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密航

 室内にいたのはビュフェ子爵とロミー。

彼女は私だと気づくと、私の装いを検分するかのように、上から下そしてまた下から上と見つめてきた。


今日の私の服装は、濃い赤紫のワンピース。

白い衿に紺色のリボンが胸元にある以外は、共布のベルトで腰を締めているだけのシンプルなもの。


どこかおかしかったかしら……と気がかりになる。


「ああ、リリアーネ、それはキャロンの原稿だね」

「はい、お預かりしました」


ビュフェ子爵の明るい声でどこかほっとして、デスクに近寄り原稿を渡した。

彼はそれを受け取ると、うれしそうに封筒から原稿を出してサッと読む、そして大きくうなずくとロミーにそれを渡した。


「ではこれを、校正に」

「はい、かしこまりました」


ロミーはそれを受け取り私の横を通って扉へ歩いて行った。

通り過ぎる時、小さな舌打ちが聞こえた。

向けられているのは悪意……なのだろう。

理由はわからないが、あの人から見たら私は何もかも不十分で、腹の立つ存在に違いない。


「どうした?」


二人が不思議そうな顔で私を見る。

いいえ、と、笑顔を作ってこたえ、自分のデスクに座った。

余計な心配をかけるわけにはいかない。


「リリアーネ、前回のは初めてにしてはなかなかよかった。その調子でどんどんと場数を踏んで頑張ってくれ」

「はい、ヴァルベル様がコツを教えてくださったからですわ、ありがとうございます」


ヴァルベルの言葉に今度こそ本当の笑顔が出た。





 コンコンと扉がノックされ、3人の付き人を連れた金髪の男性が入ってきた、年の頃は30過ぎ、深い青の瞳が厳しく光る人だった。

ブルゴー商船の社長で、侯爵家の長男。

私は少し緊張して、椅子を立ち、カーテシーをする、隣のヴァルベルもビュフェ子爵も挨拶をした。


「こんなうら若き美女がいるとは聞いていなかった」


その言葉には少しもほがらかさがない、むしろ、いらだっているような声だ。


「仕事の場に女性を置くのは、どうでしょうね」

「そうですか、しかしこれは私の姪でしてな。跡を継ぐ気のない息子と娘より、この子の方が筋がいいかもなんてね」


ビュフェ子爵の軽口に私は目を丸くした。


「ご冗談をビュフェ卿」


ブルゴー社長はそれ以上は何も言わず、ビュフェ子爵の誘うままに、中央のソファーに二人でかけた。


「最近、外国からの密航者が後を絶たないとか?」


単刀直入な質問に、ブルゴー社長は真顔のままうなずいた。


「ええ、船に忍び込むという昔ながらの手で、ね」

「では、逆はどうでしょう?」

「逆とは?」

「いえね、この国から出て行きたい者が、秘密裏に外国に行きたいとなると、荷を積んだ商船に紛れ込むのが早いかと思いましてね」

「……ほう」


私は筆記の手を止めずに必死に話を追った。

脳裏に浮かぶ兄の顔など、今は思い出している暇はない、集中しなければ。


「外国に出る方法がそれだけとは限らないでしょう」

「四方海に囲まれているのですよ、普通は船しかありませんよ」


そう、この国は島国だ。

美しい青い海を見て私たちは育つのだ。


「門……も、ありますからな」


ブルゴー社長は初めて微笑んだ。

その笑顔の恐ろしさに、体が一瞬震える。


「社長、門は、王家のものしか使えないじゃないですか」

「ええ、今は戦争もしてませんしね」


その昔、私の生まれるずっと前、戦国時代だった世界はいたるところで戦いが起こっていた。

その頃はそれぞれの国に『門』と呼ばれる装置があり、多くの兵を任意の場所に転送できていたという。

しかし今となってはそれはほぼ伝説のような話だ。

そもそもそのようなものがあったとして、ではどこにあるのか?と、そうなる。


でもこの話のやりとりを聞くと、どうやら門は実在し、王家の者なら使えるということになる。

私は内心混乱して、ペンを握る手に汗が出てきた。


「まあ、話がそれましたな、これは失敬」

「ふむ、あなたほどの方が話の本筋を脱線することなどないでしょう、これは最初から聞きたかったことなのでは?ビュフェ卿」


一瞬の間があった。


「ふふ、そうではありませんよ、密入国と聞いて、どっちもあり得る、そう思ったまで」

「なるほど」

「実際にはそれによりどの程度の損害を被っておられますかな?」


角度を変えたビュフェ子爵の質問は続いた。


「まず、圧倒的に多いのは、ランダレ国からの密入国ですが、その国からは果物を多く輸入しております、つまり食品です。そこに、密入国者がいたとして、その場で力尽き死亡すればどうなります?」

「遺体は腐りますな」

「ええ、我々の目の届かない場所で死亡されると、大変な状態になってからの発見となりますからね、しかも、その多くは食料保存庫の隙間にいるのですよ」

「つまり、その荷は駄目になると」

「はい、死体とともにあった果物など、捨てるほかありません」

「他には」

「海洋上にて、他の船と待ち合わせする輩もおるようですね、その際、船にあるものを持ち出すということもある」

「なんとも悩ましいですな」

「ええ、船乗りを信用して任せるほかないですが、その船乗りの中に斡旋するものがいる可能性も高い」

「なるほど、こちらから出国しようとする密入国者なら、まず船乗りに化けるわけですな」


ブルゴー社長はうなずいた。


「ええ、ですけどね、船乗りらはああ見えて秩序もあり結束も固い。新参はだいたいが疑われこき使われます。無事に航行できる方が少ないでしょうな、洋上に出れば降りることもできない、地獄のような環境でしょうよ」



お読みいただき、ありがとうございました。

引き続き、応援よろしくお願いいたします☆

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