舞踏会にて
馬車の扉が開き、ホセとヴァルベルが先に出て、それからロゼ、私の順番で降りる。
私の手はヴァルベルにエスコートされ、手袋越しに彼のぬくもりを感じて胸がドキドキしてきた。
馬車を降りて少し歩くのだが、道は同じようにドレス姿のデビュタントたちでびっしりだった、どこかにかつての友人がいないかと、思わずキョロキョロしてしまう。
実は今日、私の顔には魔術が施されている、今朝早く、ヴァルベルが連れてきた紫髪の男性が、私にその術をかけてくれたのだ。
万が一、私を知る誰かに見られたとしても、その人は私には気づかないらしい。
仲がよかった友人たちは、『スティア』は、もはや生きてはいないと思い込んでいる、だから、魔術をかけられた私には気づかないはずだと。
しかし、私を『リリアーネ』と認識している者には効かない。
ロゼもホセは目の前にいる私を『リリアーネ』と思っているので、魔術には気づいてすらいないはずだ。
◇
「家名をお伺いします」
城のダンスホールに入る手前、誰もが呼び止められ、係に家名を聞かれている。
「ロゼ・ビュフェです」
「リリアーネ・ビュフェです」
少し声が裏返る、こんな状況で緊張するなと言う方が無理だ。
ヴァルベルはそんな私を気遣うように少し微笑んでくれた。
「ようこそおいでくださいました」
無事、そこをくぐり抜け、ヴァルベルの腕を頼りに10段の階段をあがる、一歩一歩踏みしめて上がると、大きな両開きの扉が開け放たれており、会場がそこから見通せた。
白亜の舞踏会場は、天井から下がるたくさんのシャンデリアに照らされ、琥珀色に輝いていた。
すでにかなりの人数が集まっていて、皆美しいドレス姿をまとっていて、それぞれのパートナーと共に仲良く話している姿が優雅だ。
「ロゼ、俺たちは離れるよ、ホセ、妹をよろしく」
「ああ、わかった」
ロゼは少し心配げに私を見つめたけど、後ろから友人に話しかけられて私から目を離した。
それを合図に私もヴァルベルと共にその場を離れ、バルコニー近くのソファー付近まで歩く、途中、何人か見知った顔とすれ違い、ドキリと心臓がはねた。
「あちらは君を認識できない、大丈夫だ」
静かな声が頭上から聞こえる、私は見上げてうなずいた。
そしてまたもや、目を奪われる、なんてきれいな人なんだろうと、見るたびに思ってしまう。
「オヤジの言ってたこと、覚えているよな」
「ええ、もちろんです」
私たちはビュフェ子爵から頼まれごとをしている、それはオベール家に関わることなのだ、私は二つ返事で引き受けた。
「あちらのソファーにいるのが、その夫婦だ、見覚えは?」
その夫婦を観察しながらバルコニーを背に立っていると、ボーイが飲み物を差し出した。
私たちは同時に紫色のお酒を手に取る、だが、ヴァルベルは私の手からそれを取って、代わりに琥珀色の細いグラスを私に持たせた。
「これは?」
飲みたかったものとは違うグラスに取り換えられ、困惑した私にヴァルベルは言った。
「酒は飲むんじゃない」
「……でも私、成人しましたし、本日デビュタントなのです」
「まだ成人としてひよっこということだろうが」
「そういうこと言ってたら、いつまでも大人の世界の味を知らないままじゃないですか?」
「知らないで良いことだってある」
私たちの会話を生ぬるい笑顔で見つめていたボーイに、ヴァルベルは「大丈夫だ」と言い、下がらせた。
「……で」
ヴァルベルの意味ありげな視線で、あの夫婦にもう一度視線を戻す。
あの夫婦は『ランドスー商会』のオーナーだ。
オベール家は商会の出資者だった、しかし父は経営には関与せず、もっぱら相談役みたいなもの。
月に一度、ランドスー商会のオーナーと理事の方々が集まって食事会を開き、報告会が行われるのだが、それはオベール家のバンケットルームで行うのが常だった。
「報告会にいらしてたので、私あの夫人も見たことがありますわ、とはいえ子供の私がそれに出席していたわけではありませんので、人となりは……」
「そうか、では、彼女の出自について、小耳に挟んだことは?」
「いえ、特にありませんが」
不思議に思い、ヴァルベルを見上げる。
ヴァルベルは顎を動かして目を細め、ランドスー夫人を見つめた。
「彼女は王妃の侍女だった」
「そうなのですか?」
私は少し驚く、王妃の侍女ともなればかなりの聡明さが求められる、それと同時に出自の良さも。
それに永年就職が普通で、途中退職して商会に嫁に入るというのも不思議に思われた。
「それだけ愛し合っておられたのでしょうか」
改めて仲のよさそうな夫婦を見て、おもわずほんわりとした気持ちになった。
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