イザークと使者
大きな体にふさわしい威厳をもって、その男は酒場に座っていた。
何をするでもなく、手に持ったグラスから琥珀色の酒を時折あおる。
ごく普通の客にも思える、しかし、身にまとう覇気がありすぎて、客はちらちらとその男を盗み見ていた。
足下に座る白く大きな熊のような白い犬が、時折そんな他の客をじっと見つめ、そして地面におかれた皿からミルクを飲んでいた。
「で?」
大きな男は威圧するような強い視線で、話し相手に続きを促した。
「……い、いえ、ですから」
「なんだ、要領よく話せ、ちっともわからん」
男はバーテンダーに酒のおかわりを告げ、グラスに酒が満ちるのをじっと見つめた。
「で、ですから……一度王宮に足を運んでいただいて……なにとぞ……イザークさ……」
「その名を呼ぶな……私はもう、この世にいないはずの男だよ、使者どの」
イザークは低く響く声でそう言って笑った。
「死んでいるはずの私はこの国の民では無いよ、つまり王に従う必要もないのでは?」
使者はつばをゴクリと飲み込んで、額から汗を流した。
「し、しかし……ラスタヤ様が」
「こんな場末の店で、王妃の名を出されるか? それに、私にとってその名は何の効果もないぞ、逆らうつもりか?と聞かれたら、そうだとこたえ、この国を出て行くまでさ」
イザークは後ろに伸ばした長い髪を三つ編みにしている、その縄のような髪を振って豪快に笑った。
「ともかく……この世にいるはずもない男を頼りにしなくては、足元も照らせず、前には進めないというわけだな、今の王妃は」
そう呟くと、使者を一瞥し、ポケットから銀貨を出した。
「また来るよ」
店の奥に立つバーテンダーはにこやかにうなずいた。
「お、お待ちください!」
イザークは振り向きもせずに店を出た。
その後ろに付き従う白く大きな犬の尾は嬉し気に揺れている。
いかにも待ちに待った散歩に出かけるという風情だ。
「今夜はどこに行くか……この時間から訪ねるとすれば、メイディーか」
イザークは頭の中に浮かぶ何人かの女の中で、ここから近場に住む女の住居へと歩を進めた。
「困ったことになったねえ」
少しも困っていないようにそう呟き、そしてうっすらと微笑んだ。
現在の王妃が首飾りを探しているという情報、それが確かであったと先ほどの使者が証明している。
伝説の首飾りを、あのような女に持たせるわけにはいかない。
その前に阻止せねばと、ゴルジュとともに動いてきたのだが……
「まさか、ゴルジュの息子が……あの子がこういうことになるとは」
脳裏に浮かぶのはヴァルナルの姿。
幼いあの子を森の一軒家に隠し、影から見守り、そして、ゴルジュに託したのは自分だ。
あの幼き姿からは想像もできないほど、たくましく成長していた。
ゴルジュは我が子として育てている。
ビュファ家の息子が優秀であるというのは、この街の皆が知ること、まあ、それも当然か。
ーーーあのゴルジュとキャロンが愛を注ぎ育て上げたのだ。
しかし、私に隠し通せたと、本気であれは思っているのだろうか?
おかしくなってほくそ笑んだ。
ワン
足元の飼い犬が声を抑えて吠える。
視線をやり、頭を撫でてやる。
「まだまだ若いな……あいつは。そしてお前みたいだったな」
心の底からゴルジュを信頼し、ゴルジュの言うことならなんでも聞く。
そんな目をしていた。
「しかし、どうするか」
十中八九、首飾りは逃げた令嬢が持っているはず。
あの、ヴァルベルが守っている、少女だ。
しかし、ゴルジュがそれを隠すはずはない、隠す理由がないからだ。
つまり、令嬢が持っているそれを巧妙に隠しているか、もしくは、本当に持っていないか、どちらか、となる。
どちらにしろ、その首飾りを持つ者として、ちっぽけな存在である『没落貴族の令嬢』などは不似合いであろうし、手に余るはず。
今隠し持っていたとしても、遠からぬ未来、手放すことになろう……
「待つか」
イザークは目線を上げ、見慣れたアパートの3階を見る。
オレンジの明かりを確認すると、優しく微笑み、裏口から入って行った。
引き続き、よろしくお願いいたします




