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王妃

 ハイスロリア王国

美しい都に統率の取れた軍隊、穏やかに暮らす人々。

災害も少なく、花々が咲き乱れる豊かな国。


 ほんの3世代前まで戦争に明け暮れていた。

暴君が支配する国だったと、今の世代の人に言ったところで笑われてしまうかもしれない。


 それほど、戦さのある世とは遠いところにある、まさに成熟した国といえた。


 しかしながら、年寄りなどは今の王を見てため息を吐くのであった。

優しげに微笑み、王妃を大切にすると言えば聞こえが良いが、裏返せば、嫁の機嫌ばかりを取る凡人ということ。


 大国と言われるこの国を率いるのには、あまりにもお粗末と言うことだ。


 王妃とて、嫁いできた当初は普通の娘であった。

ライムス地方という辺境伯の長女、母親が公爵の出であると言うこと以外、特筆すべきものは何もない。


 現王が王太子時代、舞踏会で見染めた。

そんな平凡な出会いというところも含め、派手さのない王と王妃だった。


 その王妃が、今のように一国の王に何も言わせず、それどころかあれこれと指図するようになったきっかけとは、王の好色っぷりがあまりに度が外れていたため。

話によると、視察に訪れた地方でまで、閨の相手を4,5人用意させていたと逸話が残る。


まだ若かった王は、己の侍女、メイドのみならず、王妃が実家から連れてきた侍女にまで手を出して、さらには妊娠させてしまった。

その時の王妃の怒りはいかばかりか。


王族など好色であった方が、世継に事欠かなくて良いとすら言う風潮はあったものの、さすがに度が過ぎた。


街ではゴシップ誌がこぞってその話題を刷り、国中に醜聞が行き渡った。


泣き腫らした王妃の下した判断は、妊娠した侍女の堕胎、そして国外追放。


自分の腹から生まれた子以外は、存在を許さなかった。






 晴れた日の午前中、赤く照らされた庭をじっと見つめた。


この離宮は先々代の精霊使いだった王妃を守るために、王が作った守りの宮だ。

壁は高く、空も小さい。


ーーー息が詰まる。


こんな風に守られる必要など、私にはない。

誰よりも自分が……本当は……わかっている。


精霊を呼ぶことも、ましてや、使える魔力さえも乏しい。

本当ならば、王妃などになれるような器ではないのだ。


音を鳴らさず、ティーカップが置かれた。

姿勢よく座り微笑んで話しかけてくれる息子を見つめた。


……私はこの子を、どうあっても次の王にせねばならない。

今、私が生きている意味のほとんどは、この子だ。


夫のご落胤が他にあることを許さず、むごい仕打ちを多くの女にしてきた。

私の血濡れた手に抱かれ、この子はこうやって育ち、大きくなった。


母の汚い生き方をこの子は知らないはずはないだろう。

どう言い含めようとも、口に戸は立てられない。


私の所業は、おそらく息子にも届いている、

恐ろしい母だと、本心では思っているだろうか。


「母上、成人したばかりの皆は、本当に楽し気で、私も卒業以来久しい友とも会えましたよ」

「そう、デビュタントだなんて、本当に、懐かしいわ。青春の1ページね、美しい時期ね」

「父上と母上が出会われた舞踏会とは、デビュタントでしたか?」

「ええ、そうね。同い年でしたからね。兄にエスコートされ着飾った若き私を、陛下はダンスに誘ってくださって、そして二回続けて踊ったのよ」

「逸話ですからね、自分の親の話ですから、少しきまりが悪いですが……何度か聞きましたよ」


そういって、目を細める私の息子。


父親譲りの銀の髪と、私譲りの茶色の瞳。

銀の髪は神々しいが……茶色の瞳はあまりにも平凡だ。

王子であるのに、どこか庶民めいた容姿の息子に哀れな思いを抱いた。


「まあ、恥ずかしいわね。なんてことない、どこにでもある話しですのにね」

「ですが、なんてことない話であっても、王と王妃の馴れ初めであれば、語り継がれるのは仕方のないこと」

「そうなのですね、ダンスをされたのですね」


可愛らしい声で長女が兄に問うた。

まだ幼い妹の頭に手をやり、優し気に微笑む王子はうんうんと何度もうなずいた。


その優しい微笑みは、夫である現王にそっくりだった。

もう、顔も見たくないと思ってはいるが、そうもいかない。


かつて、恋焦がれた人であっても、こうも裏切りを重ねられ、醜態を見せ続けられたら、あきれるというものだ。


 この平凡な私の息子には、ああはなってほしくない。

夫よりも立派な王に、なってほしい。

そのために、私はどうしたって、精霊王に愛された先々代王妃の首飾りを手に入れなければならないのだ。


 力を得るために。

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