男たちの思い
部屋に戻りタイをほどく、黒いボウタイは少し皺がよっていたのでボワっと風魔法をあて軽く皺を取る、そして、クローゼットの棚に置いた。
タキシードも脱ぎ、慣れた手つきで姿をくつろげた。
幼少の頃から自分のことは自分でしてきた、使用人をそばに置いたりもしていない。
ビュフェ子爵家で世話になったのは約5年間、10歳を迎える時に隣国の魔法学園に留学を希望した。
俺は子爵家を継ぐつもりはない、いずれ家を出るつもりだ、あの魔法学園で学ぶことは、生きていくことの手立てになることは確かだ、俺が高名な隣国の学園を選んだ理由はそこなのだ。
義母はさみしがり反対したが、オヤジは賛成してくれた。
なんとなく、察していたのかなと今では思う。
部屋着に着替え、ほっとしてソファーに身を沈める。
テーブルに置いてあった水差しからグラスに水を入れ、ぐっと飲んだ。
そしてそのままグラスを持つ自分の手を見つめた。
可憐なスティアの顔、細く白い小さな手を思い出し、胸が温かくなるのを感じる。
「できれば本当の名で、呼んであげたかった」
その時、コンっと窓が鳴った、小石が投げられたような音だ、俺は立ち上がった。
そして窓まで行き、ゆっくりと窓を押し上げる。
「……やあ」
簡単な挨拶だけで身軽に部屋にするりと入ったのはアンドルーだった、全身を黒いマントで覆い、黒い帽子で赤茶色の髪の毛を隠している。
「行ってきたか?」
「ああ、どの家も主がいないからね、手薄だったし、使用人もだらけてるし、簡単だった」
「そうか、で?」
「ランドスー商会長の自宅にはなかったよ、念のため、帰りに商会の建物にも寄って、金庫の中まで見たけどね」
「そうか、まあ、あいつらが持っているとは思えなかったが、やはりか」
「もう誰かに渡したのでは?」
話しながらアンドルーは勝手知ったる様子でグラスにブランデーを注いでソファーに座る。
「だとすれば、もう追えない」
「だよね」
アンドルーはぐいっと酒を飲み、カツンとグラスをテーブルに置いた。
「で、そっちは?」
「何もないよオベール家の使用人の女が貴族の格好でいるのを見つけたくらいだ」
「オベール伯爵家の使用人か?」
「ああ、それも……ランドスー商会長夫妻の横にいたんだ」
「……それは……きな臭いね」
アンドルーはふむと考え込んだが、やがて顔をあげてニヤリとした。
「で、お前はどうだった?」
「俺? 特に何も無いぞ、俺の今夜の使命はロゼとスティアの護衛だ」
「だから、その元伯爵令嬢様とのことを聞いているんだよ」
アンドルーはいたずらっ子のような顔で俺をじっと見つめる、馬鹿馬鹿しくなって俺はため息をついた。
「だから……何が聞きたいんだよ、特に何も無いさ」
「そうじゃなくてさ……あれだけ見つめ続けた大好きな令嬢の晴れ姿、どうだったかって聞いてるんだよ」
「……まあ、きれいだった」
アンドルーは愉快そうに笑った。
「まあきれいだったって、なんだそれ!」
「なんだとはなんだ……ほかになんと言えば……それに彼女はいつだってきれいだ、昨日だけが特別だったのでは」
「言うね」
俺は居心地の悪さに、座り直すと、テーブルに置かれたブランデーを自分のグラスに注いだ。
「で、告白はしたのか?」
「告白……って」
「今、彼女はとても不安だろう。後ろ盾を失って一人きりだ。子爵家でお世話になってはいるが親戚ですらない。これからどうやって一人で生きていけば良いのか、さぞかし悩んでいるのでは?」
アンドルーは笑うのをやめて真面目な顔で俺をじっと見つめた。
「だから……って、俺にできることなんて、せいぜい彼女の兄を見つけてやるとか。オベール家をはめた奴らをあぶり出すとか」
「そうじゃないだろう?」
盛大なため息をついたアンドルーは気だるげに足を組んでさらに頬杖をついた。
「あのさ、お前が今後の人生を引き受けてやればいいじゃないか?」
「は?……そんな簡単に、お前何言ってる……それよりお前はどうなんだ」
「俺は……」
アンドルーが急に口ごもり、俺の手からブランデーの瓶を奪い取った。
「別に……何もないさ。俺は元々街に捨てられていた娼婦の子だ。出自が悪い上にこんな稼業をしている、どうやって子爵家の娘と結ばれるっていうんだよ」
彼が好きなのは俺の義妹・ロゼ。
ロゼは俺のことを血の繋がった兄だと思って慕ってくれている。
その兄が特に仲良くしているアンドルーが、ロゼにとって初恋の相手だった。
お互い両思いだが、さすがに子爵家令嬢のロゼと彼とではなかなかに難しい取り合わせだ。
「お前はいいよな」
「何がだ」
「うらやましいよ……彼女を手を引いて、舞踏会に行けたんだ。俺は彼女がいとこに手を引かれて馬車に乗るところを屋根の上から見ているのが関の山だってのに」
俺は何も言えずアンドルーを見つめる。
「お互い、釣り合ってるじゃないか。ビュフェ子爵ならなんとかしてくれるだろう、スティア嬢の身分を買う事だってできるんだ。お前たち、普通に幸せになれるじゃないか」
「アンドルー、お前が本気なら、俺からオヤジにかけあうよ、お前たちのこと」
「やめてくれよ、俺には荷が重い」
「……」
「考えても見ろ、いかに平民に近い生活をしているとはいえ、彼女は貴族令嬢だよ。どうやって今の生活を維持したまま俺と暮らしていけるんだ?」
「だが、努力して上を目指している者をオヤジは認める、それに、ロゼだって、お前以外と婚姻を結ぶのを嫌がるだろう」
アンドルーは悲しげに微笑んだ。
癖のある赤茶色の髪がふんわりと揺れた。
「俺は、ロゼ嬢の幸せだけを祈っているよ」
アンドルーの声は悲しげに響いた。
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