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言えないこと  ヴァルベル視点

 心配げにゆれる彼女の瞳を見つめ、できるだけゆっくりと言葉を紡いだ。


「ある方が、君の兄を逃がしたということだ、おそらく無事だ」

「それは……どこなのですか?」

「すまない、場所は言えない」

「では、どなたが兄を助けてくださったのかも?」

「ああ、言えない」


俺の声は部屋の中に冷たく響いただろうか。

だけど、この知らせを君に届けたかった、伝えられることは少なくとも、生きているということがわかるだけでも、彼女の救いになることはわかっていたから。


「そうですか……ありがとうございます。調べてくださったのですよね。危ないことをしたのですか?」

「……俺の仕事は情報屋だ、これくらいは何でもない、気にすることはない」

「情報……屋? 子爵家の御曹司が?」

「俺は、この家の実の子ではない、育ててもらった恩を返しているんだ。それよりも、君の兄が生きていることを、誰にも言うんじゃない。今はまだ、知らない顔でいるんだ」

「え、マダムやロゼにもですか?」

「ああ、特にあのふたりには。彼女たちを守りたいんだ」


彼女は心配げな顔をしながらも、ようやくうなずいた。


「そう……ですね、危ない目にあってほしくありませんもの」

「では、ビュフェ子爵にはお話になると?」

「父から言われて探しているからな、報告はする。だが、父よりも先に君に話したのは、君には伝えてあげたかったからだ。お互い生きていればいずれ会える時は必ず来るだろう、だから、焦らずに時を待つんだ」

「はい、わかりました」


彼女の目にようやく力がこもった。

後ろに一つに束ねた亜麻色の柔らかな髪が揺れて、きらきらと光が舞った。


「では、俺は行くよ」

「その……お食事は?」


俺はその言葉に顔が緩んだ。


「もう、食べたよ」


一言だけ残し、俺は窓から出て再び屋根の上の人となった。

そのまま屋根を伝い、繁華街の路地に飛び降りた。


 角を曲がると、大きな黒い馬車を人々が囲って騒いでいることに気づいた。

ここは娼館が立ち並ぶ歓楽街、貴族であってもこんな目立つ馬車で来たりしない。

興味を惹かれ、じっと見つめていると、やがて馬車の扉が開き中から赤い覆いを被った黒いドレスの女が出て来た。

やけに小柄で、14,5の少女のような体つき。

そのくせ周囲に振りまいている威厳は大人のそれだ。


「コンソラータか」


俺のつぶやきが聞こえるはずもないが、コンソラータはエメラルドのような緑の瞳をふと俺に向けた。

そして、にやりと微笑んでから、視線を外し、娼館の中へと消えた。


その館は高級娼婦の大店だ。

ここにいる誰かがあいつを呼んだのだろう。


俺はため息をついて、店を見上げる。







 ---16年前

 

 森の奥深く、朝昼晩と食事を持った木こりの爺が訪ねて来る。

俺はようやく4つになった頃、その小さな森の家に一人でいた。

世話をするのは、その爺ただ一人。

一日中、外を眺めたり、絵本をめくったり、積み木をして遊んだ。

寂しくて泣いたとて、誰かが来てくれるわけでもない。

爺は、俺に食事を与えると、体をふき着替えをさせ、帰っていく。


 普通、それぐらいの年齢の子には親が一緒に暮らし、抱きしめられて育つものなのだと、その時は知らなかった。


 やがて、家の外の少し先までならという条件で遊べるようになった。

俺は日の光がある間、外にいることが多くなった、森の動物を追いかけたり、池に足を入れてみたり。


 そしてそこで、出会ったのだ。


 コンソラータ……あいつは俺の森の家に突然現れた。


 赤子のあいつは泣かない子だった。

さすがに乳母が共に住むようになった、だが、必要なこと以外はかかわろうとしない乳母。

俺は小さなコンソラータがかわいそうで、よく部屋を訪ねた。


俺の黒髪と同じ色の巻き毛、瞳の色は俺と違って緑、かわいいつぶらなその瞳は、何もかもを見透かすように、泣くことなくじっと見つめてきた。


「あなた方の父親は同じです」


ふいに乳母はそういった。


「え?」


乳母は表情を崩さずに、ランプの揺れる光に照らされて口を開けた。


「私は、お二人の世話を命じられ来ました。余計なことを言わぬよう、口止めもされています。ですので、これ以上は言えません。ですが……あなた方は血がつながっているのです」


乳母は部屋を出て行った。

明日からは俺の勉強と礼儀の授業がはじまると、そう言い残して。


ぼんやりとしていると、緑の瞳の赤子は、小さな指で俺の指をつかんだ。

ふんわりした柔らかな白い指。


「兄ちゃんが守ってやるよ」


緑の目が、うれしそうに微笑んだ。


お読みいただき、ありがとうございます。

引き続きよろしくお願いいたします。

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