父として ゴルジュ視点
「あなた、ヴァルベルから情報は?」
妻の声に書類から顔を上げる。
プラチナブロンドだった髪が真っ白になっても、彼女の美しさはなお、輝くばかりだ。
「ああ、キャロンか」
妻はトレイに乗せたフルーツの盛り合わせをデスクに置いた。
私はありがたくリンゴをいただく、最近リンゴが多いのは気のせいか?
「彼女の兄の行方が、わかったよ」
「わかったのね?」
「国外へという以外の情報は、伏せられた」
「伏せられたとは」
「わかるだろう?」
キャロンはあきれたようにため息をついて、デスク横のソファーに腰掛けた。
「そう……まあ、無事でよかったわ。なら、リリアーネに知らせてあげないと」
「いや、まだ待て」
「どうして?希望を持たせてあげたっていいじゃないの」
「逃げ延びた先でのことはわからない。あの騒ぎだ。けがの一つや二つしているはず、今ピンピンしているとは限らない」
「つまり、逃げたとはわかったけれど、生きているかどうかまではわからないと、そう言うのね」
「ああ、そうだ」
キャロンは疲れた顔を見せ、右手を額に置いた。
「ねえ、なぜあの子はそんなに追われるの? そして、なぜ兄のほうは逃げることができたの?」
「……キャロン、それは君には話せないよ。聞いてしまえば、君の身も案じなければならなくなる」
「そう……理由はちゃんとあるのね」
「そうだ」
「昨日ね、コンソラータが来たのよ」
「またロゼが呼んだのか?」
妻はうなずいた、その表情は心配そうだった。
「リリアーネが誰かに追われていることを当てたわよ」
「ほう……」
「事情を知っていたわけではないのよね? あの占いは眉唾ではなく、本当に能力なのね?」
「あの子の母も、高名な占い師だったわけだし、血筋だろう」
「じゃあ、ヴァルベルがコンソラータに話したわけではないのね」
「ああ、違う」
私は妻の横に腰掛け、肩を抱き寄せた。
「迷惑を持ち込んですまないな」
「いえ、それを言うのなら、私自身がそうだわ」
「それを言うんじゃないよ」
「ふふ……あなたは優しいわね。私のために面倒を押しつけられているのに」
「君を面倒だなんて、一度もそんなことを考えたことはないさ」
「まあ」
キャロンの額に口づけをした。
脳裏に浮かぶのは、初めてヴァルベルを見たあの日。
英雄イサークに連れられて訪れた、森の中の一軒家。
レンガ造りの瀟洒な建物、気づかれぬように周りで見張る衛兵の多さに額に汗した。
玄関に入ると、女神像……何を祈るためにそこに置かれたのだろうか。
そして、すぐ横の扉を開けて中に入る。
豪華な家具に囲まれて、おとなしくソファーに座るヴァルベルは5歳になったばかり。
大きな赤い瞳を私に向け、そしてイサークを見つめ、困惑の表情を浮かべた。
幼いヴァルベルは、何か言おうと口を開きかけたが、あきらめ、真一文字に結んだ。
「この人が君の父となる人だ。もう、ここから出てもらうよ」
イサークは、部下に命令するのと同じ口調で語りかけた。
子供に話しかける配慮はない。
「……ヴァルベル、私は君の父になるんだ。これからは、私の元で暮らすのだよ、いろいろと不安はあるだろうが、どうか私を本当の父だと思って甘えてほしい」
私はひざまずき、ヴァルベルの手を優しく握った。
一瞬体をこわばらせたが、一息ついて私を見つめ、こう言った。
「僕、またコンソラータと会えますか?」
そして、大粒の涙を流した。
私はハッとしてチーフを取り出し、涙を拭いてやる。
彼はたった一人の血を分けた存在と、昨日離ればなれになったばかりだと言う。
その子は母方の祖父に引き取られていったと聞いた。
「いつか会えるよ、必ず。まずは私と帰ろう」
「僕の家族は、コンソラータだけ」
小さく響く悲しい幼児の声、私は胸がえぐられる思いだった。
彼にとって、その存在が、どれほど大切なものか。
「いや、これからは違うのだ、君の父は私、家に戻れば母が待っているよ」
「おかあさま?」
「そう、血はつながらなくとも、君を思い、愛し大切にしよう。それをちゃんと覚えておいてほしい」
ヴァルベルははそれを聞いて、また泣き出してしまった。
私は彼を抱き上げ、腕に乗せた。
軽い……あまりにも軽く小さな子の背をそっとなでる。
「頼んだよ、ゴルジュ」
「了解した」
そこでイサークと別れ、細い道をたどり森を抜けると、迎えの馬車があった。
乗り込むと、動き出す馬車。
腕の中の子は、泣き疲れたのか寝てしまった。
黒い髪で赤い目……
赤い目は魔力の高さの表れ、この子は自分の出自を隠して生きていかねばならない。
……あまりにも不憫……
馬車はしばらくの間ひたすら走った、私は視線をあげ、車窓を見た。
見慣れた街並みが見えてくる。
商業地区の角を曲がり、坂を上がる。
大きな緑色の屋根が私の館だ。
馬車は静かに止まった。
すでに夕刻過ぎ、買い物帰りの女性が多く行き交う中、私はヴァルベルを抱いたまま馬車を降りた。
玄関に立って私を迎えたのは、プラチナブロンドの美しい妻。
にこりと微笑み、走り寄ってきた、そしてうれしげに私の腕の中のこをのぞく。
「なんてかわいらしいの」
妻のその一言で、私の心は救われた気がした。
お読みいただき、ありがとうございました。
応援よろしくお願いいたします!




