深紅の瞳
夜風が静かに吹いている。
手の中にあるランプの明かりが頼りなく感じるほど、どこまでも続く森。
私は恐れをなして、思わず後ずさりゴクリと生唾をのんだ。
「こっちだ」
ふいに聞こえた男性の声、ハッと身を固くしてキョロキョロと見渡す、しかしやはり目の前は暗い森が広がるのみ……私は思わず震えた体をランプを持っていない手で抱きしめた。
「驚かせてしまったかな……大丈夫だから、出ておいで」
「え……ど、どなたでしょう」
私は暗闇に向かって問うていた、もしや、こんな時のために父が遣わしてくれた誰かかもしれないと、一縷の望みをかけた。
次の瞬間、目の前の木の梢からスタっと黒い影が下りたのがわかった。
私はランプを掲げて相手の顔を見た。
黒く長いマントを着込み全身を覆っている、あらわになった髪も濡れたように光る美しい闇夜の色、そして……瞳だけが燃えるように深紅の美しい人だった。
「……そ、その……あの」
私はこの場にあまりにも不釣り合いな美しい男を目の前にし、狼狽してしまった。
男は困った顔をして少し微笑んで、そして右手を差し出した。
「さあ」
「あなた様は……もしや、父に頼まれて?」
ようやくそう問うと、男は一瞬目を見開いたが、軽くうなずいた。
「ああ……そう……君の父上から伺っていたのだ、さあ、早く。ここまではそうそう追ってこないだろうが、油断は禁物だ」
「ええ、そうですわね」
私は彼の言葉にうなずくと、差し出された右手を取り、言われるがままにランプを渡した。
彼は即座にランプの明かりを消し足元に置いた、そして私が出てきた扉を静かに閉めた。
「失礼する」
その言葉のすぐ後に私は彼の腕に抱かれていた、思わず短い悲鳴を上げたが、すぐに彼のきつい視線で口を両手で塞いだ。
彼は私を抱いたまま一度低い体勢を取り、飛び上がった。
口から心臓が出るかと思うほどの衝撃を受けた私は、あまりのことにもはや声も出せず、唖然としたまま身を任せた。
彼は器用にぴょんぴょんと木の上を跳ねるように渡っていく。
私は必死に彼の首に手を回ししがみついていた。
どこまでも続くかに思われた森が途切れた。
突如、眼下に見慣れた城下町の夜景が浮かび上がり、私はヒュッと息をのんだ。
かなりの高さの崖、彼は私を抱えたまま飛び降り、そして、黒い屋根の上に音もなく着地し、背にあった長く黒いマントで私ごとくるまった。
「シッ」
彼は私に静かにするよう伝えた。
わずかに隙間から入る光で彼の深紅の瞳が見えた。
……なんという美しい瞳……
思わず見惚れて、息をするのも忘れた。
「ばか……息はするんだ」
男は笑いを少し含ませてやわらかくそう言った。
私は恥ずかしくなって頬に熱が集まるのを感じた。
そして、自分が今、男の胸に抱かれていることを急に思い出して、耐え切れずに両手で顔を覆った。
「もう少しこのままで」
彼の声は耳元のすぐ近くで優しく響いた。
「行くぞ」
返事をする間もなく再び走り出した彼に私はまたもやしがみつくしかなかった。
暗闇の森を駆けるのも恐ろしいが、夜景を下に屋根を飛んで伝うのもまた違う恐怖だった。
「もうすぐだ」
彼の声にうなずく余裕もなくただただ身を任せ、目を瞑って耐えた。
スッと地に降りた感触がして、そっと目を開けてみると、小さめだが瀟洒な建物の中庭に降り立っていた。
私は見慣れぬ場所に呆然として思わずキョロキョロと目だけを動かして辺りを見渡した。
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