馬車
ヴァルベルにみとれて、一瞬固まった私の背中を、ロゼはツンと指で押した。
ハッとしてロゼの顔を見ると、おもしろそうにニヤニヤしている。
「リリアーネ、いくよ」
ヴァルベルは右手を差し出して、首をかしげた。
そんなずるい仕草しないでほしい……
「は、はい、ヴァルベル様」
「じゃあ、僕たちも、ロゼ」
ロゼのパートナー、いとこのホセは長身で細身の優しげな人、ビュフェ子爵と同じくすんだ金色の髪が素敵だった。
そして、私たち4人はビュフェ子爵とマダム、そして使用人たちに見送られ、登城するために馬車に乗り込んだ。
馬車に乗るのはいつぶりだろうか。
以前とは違う景色に思わず見入ってしまう。
「お互い、いとこがパートナーってことになるのよ、ホセ、わかってるよね?」
「うん、リリアーネは僕の妹ってことになるんだね」
ホセは私の顔をじっと見て、それからにっこりと微笑んでくれた。
「こう見ると似て無くもないわ」
真面目な顔でロゼが呟いた。
「それは無理があるだろう、ロゼ」
ホセの言葉に、その場の皆が思わず笑った。
「ご無理を言ってすみません、ホセ様」
「ちょっと待ってリリアーネ、自分の兄に様付けはいただけないよ」
「そうでしたわ、では、兄上」
その言葉にツキンと胸が痛んだ。
兄の優しい顔がどうしても浮かんでしまう、でも、なんとか耐えて微笑みを顔に貼り付けた。
「どういう理由でこういうことになったかは、教えてくれないわけ?」
ホセは不満そうにロゼとヴァルベルを交互に見た。
ヴァルベルは無表情のままホセにうなずく。
「不満ならオヤジに言うんだな、俺だって舞踏会なんて柄にもないところに行かされるんだから」
「そうだが……お前は行くってことは何か探れっていうことじゃないのか? つまり、このお嬢さんもそういう理由か……」
ホセはどうやら、ヴァルベルの裏の顔を知っているようで、心配げにヴァルベルを見ている。
「……まあ、そうだとしても、お前には言えない」
ため息をついたホセの肩をヴァルベルはポンとたたき、薄く微笑んだ。
「うちの兄の心配は無用よホセ、子供の頃からそうだったじゃない」
ロゼはおもしろそうに過去を語り出し、私は思わず身を乗り出した。
「おじいさまの領地でのあれだって、ほら」
「ああ、そうだったね、ほんとに物語の主人公かと思ったよあれは」
プッと吹き出すロゼとホセ。
「どういう思い出ですの? 教えてくださいな」
「いやいや、僕たちがまだ幼かった頃の話なんだがね」
「私たちいとこ同士6人で馬車でピクニックに行ったのよ、のどかな田舎だから護衛も一人でね、みんな親がいない開放感でうきうきでね」
「そうそう、僕たちみんな馬車の中でお菓子を取り出して食べてたりしてさ」
ロゼとホセの話の勢いは止まらない、ヴァルベルはため息をついてその様子を見守っていた。
「でね、あと少しで目的地の丘の上ってところで、急に雷雨に襲われたんだよ」
「そう、あのあたりは高原だから天気の変わりが早いの」
ロゼは丁寧に私にそう説明してくれた。
「と、言ってもだよ、あんなに急に雷雨なんて驚くよね」
「そう、それでなんと私たちの通っていた小道に雷が落ちてしまってね」
「え!」
「木が倒れてしまって、馬車もそのあおりで、横転しちゃったのよゴロゴロってね」
ロゼは両手をあげて揺れるまねをした。
「衝撃で開いた扉から、俺たちはみんな道に放り出されてしまったんだよ」
「そのときにね、一番年下の一人が馬車の中に取り残されちゃったのよ。 その子をね、ヴァルベルは風を起こして助けたの」
「ほんとにあれはすごい経験だったよ、ザアザアとたたきつけるように降ってくる雨の中、ヴァルベルは冷静に風魔法で馬車を浮かせて、その隙に護衛がその子を助け出したんだ」
「それぐらいでいいだろう?」
ヴァルベルが止めに入ったために、話は中断されてしまった。
思わず皆がヴァルベルを見る。
「お前のかっこいいところをリリアーネに話してるだけじゃないか」
「そうよ、兄様」
「だから、別に俺は何も特別なことは」
「してるさ、年端のいかない子供が、あんな大きな馬車を宙に浮かせることが特別じゃなかったら、何をすれば特別なんだよ」
「ええ、兄様の魔力は特別だわ、誰に似たのかしら」
「俺も気になるよ、だけど、ヴァルベルの瞳の色からして、魔力の高さが特別なのは生まれたときからわかっていただろうしね」
ロゼとホセのその言葉で私はあれ?と思ってヴァルベルを見た、彼は私に穏やかな表情で少し微笑んだ。
そうか、この二人は、ヴァルベルが引き取られた子だと知らないのだ。
「だからしばらく生まれたことも隠していたと聞いた」
それはそうだろう、魔力が高すぎる子は赤子から幼児期まで体調が安定しない、普通その子に最も適した場所で静かに養育するのだ。
水魔法が得意な子ならば、湖や海の近くにという具合に。
それに、幼いころにあまりに大きな力を制御できず、魔力暴走で亡くなる子も多いと聞く。
5歳すぎで、いきなり皆に紹介されたであろう幼いヴァルベルの瞳は、魔力の高さを示す深紅だった。
親戚の皆はそれを見て、隠して育てていたと察したのだろう。
うまく、実の子として認められたわけだ。
「ヴァルベル、俺たちいとこたちは皆、君を誇りに思っているよ」
ホセのやわらかな言葉に、私の心も溶かされていくようだった。
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