ヴァルベルには、遠回しにではあったが、神殿は無関係とは言わなかった。
私の腹心に道化の恰好をさせ、長男を救ったのは確かに私だからだ。
それもこれも、オルランド様の先見による。
あの家の子息と令嬢を助けるようにと、そう言われたのだ。
その伯爵家の長男をなぜヴァルベルが探すのか?そのわけはわからないし、知る必要はないだろう。
オルランド様が時折、「なぜそれを今……」という指令を私に下されるようになって、早4年。
私が神殿に入った次の年からだ。
大抜擢の末、首都の神官をまとめる役割をいただいた、そしてその日から、私はオルランド様のあれこれを手伝うことになったのだが。
小さなため息をつく。
神殿に入るまで、オルランド様が祈りの末、予言めいた先見をみられることなど、知らずにいた。
いや、この神殿にいる者でさえ、知らない者が多いはずだ。
誰でも知っていることではない。
下された指令の結果が何をもたらすかは、私にはまだわからない。
若いうちに人をまとめる位に付いたというだけで、私などは、オルランド様に比べれば、その他大勢の単なる神官の一人にすぎないのだ。
私が訳を知らねばならぬ事ならば、きちんと説明がなされるはず、それがないというのであれば、知らなくてもよいことであろう。
図書室の大きな扉をギイと開け、他の神官たちが忙しく資料集めしている中を遠慮なく入っていく。
私を認めると手を止め、深く礼をする者がいたが、私は小さく微笑むだけにした。
他の者の邪魔はしてはならない。
神官長のみ入室できる扉の鍵を開け、一番奥の書架の前に立つ。
チェーンを引き、上にある棚を下すと、目当ての書を探す。
ふと、先々代王妃の精霊王との記録が目についた。
これは、世に出回る『精霊物語』とは違う。
本物の記録……とされている。
しかし今、王家に精霊の影はないという。
ならば、なぜそれをきちんと引き継げなかったのか。
血統で引き継げなかったというのならば、能力、人格、そういったものが必要であったということなのか。
ということは、現在の王家とは……
ここまで思考し、唇を引き結んだ。
そして、そこから目を離し、目的の書を手に取ると、またチェーンで棚を元に戻した。
「精霊か……」
その影はもはや王家にはないとすれば、この国は祝福されていないということになるのか。
いや、先見を行うオルランド様がいるではないか。
オルランド様の能力は山の女神様から授かるものであり、精霊の力とは違うもの。
だが、この国の民の中で、そのような力のある者がいるというのならば、国自体が見放されたということではあるまい。
しかし、そうであれば……いや、そうであればこそ、では、今の王家とは、何のためにあるのか?と、どうしてもそう考えざるをえない。
「どちらにしても、危険な思想だ」
小さな声でそうつぶやくと、私は図書室を後にした。
お読みくださりありがとうございました。




