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新聞社

「こんにちは! お野菜のお届けです」


朝方、元気のよい声が響き、台所にある扉を開ける。

寒さが身にしみる季節になったというのに、シャツだけの軽装で男の子が立っていた。

木箱の中には見事な冬野菜が並ぶ。


「あれ?」


男の子は私を見上げて不思議そうな顔をした。


「ああ、ごめんなさい、私はこの家にご厄介になってるの、お届け物かしら?」

「そうなのです、いつもごひいきにしてもらってるんですよ!」

「まあ、おいしそうなお野菜ね」

「はい! 今朝市場から届いたばかりですよ! 毎週2回ほどこうやって届けにきますので、よろしくお願いします」


男の子は私のことを受け入れたようで、さっそく荷物を扉の横に置き、野菜の説明を始めた。


「では、奥様によろしくお伝えくださいな!」

「あの」

「はい?」


思わず呼び止めた私は、彼にたずねた。


「あなた寒くないの?」

「え? いえ寒さなんて感じる暇ないですよ、荷物を持って走ってるんで」


そう言って彼は笑った。

もうすぐ厳しい冬が来る、彼の口から白い息が出た。


「そう……なのね」


よくわからないが、そうなのだと納得するしかなかった。


「わかったわ、忙しいのに呼び止めて悪かったわ」

「いえ、とんでもないことです」


ひょいひょいと身軽な様子で裏庭を走り抜ける彼を見送り、扉を閉めた。

届いた野菜は6種類、まだ土のついた新鮮なもの。

私はそれを木箱ごと抱え、台所の作業台まで運んで手に取る、ポロネギに、チコリー、パースニップ、ルッコラ、フェンネル。


「まあ、野菜が届いたのね?」


マダムは書類を持って現れた。

彼女はビュウタイムズのコラムを書いているのだ。

出社こそしないが、常に仕事に携わっているその姿は、私にはまぶしかった。


「もう、記事は書き終えたのですか?」

「ええ、あとは校正に回すだけよ、それより、大丈夫だった?」

「はい、男の子が持ってきてくれて」

「そうなのよ、いつもあの子が配達してくれるの。一流のお店にも野菜をおろしている食品店なのよ。……まあ、今日はおいしいサラダができそうね、あと、寒くなってきたし、パースニップのポタージュもいいわね」


マダムは私の手の中の野菜を見てメニューを次々と言う。


「私なんて、見ていても献立の一つも頭に浮かびませんでした」


マダムは軽やかに笑って、お湯を沸かす。

そろそろお茶の時間だ、それに気づいて私もティーポットとカップを二つ出す。

マダムはたくさんの茶葉の中から一つを選び、ポットに1さじ半入れた。


「そんなのは経験だわ、リリアーネ、誰でもできるようになるから、心配しないで」

「そうでしょうか……がんばります」


マダムは軽くうなずいた。


「そうそう、お茶を飲んだらこれを社に届けてくれるかしら?」


手渡されたのは、できたての原稿だ。


「私、マダムのコラムを過去の分までさかのぼって、楽しく読んでいるのですよ」

「まあ、うれしいわ」


コラムの題材は時事問題から季節の暮らしのあれこれ、時には読者からのお便りへの返信などもあり、読み出したら止まらない面白さだった。


「あなたは今日は出社はないの?」

「お昼から、ブルゴー商船の社長がいらっしゃって、インタビューがあります、それのお手伝いを頼まれております」

「あら、ブルゴーと言えば、侯爵家の筋ね」

「はい」

「あなた大丈夫? 知った顔ではなくて?」

「はい、ブルゴー家の方とは個人的にお付き合いはありませんから」

「そう、それならいいけれど。もしも嫌なことがあったら、すぐに戻っていらっしゃいな。仕事なんてほっておけばいいわ、誰か代わりはいくらでもいるんですから」

「マダム、そんなわけにはいきませんよ」


私たちはお互い顔を合わせて笑い合った。

何でも無いこんな会話で笑顔になれることの、なんと幸せなことか……と、今では思う。





 歩きなれてきた渡り廊下をマダムの原稿を持って進む。

合鍵を使って入った廊下には、今日は人があふれていた。


 人々の怒号が響き、バタバタと走り回る喧噪のなか、どうして良いのかわからず立ちすくむ私の腕を誰かが引いてくれた。


廊下の突き当たり、階段を上がりながら黒髪の後ろ姿を見上げる。


「ヴァルベル様、あ、ありがとうございました」


振り向いた赤い瞳は今日もハッとするほど美しくて胸が苦しくなった。


「いや礼には及ばない……だが、慣れないといけないよ。ここはお上品な貴族の館ではなく、新聞社だ。いつもこの時間になるとこんな具合だ」

「そう、ですか……」


私は後ろを振り返り、廊下を行き交う人々をもう一度見た。


「締め切りがあるからな。みな必死なんだ」

「はい、お邪魔にならないようしなくてはいけませんね」

「邪魔ではないが……まあ、あれだ、ボーとして突き飛ばされたりしないようにな」


いたずらっぽく微笑んだ彼に、私も照れながら微笑みを返した。


「今日も、ご一緒していただけるんですね」

「ああ、まだ君だけでは心もとない」

「あは……」


中途半端な笑いしか出ない、恥ずかしいがその通りだし、とてもではないが、この先あと何回やればちゃんとできるようになるのやら、検討もつかない。


3階に到着し、二人で扉の前に立つ。

私は彼のタイが少しゆがんでいることに気づき、思わず直した。

背の高い彼、見上げる角度が兄と同じくらいだと気づいた、懐かしさで胸がいっぱいになった。


「あ、ありがとう」


少しほおを染めた彼は照れくさそうにして、目をそらした。

お読みいただき、ありがとうございました。

引き続き応援よろしくお願いいたします☆

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